05 はじめてのとうばつ(ぶつり)
「忘れてた…」
ルチアは今、息を切らせて中央都市エイリスの正面門前にいた。別名デスルーラ帰還地点とも言うのだが、一応ルチアはまだ死んでいない。
とても、ボロボロではあるが。
某有名RPGではこのようなセリフがある。
『いくら武器や防具を持っていても、装備しなきゃ意味がねぇぜ』
というものが。
そう、ルチアは武器防具を装備することをコロッと忘れていたのである。
ただでさえ柔らかく、そして攻撃力のないレベル1のノービスが、同じレベル1のモンスターに襲い掛かったとして倒せるだろうか。
答えは現在のルチアの様子を見れば明らかだろう。
「セルフキュアの存在覚えていてよかった…」
ノービスの基本スキル、セルフキュア。
ごく少量の体力を回復する魔法だが、序盤は意外と侮れない回復手段だ。特に、お金のない初期は。
これの存在を思い出さなければ、今頃ルチアはゲームオーバーのデッドエンド。エイリスすぐ傍ののどかな丘でくたばっていたことだろう。
とても、嫌すぎる光景である。
「まず、改めて装備の確認をしなきゃ」
現状の把握は大事だ。それを怠ったが故に今現在こんなことになっているのだから。
今、ルチアの持っている物はとても少ない。質量保存の法則を無視して50種類のアイテムであれば入れられる袋が1つ。通称『なんでもポーチ』
この中に騎乗できるペットや馬車まで入るとかいう、どう考えてもおかしい代物。ゲームのご都合主義とは言え、それが現実となると本当に仕組みが不思議で仕方がない。
そんな不思議な袋の中には、今は壊れた鎧と剣が入っていた。
これは、この世界で意識を取り戻したときに身に付けていた武器防具のなれの果て、ということらしい。強力な侵略者の一撃によりどちらも破損している、という状態。
「まぁ、無いよりはマシ」
取り出して装備してみると、視界の端でルチア自身のステータスが動いた。確かに折れて切れ味の悪くなった剣でもぶん殴ることはできるし、防具だってつけている方が攻撃されても痛みがマシなはずだ。
それはステータスにも如実に現れている。
TTOは基本的に装備ゲーである。装備品のあるなし、良し悪しが強さに直結する。そして、より良質な装備品を手に入れるためにダンジョンに潜るのである。
「ま、今の段階でソロでダンジョン行っても誰にも見つかることのない死体になるだけだけどね。
ともかく、これでなんとか戦うことだけはできるかな。セルフキュアあるし。
…あとは、殺せるかどうかなわけで」
ルチアの最初の計画では、物理で命を奪う予定は一つもなかった。これは魔法だから、を免罪符に命を奪う行為から手を背ける予定だったのである。それが、単なる言い訳に過ぎなくても。
だが、知っているシステムに若干の差異があり、もう逃げられなくなった。それだけの話だ。
もしかしたら、戦わずともどこかで住み込みの仕事を探せば、食いっぱぐれることはないかもしれない。けど、それはなにか違う気がしてしまうのだ。
「お情けの回復アイテムもあったし、死ななければなんとかなる。はず…」
ポーチの中にはなけなしのポーションが2種。体力回復用と魔力回復用がそれぞれ一つずつあった。セルフキュアと合わせて使えば、死ぬことはないはず。
そういい聞かせて再び町の外へ向かう。転移ポイントを通って、再びのどかな丘へ。
そこにはユラユラと頭頂部のオシベなのかメシベなのかわからない何かを揺らす、植物型のモンスターがいた。ギルドの本で確認した、ベビースプラウトだ。
TTOの世界では基本的に、侵略者が現れる前からいたモンスターがノンアクティブという自分からは襲い掛かってこないモンスター。侵略者が送り込んだもの、もしくは侵略者そのものが人を見れば襲い掛かってくるアクティブモンスターとなる。
こちらを見かけたら襲ってくるのは、侵略者の一味と考えればいい。そして大概アクティブモンスターは凶悪な顔面をしている。戦いに慣れるまでは、できれば近づきたくないものだ。
「さて、いくかぁ…今度こそ頑張ろう」
ノンアクティブモンスターは攻撃しない限り、こちらにはなにもしてこない。ただし、自分が攻撃されたと感じれば襲いかかってくる。なので、密集地帯で闇雲に武器を振るうと周囲のノンアクティブモンスターにも当たってしまい、最終的には「どうぞ、袋叩きにしてください」と言ってるのと同じ状態になってしまう。なので、そうならないために戦いやすい場所に敵を誘い出さなければならない。
「まずは、釣りから」
勿論、竿を取り出す訳ではない。
ノービスの持つ数少ないスキルの二つ目、石投げだ。その辺の石ころを、スキルの補正で正確に当てる技。ほんの少しだけ相手の体力を削る効果もあるが、このスキルの本命はそこではない。
石投げを受けたモンスターは攻撃を受けたと認識し、こちらに向かってくるのだ。
あとは、周囲に他のモンスターや人がいないことを確認して狩るのみ。目当ての一体だけに集中して戦える。この一連の動きをゲーム内では釣りと言っていた。
レベルがあがって何らかの職業につけば、それぞれ釣りをするのに困らないスキルを習得する。なので、石投げはノービスでレベルカンストを目指す暇人くらいしかゲーム内では使っていなかったある意味レアスキルだったりする。
「よし、行くぞ!」
近くに入るベビースプラウトに向けて石を投げる。するとスキルが発動し、ベビースプラウトが怒った様子でこちらに向かってくる。
すでにルチアは周りになにもいない場所で待機していたため、向かってくるベビースプラウトに対してカウンターをしかけることができる。
「よし」
TTOの近接職は、ターゲッティングしたモンスターをクリックすると確率でクリティカルが出る。
といっても発動率は100%ではない。ただし、釣られたモンスターが射程距離内に入ってくる瞬間を狙えば、発動率はほぼ100%になる。ルチアたちはそれをカウンタークリティカルと呼んでいた。今回はそれを利用して、出来る限り早めに体力を削る作戦だ。
(セルフキュアがあるとはいえ、油断したら死ぬ…何故なら私はレベル1ノービス!)
体力も魔力も低く、攻撃力も防御力も最底辺。
当然ゲームであればレベル1を脱するのが困難とかいう無茶な設定にはしないはずだが、ここはもう現実。警戒してもしすぎることはない…はずなのだが。
「やぁ! …って…えぇ?」
狙い通りカウンタークリティカルが発動され、手に衝撃が伝わってくる。
現実世界なので派手なエフェクトは出なかったが、確実な手ごたえがあった。
一方、カウンタークリティカルを食らったベビースプラウトは、くるくると独特の回転をしながら地面に倒れ伏した。これは、スプラウト系モンスターが討伐されたときに行うモーションである。
そして、それを証明するようにベビースプラウトが消え、皮の袋が残された。
「…カウンタークリティカルが決まればノービスでも一撃って…狩り放題では?」
ルチアが覚えている限りそんなモンスターは存在しなかった。だが、そもそもベビースプラウト自体ルチアの記憶にはないモンスター。
「もしかして、生態系が違うのかも…。
今のところは想定よりも下方修正って感じだから命拾いしたけどさ」
そう呟きながら、落ちていた皮の袋を拾って、自分の『なんでもポーチ』に放り込む。そうして再度ポーチの中身を確認すれば、通常のドロップアイテムの他に討伐証明のためのイベントアイテムが整理されていた。
「これで一匹…でも思ったより先は長くならないかも…」
思っていたよりも、命を奪うということに関して忌避感が少ない。というより、手ごたえを感じなかった。もっと嫌な感触がするかと思ったが、どちらかと言えば固い食材を叩ききったのに似ている。
最初の討伐相手がベビースプラウトなのは、倒すのに慣れろ、ということなのかもしれない。
それに、カウンタークリティカルを使えば、あまり労力をかけずに倒すこともできそうだ。発動率は100%ではないとはいえ、今の感じであれば倒すのにそう苦労することはないはず。
「んじゃ、レベルあがるまでやっちゃおうかな…。
もしいけそうならレアドロップ狙って沢山狩ってもいいし」
ただし、油断は禁物である。ヤバイと思ったらすぐ退却できる算段をつけてから、ルチアは2体目の釣りを開始した。
その後、討伐はかなりはかどった。カウンタークリティカルは体感9割を超えていたように思う。つまり、ほとんどのベビースプラウトは一撃で沈められたわけだ。そんなわけであまり苦労はせずに、レベルは一気に3へ。
アイテムもそれなりに集まり、装備系統の通常ドロップ品や、レアドロップも手に出来た。
少なくとも、今夜の宿や食事に困ることはなさそうだと、ほくほくしながらルチアは町へ戻ったのだった。
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