49 音符と空中散歩
三章開始です!
「それで? まっすぐ商業都市に向かうのか?」
「まっすぐ…ではないですね。
とりあえず前回はあちこち行けなかったから、そういう場所から」
今、ルチアとアルナスルは音野原と呼ばれる、中央都市から5エリアほど離れた場所にいる。前回商業都市に向かった際には通らなかった場所だ。
「音が見える…ってすごく不思議な場所ですよね、ここ」
「あぁ。俺も実際に来たのは初めてだ」
ルチアたちは今、少し高い丘の上でこの音野原を見下ろしている。何もないはずの地面や岩の隙間から、音符や音楽記号は生まれては中央にあるオブジェに吸い込まれていく。その周りには、楽しそうにトランペットやホルンを吹く妖精や、踊るハープやヴァイオリンが見える。
音野原は、その名前に相応しく音楽が実っている場所だ。
踊りながら愉快な演奏を続ける妖精も、動くハープやヴァイオリンもモンスター扱いだ。しかし、太陽が辺りを照らしている間は襲ってくることはない、ノンアクティブモンスター。
「昼であれば、ここはとても安全ですからね」
ここの妖精と楽器たちは、本来であれば人間にとても友好的な種族だったらしい。月に一度、中央都市や商業都市の音楽好きがここに集まって音楽祭をしていたほど。言語は通じないが、音楽で心を通わせていたらしい。
しかし、侵略者によってその交流は途絶えてしまった。
彼らのうちの何人かが、太陽が陰ると理性を失ってしまうのだ。
同族を襲うことはないが、人間がかなり犠牲になった。
そのことを悲しんだ彼らは『もう交流を絶とう』と伝えてきたとかなんとか。それでも此処は中央都市と商業都市を繋ぐ道の一つ。どうしても通らざるを得ない時もある。だから、彼らは人間を見かけると一目散に逃げることが多い。
「戦うとかなり強いんだよな、彼らは」
「そうですね。
通常攻撃も強いんですが、彼らの発する音の方が厄介です。音に悪意がのると、混乱や沈黙などの状態異常になっちゃうんですよね。
魔法使い系だと沈黙はかなりの痛手ですね」
「火力役が混乱して味方に攻撃するのも厄介だな」
「敵に回したくはないですね。そもそも、戦うことを悲しんでしまう理性がある種族とは戦いたくないです」
「なのにここに来たのか?」
「昼間なら戦わずにすみますから。あと、ちゃんとここの景色も見てみたかったので」
前回は夜光の洞窟というエリアを通ったから見れなかった景色。月夜カエルの住み処を通って商業都市へ行った。夜であればあちらが安全だったのだ。
色とりどりの音符が行き交う、音楽が溢れる場所。やはりゲームで見るよりもこうやって体験するほうが何倍も感動する。
「しかし、下手に姿を見せると彼らは警戒するだろう?」
「だから、警戒されないように横を通りすぎていこうと思って。
えーっと…あ、あれかな」
地面からふわりと生まれる八分音符。今生まれた音は真っ赤で力強く、ルチアが捕まってもびくともしなかった。
「うん、やっぱり乗れますね。赤色が濃いものは強い音なので、乗れるんです」
「…なんだそれは」
アルナスルは初体験だったのだろう。音符にのってふわふわ浮かぶルチアに目を丸くした。
「この場所だけのギミック…仕掛けのようなものですかね?
これで安全にあっちいくことができます。ごく稀に侵食者に汚染された植物が地面にいるので、空中移動の方がより安全なんです」
「…落ちないんだろうな」
「たぶん?」
少なくともゲーム中で落ちたことはない。
はぁ、とアルナスルがひとつため息をつく。だが、ルチアが音符を操って飛んでいるのを見て覚悟を決めたようだ。
「赤いやつだったな」
「はい。頑張ってください」
生まれたての深紅の音符に、アルナスルが騎乗する。なんともファンタジーな光景だが、いかんせん彼の顔がいいのでなかなかどうして様になっていた。これだからイケメンは。
「で、このままこのエリアを通りすぎればいいのか?」
「そうですね。彼らに無駄に警戒されたくはありませんし。
ここを抜けたらカムラ湿原ですね。盗賊とかが一杯いる…」
「あそこは乗り合い馬車もかなり苦労するところらしいな」
アルナスルの話によれば、彼らは「盗賊」という種族のモンスターらしい。以前ここを通るときに話し合いできないかなどと考えていたが、彼らは人間に形を寄せているだけのようだ。その証拠に倒すと倒れてドロップアイテムを残して消える。ただし、知性はあるらしく連携をとって攻撃してくるのだとか。
「大体は閃光弾なんかを使って無力化したあとに通りすぎるらしい」
「へぇ。私はバリアでむりくり走り抜けましたけど…皆さんあの盗賊にはすごく苦労するんですね」
「俺たちくらいのレベルになればそうでもないだろう」
現在二人のレベルは30と35で、攻撃されても恐らくそこまでダメージは食らわないだろう。
アルナスルの35というのは、三次職につくことができる段階だ。
「そうですねぇ。ならちゃっちゃと抜けちゃいましょうか。
商業都市までの道中で一番厄介なのって多分ポポタンでしょうし」
「風車の草原か…あそこは焼き払えないのか、とよく話題にでるな」
「あそこがめちゃくちゃ厄介なんですよね。
商業都市の南側から出て、魔女の森に抜けるならそうでもないんですけど」
「今回はどうするんだ?
倒していくのか?」
「倒しているうちに囲まれたら厄介なので走っちゃいましょうか」
二人はそこそこ強いとはいえ、囲まれると危ない。二人とも後衛職なので、敵からの攻撃には脆いのだ。
前衛にバリアを張ったルチア、後衛に火力のアルナスルというフォーメーションが組めないのであればあまり戦うべきではない。
「了解した。
それと…」
「はい?」
ふわふわと、真っ赤な音符は空中をたゆたう。アルナスルのマントが、風にあおられる。本当に、顔面偏差値が高いからこんなファンシーでファンタジー、ポップでキュートみたいな光景でもそれなりに絵になるのは羨ましいことだ。
そんな男が、ルチアを見ている。
「アル、でいい。あと敬語もいらん」
「へ?」
「どちらかと言えば俺が敬語を使わなければいけない立場なんだがな…。どうも、出会いからこうだったから今さら敬語がつかいづらい」
「え、まぁ、それは別に気にしてませんけれど」
いきなりこの顔のいい男は何を言い出すのだろう。
「まだしばらくはパーティを組むだろう? なら敬語はいらん。むずがゆい」
「はぁ…わかりまし…わかった」
よくわからないが、敬語じゃなくていいというなら従うべきだろう。
「よし、では行くか」
音符にのったまま、音野原の出口に向かう。
妖精たちの楽しげな演奏はまだまだ止みそうにない。
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