43 裁縫スキル
リリィたちとの昼食兼作戦会議を終えたあと、ルチアはお姉様に紹介してもらった裁縫工房に足をのばしていた。
本当は午後の時間いっぱいを使って、また大量のアクセサリーを量産しようとしていたのだが、お姉様に呼び止められたのだ。お姉様曰く「もう受け入れ体制バッチリみたいよん」とのことで、早速向かっているというわけだ。
防御力のアップは現在のパーティーにおいて急務である。なぜかと言うとモンスターの中にランダム攻撃を仕掛けてくる奴が現れたからだ。
見た目は陽気な妖精で、名前は『ポロポロ』緑色の帽子と跳び跳ねて歩く姿が特徴的。そんな可愛らしい外見に反して、というかいたずら小僧のような外見そのままに、彼らの攻撃ターゲットは安定しない。ルチアもそれを忘れていて、リリィに怖い思いをさせてしまった。突然の攻撃に驚いたリリィとアルナスルは、近くにポロポロが寄ってくる度に攻撃をしてしまったのだ。結果、今までのように一点集中の攻撃ができず、かなり時間を食ってしまった。
幸いなことに攻撃力が強いモンスターではなかったため、二人とも回復魔法でどうにかなる程度の傷ですんだ。しかし、もう一段階ダンジョンのレベルを上げるのであればそうも言ってられない。特にレベルの低いリリィにランダム攻撃が向かえば命が危ないのだ。そんな理由もあって、ルチアは急いで裁縫工房に向かっていた。
(気難しい人じゃないといいんだけどなー)
とりあえず手土産にダンジョン産の生産図を持って来てはいる。やはり職人であれば、新しい生産図は喜んでくれるだろうと思ってのことだ。
ダンジョンについては、中央都市に住んでいる人間であればだいたい噂くらいら聞いているはずだ。今まで見たこともないような素材(ルチア達がダンジョンから持ちかえったもの)が市場に出回っているので、それも当然だろう。
なのでルチアが新しい生産図をプレゼントしたところで問題はない。市場で買ってきたものと思われるだけだ。無論、この図を自分でダンジョンから取ってきたと知られたとしても何も問題はないのだが。
(気持ちの問題よね。
リリィさんたちには「今更か」みたいな顔されそうだけど、私目立ちたくないもの)
周りから見ればどう考えても手遅れだが、ルチアは真剣だ。
「お邪魔します」
「お前があの怪物からの紹介者だな?」
裁縫工房には、ルチアの予想に反して二人の人間がいた。一人は柔和な笑みを浮かべたおばあさん。もう一人は神経質そうなメガネをかけた男性だ。
怪物、というのはもしかしてお姉様のことだろうか。そうであればかなり失礼な話である。
「これこれ、新人さんをいきなり威圧しちゃあいけないよ」
「威圧ではありません」
「はじめまして。ルチアと言います。これからお世話になります」
「えぇ、えぇ。リンリンからお話は聞いていますよ。
私は中央都市の裁縫工房を預かっているマリアといいます。
あの子が『とっても素直でいいこ』だなんていうから、ユリオも気になって見に来ちゃったみたいでねぇ…」
「違います!
このご時世に冒険者と二足の草鞋をはくという人間を見に来ただけです!」
この会話からもわかる通り、ユリオと呼ばれた人は正直とても関わりたくないタイプだ。なんというか、高圧的だった上司を連想させてしまう。
(…できるだけ関わらないようにしておこう)
「こんなことを言っていますが、この子も裁縫の腕は確かなんですよ。
商業都市の工房ではリーダーを務めていますから。
あなたは冒険者ですから、次の拠点はあそこでしょう?」
「あ、そうなんですね」
できる限り関わらないという目標は早くも達成不能になってしまった。三次転職ができるようになるのがレベル35から。そこまでレベルをあげるためには、商業都市を拠点とするのが必要不可欠だ。中央都市周辺のモンスターではレベルを35まであげるのに年単位の時間がかかってしまうからだ。一応中央都市から通うことも不可能ではないが、行くだけで数時間かかってしまう。体力はつくかもしれないがどう考えても時間がもったいない。
そして、商業都市周辺のモンスターと戦うにはきちんと装備のレベルもあげなければならないのだ。思わず遠い目をしてしまいそうになるルチアだが、どうにかこらえた。これでも実年齢はいい大人なのだ。表面上取り繕うことくらいはできる、はず。
「ちょっとだけお口は悪いけれど、性根が悪いわけではないから商業都市でも仲良くしてあげてね」
「そうですね、よろしくお願いします」
社会人として、きちんと礼を尽くして頭を下げる。
「フン。現時点では最低限のスキルもない輩を工房にあげるわけにはいかん」
が、この態度である。どうやらとても嫌われているようだ。
察するに、冒険者が生産スキルをとることが許せないらしい。
「はぁ、そうですか。では頑張ってスキルを取得しますね。
ということで裁縫スキルを覚えるために何をとってくればいいでしょうか?
あ、あとこれお土産です。よかったらもらってください」
ユリオがルチアの存在を認めようが認められまいが、ルチアのやることは何一つとして変わらない。裁縫スキルを取得して、パーティメンバーの防御力を底上げするのだ。
最悪商業都市で裁縫スキルをあげるのを放棄して、中央都市に戻ってきたときにスキルをあげればいい。幸いなことに、生産のレベルだけならどの都市であってもあげることができる。
「あらあら、ご丁寧にどうも。これは…あら? 見たことがない生産図ね」
「……っ!?」
「よかった、持っていないものだったんですね」
「どういうことだ!?
マリア先生が知らない図があるなんて…」
最初はマリアにだけ贈り物があったことが不満な様子だったが、マリアの言葉を聞いてユリオの目の色が変わった。この反応を見るに、マリアは裁縫工房の中ではかなり高い地位にいるらしい。
「おい、お前! どこで手に入れた!」
「…守秘義務違反になりますので」
「どういうことだ? そもそもお前は裁縫スキルを学びたいのだろう? なら図のことを教えるのは当然のことだ!」
さて、こんなことを言われると困ってしまう。
これは完全な言いがかりだ。ただ、人の弱みに付け込んでいるに過ぎない。
もちろん月末になれば解禁になる情報なので、信頼できる人間ならば教えるのは構わない。正直なところマリアにだけなら「この生産図はダンジョンからとってきました」と言ってもいいのだが、彼に教えるのはいかがなものだろう。
なんとなく彼の言動から察するに「生産をする人間はとてもえらい。二足の草鞋をはくものなど言語道断。自分たち生産専門家の利益最大化のために言うことを聞け! 図はすべて献上しろ」くらい言いそうで困る。もう第一印象からしてそんなイメージに固まってしまったのだ。そのため、守秘義務を持ち出してみた。
が、それも意味はないらしい。
困ってしまってマリアを見ると、何かを察してくれたようだった。
「ユリオ、そういった物言いは感心しませんよ。
生産スキルは誰でも平等に学べるものです。あなたが彼女のスキル取得を妨害できる権利などありません」
「ですが…」
「新しく学習したいという人の意欲を奪う行為は、工房の長としてあるまじき姿です。恥を知りなさい」
ぐっと言葉に詰まるユリオ。
とりあえずはこれで諦めてくれそうだ。あとからぎゃあぎゃあ言われる可能性は否定できないが。それを証明するようにユリオがこちらを睨んでいる。
(…えっめんどくさい。この人すごくめんどくさい。
裁縫スキルのレベルあげるときは中央戻ってこよう…)
この短いやり取りの中で、ルチアの意思は決まってしまった。
絶対に商業都市では裁縫工房に近寄るまい、と。
「ごめんなさいねぇ。それで、新たに裁縫スキルを覚えたいのでしたね。
冒険者の方の場合は、通例として自分で素材をそろえて貰うことになっているの。
レッサーウルフはわかるかしら」
「あ、はい。日よけの森にいるやつですよね」
日よけの森とは中央都市から二つ離れたエリアのことだ。森林のマップで、今言われたレッサーウルフやベビーベアなどが生息している。
「流石冒険者さんですね。ではそのレッサーウルフがドロップするウルフの皮を10個用意してもらいたいの。
持ってきて貰えれば、私が責任もって裁縫スキルを教えたいと思います」
「ありがとうございます、早速いってきますね」
実はギルドに何度も納品した品ではあるのだが、これは改めてとってきたほうがいいだろう。ギルドに行けば在庫はあるだろうが、買ってくるとユリオに何かいちゃもんをつけられかねない。
未だに睨み付けてくる視線を背中にひしひしと感じながら、ルチアは日よけの森に向かった。
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