34 たのしい査定
市長室の中にはいつもの顔ぶれが揃っている。市長とリリィ、そしてアルナスルとルチアのパーティー。無事生還した二人は、戦利品の報告にきていた。
「おかえりなさい。ドロップはどうでしたか?」
ワクワクが抑えきれないといった感じのリリィが、待ちきれないという風に声をかけてくる。
場所は先日と変わらず市長室だ。リリィも何度か通ううちにこの場所に慣れたのだろう。
楽しそうなリリィというのは出会ってから何度か見ている。特にレアドロップ品を見たときにそんな反応をしていた。あのブラックな状況でもギルドを辞めなかったのは、こういう品を見るのが好きだからという理由なのかもしれない。
それくらい、リリィの表情はワクワクで満ちていた。
「ルチアさん、よくぞご無事で。
アルナスルくんもご苦労だった」
「詳しいことは報告書をあげます。
まずは査定をお願いしてもいいですか」
市長からの労いに会釈をしてから応えるアルナスル。その言葉のなかに不穏な単語があり、ルチアは思わず反応してしまった。
「えっ…報告書っているんですか!?」
なにそれ仕事みたい。
出来ればあと数年は書類仕事とかしたくないのだが。
しかもこの世界にはパソコンもコピー機もない。つまり手書き文章ということになる。とても、とても、やりたくない。
「それは俺の仕事だ」
恐らく「やりたくない」という気持ちが顔面に出まくっていたのだろう。アルナスルが苦笑してフォローしてくれた。
「中央都市としては、きちんとした情報を残したいところ…。
よければ、書類作成はルチアさんも協力してくれると嬉しいですね」
しかし、市長にこう言われてはイヤとは言いづらい。
アルナスルは上司に言われてしまえば、これ以上のフォローは無理だろう。
(事務仕事…嫌いじゃないんだけど、手書きかぁ…。
いやまぁアルナスルさんは女神関連を突っ込まなければいい人っぽいからまだマシかな。お局様とかクソ上司とかいないだけいいよね)
後に待つ書類整理に腹をくくったところで、査定が開始された。
しかし、その作業は少々難航した。
「あのー…見積もりをしたいのは山々なんですが…。
見たこともない物も多くて…どう値段をつけていいかわかりません」
リリィにとって未知のものであるドロップアイテムが多かったようだ。アルナスルの銃につけたようなエンチャント用品などはダンジョンでしかドロップしない。他にも高レベル帯になってからやっとフィールドでもドロップするようなものもある。この辺りでは希少というものも多い。
それらを一つ一つ手にとって説明する。
「ルチアさん何でそんな知識があるんですか?」
「企業秘密でーす」
いつもの調子で返せば、リリィは仕方がないと言う風に苦笑してくれた。突っ込まないでくれるのが本当にありがたい。
普通であれば根掘り葉掘り聞きたくなるのだろう。今更ながら自分の特殊性を少し理解したルチアだった。
「うーん…希少性を加味すると10万sは下らないかと」
ルチアの説明を受けながら、リリィが着々と査定を進めていく。最終的にはかなりの金額に及んだようだ。
「そんなに高く査定されるのであれば、鍵を販売する際には少し高めの値段設定にした方が良いでしょうか」
「でも、正直なところもっと上のレベルの鍵を使えば、これより上のレベルのエンチャントなり生産図なりが出回ると思うんですよね。
安易に高く査定しない方がいいかも…? もちろん希少性はあるんですけど」
都市を経営する者として頭を悩ませる市長に、知っている知識を提供する。
実際問題このダンジョンは一番下のレベル帯だ。
確かにこのレベル帯でしか手に入らない生産図やエンチャントアイテムがあるにはある。しかし、もっと上のレベルのダンジョンのドロップ品はこれらの上位互換にあたる。
そうなると、安易に高く見積もってしまうと後から困ることになるだろう。
「なんと、それは本当ですかな?」
「えーと…多分そうだと思います。多分。
今行ったのはこのダンジョンだけなので、確実とは言いがたいです」
「確かに…不確定情報が多いのは否めませんな」
「別のダンジョンも試してみて、法則性がわかればある程度、予測はできると思いますけどね。
あと、生産図をコンプリートしたがる人もいるかもしれません。一概には言えませんけど、低レベルの鍵の需要が全くなくなることはないと思います。
鍵を販売してどうのこうのよりはまず冒険者がこの町に来る動機付けにした方がいいんじゃないですかね?」
「そうですな、人の行き来を増やす方向で検討いたしましょう」
ルチアにできる仕事はここまでだろう。あとは市長を始め市の偉い人たちで決めることだ。
「それにしても…ドロップアイテムは日用品よりも戦いのためのものの方が多いようですね。その分初見のものがたくさんで楽しかったんですけど」
ドロップ品を一通り査定したリリィが感慨深げに呟く
「日用品ならフィールドで十分手に入るから、かなぁ?
冒険者の贅沢品って感じよね。より強くなるためって考えると贅沢でもなんでもないけど」
「より強く、か。武器を持つ者としては当然の感情だな」
それまで黙っていたアルナスルがポツリと呟く。
「あ、それで思い出しました。このドロップ品山分けにするわけですが…。
とりあえずそれぞれの生産スキルに関連するものをもらって、残りを売ったお金を山分けでいいです」
「待て、それでは俺が得をしすぎるだろう。レア等級の生産図だぞ」
「まぁそうなんですけど。私が持ってても意味ないですし」
「では、金はお前がすべて受けとるべきだ」
「えー…まぁいいか。
じゃあ、あれです。アクセサリーそのまま持っててください」
ダンジョンを出るときに少々ゴタついてしまったため、アクセサリーを返してもらう隙がなかった。しかし、あれはルチアが持っていても意味がないアクセサリーだ。どうせなら彼が使ってくれた方がよいだろう。
そう考えて言ったのだが、思わぬ方向から抗議がきた。
「ちょ、ルチアさん!? アクセサリーって作ったやつですか? そうですよね?
なんで全部売ってくれなかったんですかぁ!」
「なんでって…流れで?」
「女神の加護持ち冒険者手作りだからプレミア価格で売れたかもしれないのに!」
「ちょっと!? そんなこと考えてたの!? ていうか加護って…」
ポーチに加護はついている。
しかし、それ以外はルチアは至って普通の人間なのだが。
そう主張するも三者三様に否定された。
「そもそもあの石の件は女神様の加護がないと説明がつかないことばかりですからね…」
「冒険者として技量と常識がチグハグすぎて…。あ、でも個人情報の流出はギルドの名に懸けてしませんので安心してください!」
「正直…お前は鈍感すぎる。
少しでもお前と関わったことのある人間なら、加護持ちであることを見て見ぬフリをしていただけなんじゃないか?」
「モウスコシ自覚ヲモチタイト思イマス…」
三人にこう言われてはぐうの音もでない。
別に目立っても不都合があるわけではないが、気持ち的な問題だ。もう少し地味に謙虚に人混みに紛れて生きていきたい、と思うルチアだった。
「別に、そのままでも悪いとは思わんがな」
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