32 ボス戦
「部屋の雑魚も全部倒し終わりました。あとはボス戦のみです」
「一応確認したいのだが…ボスとはまさかアレのことか?」
彼がそう確認したくなるのもわかる気がする。
アルナスルが指差した先。
そこには巨大なひまわりが歩いていた。しかも、小さなチューリップを連れて。
「えーと、実はそうなんですよねぇ。相性悪いなぁ。
あの系統のモンスターと戦ったことはありますか?」
「いや…。俺は侵略者としか戦ったことがない。
草原で似たようなのは何度か見たが、ノンアクティブだから戦う姿は見ていないな」
「了解です。
じゃあ、説明しますね。まずは取り巻きのチューリップ。アイツは遠距離魔法攻撃型です。タメは長いんですけど強力な炎魔法を花から撃ってきます。
それから稀に回復魔法を使う場合も。なのでボスよりも先にこちらを片付けたいですね」
回復魔法まで使うのはかなり高レベルのエリアに生息するタイプだけだが、油断はしない方がいい。
バリアと一撃必殺の魔法は本当に相性が悪い。万が一同時に炎魔法を放たれた場合、バリアを貫通してしまう。
(バリアの二重詠唱なんて出来ればいいんだけど、そんな漫画みたいなことできないしなぁ。一応ゲームベースですけどね、この世界)
「わかった。優先して倒そう」
「はい、よろしくお願いします。
…と、言いたいところなんですけど、今回はアルナスルさんも攻撃に専念はできないといいますか」
「どういうことだ?」
「あのひまわり、範囲攻撃持ちなんですよね。
多分、この一部屋全部に届くくらい」
「避けねばならんということか」
「そういうことです。
普段はあの手みたいな葉っぱの部分でべしべし物理攻撃をしてきます。それはそれで痛いんですけど。
問題は、なんかこう…踊るみたいなユニークな予備動作をしたあとに広範囲に種を飛ばしてくるんです。あのサイズのひまわりの種が飛んでくるので、多分相当痛いことになるかと…」
ボスひまわりの背丈はアルナスルの5倍はあるだろうか。種の一つ一つが握りこぶしよりもデカい。下手したらボウリングの球くらいの大きさだ。その大きさのモノがあちこちに飛ばされる。直撃したときのことは考えたくない。
「下手したら即死だな」
「ですね。
しかも攻撃力は今まで倒してきたモンスターよりもあるはずですので、私はそちらに回復を向ける余裕がないと思います。
一応戦闘開始前に今までのバフに加えてバリアも追加しますが…」
「開幕から撃ってくるわけでもないのでバリアの効力が切れているかもしれないということか。
では、避けるしかないな」
「そうなりますね。幸いあのモンスターの攻撃でもダンジョンの壁は貫通しないはずなので…
アルナスルさんには廊下から狙撃してもらう形の方が安全でしょうか」
「わかった。…と言いたいところだが、予備動作がわかるか不安だな」
その不安はよくわかる。
しかしルチアとしてはどう説明していいかわからないのだ。
(同じ世界出身だったら「フラダンスみたいな動き」で絶対わかって貰えるはずなのにー!
踊れってこと!? アルナスルさんの前で!? フラダンスもどきを!?)
しかし背に腹は代えられない。
羞恥心をこらえて、こんな動きだと説明する。
それでもアルナスルはあまりピンとこなかったようだ。
「えーと最悪の場合、宝箱の中身だけもらって脱出しましょう。
出口の位置はわかりますか?」
「だいたいは…。
しかし、それでお前は平気なのか?」
「走りながらの詠唱は大分成功するようになったので多分大丈夫です」
「……走りながら詠唱など聞いたこともないんだが」
「練習しましたから!」
これだけは胸を張って言える。
走りながらの戦闘が出来るように随分と練習したのだ。前までの成功確率はおよそ50%だったが、最近は80%まであがってきた。日頃の練習の成果である。
「…そうか」
若干呆れたような顔をされたが気にしない。
楽しく観光するためにはこのくらいの努力は必要なのだ。
「帰巣の羽を使うという手段もなくはないです。持ってますか?」
「あぁ、ある。
しかし…ここで使えるのか?」
「私も試したことがないからなんとも…。
それに帰巣の羽は詠唱が長いので、攻撃を浴びてる私は生き残る可能性が低いです」
「であれば俺も走る。足止めの弾を使うことも出来るだろう。…効くのかはわからんが」
「その辺りも試してみないとですね。
まぁ今回はボスを倒して生還することが大事ですから」
生きていれば何回でも挑戦できるのだ。今焦ることはない。
しかし、宝は出来れば欲しい。
「ボスの動きがわからず不安であれば宝箱空けちゃってください。多少ドロップがこぼれちゃうかもしれませんが、命には代えられませんから」
万が一の場合は、宝箱の開封を撤退の合図とする。
宝箱を空けると自動的にどちらかのポーチにドロップ品が収拾されるのは、ここまでの道程で確認済みだ。ただし、何が収拾されるかはランダムなので、溢れて足下に転がる可能性はある。踏まないように注意しなければならない。
ここまで一緒に戦ってきたからわかるが、アルナスルは相当な手練れだ。レベルが高いだけでなく、戦う動きがかなり洗練されている。レベルに任せた力押しでは決してないのだ。故に。足下に転がったドロップ品に躓いて転ぶなんてことはなさそうだ。
ちなみにルチア自身はやる可能性がかなり高い。しかし、テルースの加護のおかげでポーチにかなり余裕があるため、溢れ出る可能性が低い。テルースさまさまである。
「わかった。お前も無理をするなよ」
「そうですね。想定以上に攻撃が強い場合もありますから…。私が無理だと判断した場合は一目散に逃げてくると思いますので、それを合図にしてください。
この場合は宝箱すら空けられないのでちょっと残念ですが」
「命に代えられないと言ったのはお前だろう」
「それもそうですね。
じゃあ、やってみましょう!」
正直、怖くないわけではない。
けれど、今までの経験がルチアに少しだけ自信を与えてくれていた。それと、ゲームでの知識もかなり役に立ってくれている。
深呼吸を一つする。
それから、自分とアルナスルにバリアを張る。心持ち丁寧に詠唱をして、相手の索敵範囲ギリギリまで近寄った。
「ファイアボール!」
ボスひまわりに炎の魔法をぶつける。そこでやっとこちらの存在に気付いたモンスターたちが襲いかかってきた。
チラリ、とアルナスルの位置を確認する。
遮蔽物は何もないため、狙撃するには十分なはずだ。
チューリップはその場から動かず、魔法の力をためている。大きなひまわりだけがルチアの方に向かってきた。
(あ、やばい。視界が全部ひまわりでチューリップ何も見えないじゃん!)
敵の位置を確認出来なくて若干パニックに陥るルチア。
しかし、そのルチアの耳に銃声が届いたことで我に返った。攻撃は全てアルナスルに任せるのだから、アルナスルに攻撃がいっていないことさえ確認できればいいのだ。
何度も何度も回復とバリアをかけ直す。
最初はバリアを剥がされ、大ダメージを食らったがなんとか持ちこたえた。
アルナスルから「大丈夫か!」という声が届いたが、それに返事をする時間すら惜しい。何度も何度も回復をして凌ぐ。
そうしておそらく一匹目のチューリップが倒されたのだろうな、とモンスターの攻撃間隔から判断した頃。目の前のひまわりがフラダンスを始めた。
「隠れて!!」
詠唱を中断し、声をかける。
このくらいの攻撃であれば、一時詠唱を中断しても耐えられる。それよりもアルナスルに万が一がある方が怖かった。火力がなければじり貧なのは変わらないのだ。
何より、人が死ぬのを見たくない。
返事はなかった。
ただ、銃声が止まり、代わりにひまわりがあたりに種をばらまいた。
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