25 一夜明けて
「おはようございます、女将さん」
「…アンタはよく眠れたようだねぇ。昨日あんなことが起きたっていうのにさ」
モンスターの襲撃から一夜明けた。
あの後、ルチアは任務報告するのもめんどくさくなり、定宿にしている星屑亭にまっすぐ帰ってきた。
外からのんびり歩いてくるルチアを見た女将さんが慌てて宿に入れてくれたのは幸いだった。よく考えれば閉め出されてもおかしくない状況である。
そんな中でルチアがのんきに「もうあのデカいモンスターいなくなってましたよ」なんて言うものだから、宿の中がちょっとした騒ぎになった。様子を見てくるだとか、信じられない、だとか。
そんな騒ぎをよそにルチアは料金を前払いし、既に自分の住処になっている部屋にさっさと引っ込んでしまった。もうどうしようもなく眠かったので仕方がない。
「いやぁ、奉仕任務いってきてめちゃくちゃ疲れたもので」
嘘はついていない。奉仕任務のこと自体は発端となった女将さんは当然知っているし、何度も「うちらが依頼したって掛け合うからそんな危険なところ行くんじゃない」と言ってくれた。
実際危険だったし疲れたのは事実である。
「よく生きて帰ってきたよ。しかもそんな命がけの任務が終わったらエイリスがこの状況だろう?
運がいいんだか悪いんだか…」
「まぁまぁ。
あ、そういえば被害状況とかどうなってるか知ってます?」
「市長が大怪我したってのは聞いたね。あんなのに単身向かってって大怪我ですんでよかったよ…。
あとは建物なんかが一部壊されたようだけど、死人が出なかったらしいから不幸中の幸いだよねぇ。
なんでも女神テルース様が一瞬現れたって噂もあってねぇ。見に行けば良かったっていう連中でいっぱいだよ。
多分、女神様がなんとかしてくださったんだろうね」
結構な大事になっているようだ。
そういえば、テルースは数秒ならこちらの世界にも姿を現すことができそうだと言っていた気がする。
その数秒を一番良いタイミングを見計らって使ったのだろう。
危機は去ったと演説する市長の後ろで微笑む女神。
これは祈り要員爆増の予感がする。とてもいい傾向だ。
「なるほどぉ…。
ところで、朝ご飯たべたいでーす」
「あんたって子は…何を置いても眠気と食い気なのかい? まぁいいさ。食堂に準備してあるよ」
「はーい、ありがとうございまーす」
昨日の夕飯を食いっぱぐれたルチアは、この日の朝はちょっと贅沢にデザートを追加注文したのだった。
解決のささやかなお祝いのつもりである。
のんびりと朝食をとりながら、生の喜びを噛み締めた。生きてるって素晴らしい。
そして、いつもよりも少し遅くギルドを訪れた。
「リリィさん、おはよー。昨日のうちに来ようかと思ったんだけど眠くてさぁ」
「ルルルルルチアさん!?
あなた本当に戻って…いや、それよりも大変なことが!」
昨日報告するはずだった奉仕活動任務の報告のためだ。ついでに何か依頼をこなそうと思ったのだが、なにやらリリィの様子がおかしい。
なんとなく、予測はついているが。
「市長が呼んでるんです!
ギルドに顔を出したら、いつでもいいから市長室を訪れるようにって!」
「呼びつけるとはいいご身分ですねぇ…。ま、怪我人だから仕方ないか」
一応身元は明かしているから、来るだろうとは思っていた。昨日の一件を上手く誤魔化しはできたのだろうが、市長としても何が起こったのか知りたいだろう。
「んー。めんどくさ…」
「何を言ってるんですか!
二次転職再開をお願いするチャンスですよ! ていうか、市役所なんていつも往復してる場所よりもかなり近いじゃないですか!
ほら、早く!」
こんな感じでギルドを追い出されてしまった。依頼を見繕うことはもちろん、奉仕任務達成の報告すらさせてもらえなかった。
「権力のおーぼーというやつでは?
まぁいいか。異世界市役所見学するかー」
ゲームでは細部までは作り込まれていなかった場所だ。現実となった今はどのような感じなのか非常に興味がそそられる。
一般人が入れないところは仕方がないが、咎められない程度に見学しようと心に決めた。
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「なんだ、言ってくれればどこでも案内をつけたのに」
「案内つきだと落ち着かないですからねぇ」
たっぷり市役所内を見学してから市長室に向かった。というより、途中で不審者と間違われてしまい名前を告げてここに至っている。ルチアの異世界市役所見学ツアーは、道半ばで終わってしまったのだ。
そして現在。
回復魔法をたっぷりかけてもらったのか、見た目からは大怪我をしたとはわからない市長としてもと一対一でご対面をしているところである。
「呼びつけて申し訳ない。
だが、ここの方が誰にも聞かれずにすむものでね」
「まぁ、その辺りはわかってますよ」
大人ですから。
今の見た目は10代だとしても、中身は社会人経験者なのだ。お偉いさんが無闇に動けないことは、わかっている。
「この度は本当にすまないことをした。同時に、この世界を救ってくれてありがとう」
「…世界存続のためってのはわかるけど、市民を危険に晒すのはどうかと思う」
「あぁ、本当にすまなかった」
深く項垂れる姿に少し同情してしまう。彼はそれほどまでに追い詰められていたのだ。
戦いとは縁遠い土地。どんどん離れていく冒険者。回らなくなる都市の経済。
ルチアが微力ながら解消してきた出来事すべてが彼の肩にのっていたのだ。その重圧が重くないわけがない。そして、悪魔の考えにとりつかれてしまったのだろう。
危険がなくて、祈らない人が増えてしまったのなら、ここも危険になればいい。
そんな気持ちを後押しするように、モンスターを召喚できるアイテムの情報が手に入ってしまう。彼にとってそれは救いの手に見えたのかもしれない。
そんな風に、市長の考えを教えてくれたのはテルースだ。
「今後、私はこの件の後始末をしたら、引退しようと思っている。そもそも、今回のことで生きていられると思っていなかったからね」
そう言って彼は穏やかに笑う。
「じゃ、生きていたんですからちゃんとこの街立て直してくださいね」
「それは…」
「まさかとは思いますけど、ぽっと出のどこの馬の骨とも知らぬ輩に無責任にも任せたりはしませんよねぇ?」
まさかまさか。
女神の加護がありそうな人物が現れたから、その人物に責務を押しつけてしまおうだなんて。
そんなご都合主義がまかり通ってたまるか、という気持ちでいっぱいだ。
どうやら市長はそんなご都合主義を考えていたらしく、目を白黒させている。
「問題点あげつらうだけなら素人にも出来ますけど、それ以上はできっこないわ。市民が可哀想じゃない」
こちとら権力になんて興味はないのだ。
のんびりレベルをあげてのんびり観光したいだけ。
市役所はブラックではないかもしれないが、ちょっぴり社畜臭がしてしまうのも事実だ。
彼の立場に同情はすれど、それはそれ。これはこれ、ということだ。
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