23 女神の助け
「動いてってば…もーー」
ガクガクと震える自分の足に懇願するが、一向に収まる気配はない。
現在いる場所はエリアとエリアの繋ぎ目。滅多なことではモンスターが来ない場所だ。ゲームだと、ここで無防備に祈っている人間すらいた。
「だからってここが安全ってわけではないんだけどなぁ」
目的地である場所の名前は商業都市ドルマス。
商業で栄える街で、この街の商業施設は24時間眠らないという設定だ。とんだブラック企業である。
ただ、そんな設定であるからこそ、マップの端であるこの位置からもゴールが見える。夜だからこそ、煌々とつく明かりが目に入るのだ。
ただし、商業都市ドルマスの一歩手前であるこのエリアは、ゲーム内では初心者殺しとして有名だった。
ゲームの運営は、この辺りからユーザーにパーティを組んでもらうのが目的だったのだろう。だが、現実はそう上手く行かず、ここまでソロでくる冒険者が続出した。そして、このエリアで初めてのデスルーラを経験するのである。
このエリアは風車の草原と呼ばれている。のどかなエイリス周辺と一見同じように見えるが、実は風が非常に強い。
その風にのって、このエリア特有のポポタンの種というモンスターが飛んでくるのだ。フワフワの綿毛が可愛らしいモンスターだが、これが根付いて成長するとポポタンという凶悪なモンスターに進化するのだ。
一応辛うじて花というか植物なので、その場から動くことはない。代わりにどこからともなく鞭のようにしなる葉っぱで攻撃をしてくるのだ。
エリアを抜けた直後は暫く安全、と思って休憩している冒険者がよく餌食になっている。ポポタンのせいでモンスターの配置を非常に把握しづらいため、初心者殺しと呼ばれていたのだ。
今は夜なので確認しづらいが、ポポタンの種がフワフワと浮遊しているのはわかる。これが近くに根付いてしまったら今のルチアのレベルでは逃げる他ない。
「やば、飛んでる」
ノンアクティブのポポタンの種であっても、反撃されれば今のルチアは生き残れない。ポポタンに進化してしまえばなおさらだ。
どうにかして逃げよう。そう思った矢先の出来事だった。
「指輪が…」
そういえば、今日の夜にテルースと約束していたのをすっかり忘れていた。
「んー! 死ぬよりマシ! ありがとうテルース」
女神の部屋に行った後、何処の地点に返されるかは未確定だが、少なくともここで死ぬよりは大分ましだろう。
光る指輪に感謝をしつつ、女神テルースの呼び出しに応じた。
意識が真っ白な光に飲み込まれる。
そして数秒後、見慣れた女神のガーリーな部屋に転移してきた。
「大分時間かかっちゃってごめんなさい、寝てた?
ってあれ? こんな時間まで冒険装備してるの?」
「いや、実は…」
今まであったことをかいつまんで話す。奉仕任務が出されたこと、そのために無茶を承知でエリアをかけぬけたこと。
それから、おそらく市長が召喚の輝石を使おうとしていることも。
「あ、ルチアも気付いたんだ?
うん、多分市長は輝石を使おうとしてる。それも、結構強いやつ。仕方ないよね、フィールドでドロップするのなんて強いエリアでしかドロップしないもの」
「だよねぇ。インスタンスダンジョンならまだ弱いのドロップするんだけど」
命の危険から解放された安心感もあいまって、ルチアはソファの上でゴロンと横になっている。そんな行儀の悪さをテルースは苦笑しながら許容していた。初めて感じた命の危険であれば仕方がないだろう。
「うん、それでね。どうにかして犠牲をだしたくなくて、輝石をもう一度封印状態に戻すアイテムを作ってたの」
「えっ!? そんなんあるの!?」
「ある、というか。祈る人が増えてくれたからこそできた感じ。ほんっとルチアのお陰だよ。
で、心苦しいんだけど私は封印までは関与できないから…」
今の状態では、下界で姿を見せられても10秒が限界らしい。
封印できるかどうか微妙なラインだとか。
「オッケー、私が封印すればいいわけね。
…と言いたいとこだけど、私、今奉仕活動任務とかいうのやらさててて、急いでドルマス行かなきゃなのよね」
「そこは大丈夫。
私の部屋を出たあとドルマスに送り届けるわ。
あとは羽を使って帰れば、万が一があっても間に合う…と思う。
それにしても、ルチアのレベルでドルマスまでって…無茶したね」
「うん、命の危険を感じでこのザマです。膝が震えて歩けないなんて経験初めてしたわよ…。
もうね、絶対無茶しないから。二度としない」
実際、タイミングよくテルースに呼び出されなければ死んでいた確率は高い。
「多分、それもこれも市長が狙ってやったことよね、きっと」
「…そうね。そうじゃないと辻褄が合わない」
「でも、市長は何考えてるの?
私が邪魔っていうのはまだわからなくもないけど…」
これから町中にモンスターを召喚する。冒険者はその邪魔だ、というのは理解できる。
しかし、そもそも何故市長が町中にモンスターを召喚しなければならないのか。
「…市長は優しすぎたの。多分だけど…。
まだ時間あるよね?
ちょっとだけ、私の話聞いてもらえるかな?」
もちろん、と頷けばテルースは嬉しそうに笑う。
疲れているルチアに香りの良いお茶を出して、話を続けてくれた。
「………ということ、だと思うの。もちろん私は女神とは言え、人の心まで読めるわけじゃないけど」
自信なさげに自分の推論を話してくれたテルース。
その推論は、かなり筋が通っているように思えた。
「なるほどねぇ…。
まぁそれはそれ、これはこれ。企みは阻止させてもらいますか。
テルースありがとね、大分回復したわ」
人間って本当に恐怖を感じると動けなくなるんだね、とケラケラ笑って見せる。重苦しい雰囲気はあまり得意ではないのだ。
「あ、うん。もう行ける?
じゃあ、これ私特製の封印珠。輝石が割れてモンスターが現れてしまったとしても、何処かに輝石の残骸があるはずだから、それに押し付けてくれれば封印しなおせるわ」
「了解。直接ボスと対峙しなくて良さそうなのはラッキーだわ」
10レベル程離れているだけでこうなるのだ。
輝石のレベルにもよるが、20以上レベルが離れたボスモンスターを相手になんか絶対にしたくない。
「じゃあ、ドルマスまで送るね。
市長のこと、エイリスのこと、お願いね」
「市長はどうかな~? まぁ考えておくよ。
じゃ、いってきます」
冗談めかして言えば、もう、とテルースが怒ったふりをする。
力を持ちながらも直接関与できない女神という立場も、口には出さないがなかなか辛いのだろうな、と思いながらテルースの部屋を後にした。
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