02 さあ、旅立とう
「このまま真っすぐ進めば中央都市に転移するわ。…名残惜しいけど、ここでお別れね」
どえらい美人であるアトリアに案内されて、輝く大地を踏みしめる。
この光景も、暫くは見れないはずだ。とあるクエストを終えたらまたここに戻って来れるようになるけれど、あれはそれなりにレベルを上げてから解放されるクエストだ。
もし可能であればこの光景のスクショを撮りたい。あ、今は現実だから写メか。スマホないけど。
そんなことを考えてしまうくらい、ここの景色は綺麗だった。
色とりどりに淡く光る地面が本当に幻想的なのだ。
遠くでドンパチやっているのを無視すれば、だが。
「ねぇ、ルチア。
さっきも言ったけれど、あちらに戻ってからどうするのもあなたの自由なんだからね。
…そりゃ、個人的にはここでまた一緒に戦いたいけれど、侵略者と戦う方法は一つじゃないから」
ブラック企業就職のせいで、私は最新システムを知らないままこのゲームを引退に追い込まれてしまった。そのせいで断言はできないが、少なくとも覚えている限りではここに戻ってきて戦うとかいうクエストは存在しない。
それに、延々とリポップする敵と戦い続ける消耗戦って…ちょっとやだな。
だからといって、ここで懸命に戦っている人たちを見捨てるのもちょっとどうかと思うわけで。
ここは少なくともゲームではなくて、多分、今の私やアトリアにとっては現実世界なのだから。
「ここの為にできることって何があるかな」
周りを見渡せば、戦う人だけでなく物資を補給する人、手当をする人など様々だった。もしかしたらそういう風に役に立てるのかもしれないけれど、レベル1まで巻き戻されている設定の自分じゃ、万が一があった場合即死だろう。
「そうねぇ…物資を円滑に補給してもらう手助けとか…?
あ、そういえば、最近ちょっと祈りの力が足りないような…って部隊長が言ってたのは気になるわね」
このゲーム独自のシステムとして、神や知り合いの為に祈るとレベルに応じた恩恵が施されるというものがあった。神様への信仰心を力(物理)に変えるというなんとも脳筋なシステムだ。その祈りの力を、この大地に住む人間全員がここで戦う戦士に向けているとすれば計り知れない力がでるだろう。
そして、その祈りの力のお蔭で前線がここで踏みとどまっているのだとしたら…祈りの力が足りないというのはかなりヤバイのではないだろうか。
「それは…確かにちょっと気になるね」
「でも、これは一人の力でどうにかなるものではないから。
あなたはあなたの為すべきことをして。私もそうするから」
確かに人々の信仰心がどうとかというのは、一個人にどうにかできる問題じゃない。それくらいなら、物資の輸送を手伝った方がまだマシな成果がでそうだ。
そもそも、自分がなぜルチアとしてこの世界にやってきたのか全く見当もつかない。できれば、その謎も解明したいと思う。
あちらの世界に積極的に戻りたいとは思わないけれど。なんていっても、戻っても社畜生活しかないのだから。
「何ができるかわからないけど、とりあえずあちらにいったら考えるね」
「うん…じゃあ、またね」
またね、とは言うけれどもこのチュートリアル以外で彼女の姿を見たことはない。もしかしたら、ここはゲームじゃないから再会することもあるのかもしれないけれども。
そういう無粋な言葉は飲み込んで、ゲームの中では見慣れていた転移装置に乗り込んだ。
転移装置の真っ白な光に包まれてから数秒。
私は、ゲーム内でも一番見慣れた場所に立っていた。
デスルーラの復活地点としてもお馴染の、中央都市エイリスの表玄関だ。
「うわ…再現すっご…」
魔法の力で動いているという空中浮遊する建物や、水と火の精霊の力が宿った炎と水が絶えず動き続ける噴水のようなオブジェ。
向こうの世界ではそれこそゲームの中でしか見られない光景が目の前に広がっている。
それは先程アトリアと共に立っていた場所もそうなのだが、こちらは人の手が加わっている分さらに芸術的に感じる。
「うん、圧倒されてる場合じゃないわよね」
まず、この場所に来たからにはやらなければならないことは山ほどある。
今の私、ルチアは間違いなくノービスと言う名の無職だ。
この状態では、外に出てアクティブモンスターにでも出くわしたらほぼ即死だろう。そして、その後ゲームのようにデスルーラできるとは限らない。むしろそのまま死ぬ方が公算が高い。
何故なら、先ほどの場所で全く動かない人間の姿を見てしまったから。
周りの人間が懸命に回復魔法と思われる魔法を発動したり、薬を飲ませようと試みていた。しかし、間に合わなかったらしい。
自分もそうならないとは限らないのだ。
むしろ、このルチアという人間が死にかけたお蔭で、私が入り込めたのかもしれない。
ともかく、だ。
拾った命をわざわざ投げ捨てる必要はない。であれば、今できることは死なないように力をつけることだ。
幸い、現時点まででゲームとの相違点はそれほど多くない。
しいて言うならばゲームではありえない相手の反応だろうか。事実、アトリアに話しかければ他愛もない雑談に応じてくれた。
といっても自分はアトリアの知るルチアという人物と同じ人間ではないため、思い出話に花を咲かせることはできなかったが。
「ゲームの知識を総動員して、安全マージンを取って出来る限りの装備を整えてレベル上げをする…」
そうすれば絶対に死なないとまでは言えないが、死ぬ確率は低くなる。
であれば、まずは職業を得ることから始めなければならない。
この世界の職業はノービスから始めて、一次職・二次職へと進んでいくタイプだ。途中で他の系統の職業への転職は認められない。もしかしたら、引退後に実装されたかもしれないがあまり物事を楽観視するのは良くないだろう。何せ、一歩間違えれば死に繋がるのだから。
「何が一番死なないかしら…」
そう呟きながら、ルチアは迷うことなく転職の儀を行える場所まで移動する。
時折、知ってはいたけど実物では見たことがないという鮮やかな魔法の世界の光景に目を奪われながら。
「本当に、景色はとてもキレイな世界なのよね」
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