17 乱獲の息抜きに生産を
「ただいま、リリィさん。
また置いてくからよろしくね」
「あ、あのルチアさん?
少し、休憩した方がよいのでは…」
本日五回目の納品で、流石に突っ込みを入れられてしまった。
役所の横暴で転職ができないのであれば、無視できないような功績をあげればいい。絶対に目にもの見せてくれる、と張り切った結果がこれだ。
今までの五往復のうち、毎回一つはレアドロップがある。また、ドロップしたダンジョンへの鍵もこっそりとギルドで保管してもらっている。リリィはダンジョンの話は半信半疑といった感じだが、今までの貢献からこっそり特別に預かることを了承してくれた。
実際、積極的に依頼をこなす冒険者がルチアしかいないこの都市では、ギルド倉庫はほぼルチア専用となっていた。
「だって、実績を積まなきゃ二次職への転職認められるか、わかんないじゃない…。
そのためにはたくさん狩らないと」
都市の外とここへの往復が面倒なだけで、モンスターを倒すことについてはあまり苦労はしていない。
最弱のベビースプラウトから順に、納品規定数に達するため倒しているせいもある。照準を合わせて魔法を打つだけのリズムゲーのようなものだから、魔力切れにさえ気を付ければそこまで大変な作業ではない。現に、これほどモンスターを狩ったにも関わらず、レベルは1しかあがっていない。確かにこの状態なら「腑抜けてしまう」と、高レベルな冒険者がよりつかないのもわからないではなかった。
「ですが、単純作業の繰り返しはミスを呼びますよ。以前の私みたいに」
遠い目をするリリィ。
今でこそリリィも毎日家に帰れるようになっているが、ルチアがやってきた当初は目の下をクマで真っ黒にしながは連勤していた。
その中には、自分のミスで増えてしまったものもあったのだろう。
当然そういった経験はルチアの社畜時代にもある。あれはつらい。
「うーん、それも一理あるわねぇ…。
そうだ、生産スキル伝授されたから、生産してこようかしら」
「それもいいと思いますよ」
あからさまにホッとするリリィ。
そういえば、ルチアが納品すればするほどリリィの仕事が増えるのだった。そのことはすっかり失念していた。
やはり、何事もやりすぎは良くない。
「良いものできたら見せびらかしにくるわね」
「そこは売ってくださってもいいんですよ!?
お気をつけていってらっしゃいませ」
●●●●●
「うん、基礎はバッチリよん。
それにしても酷い話ねぇ」
彫金工房にリンリンお姉さまの声が響き渡る。今日の化粧はアゲハ蝶モチーフらしく、それを指摘すると「やっぱりアナタはセンスが違うワ!」ととても上機嫌になってくれた。ついでに今度、お化粧の仕方も伝授してくれることになった。これは素直に嬉しい。
というより、今まで日焼け止めすらも塗らず走り回っていたとバレて、めちゃくちゃ叱られてしまったのだ。
ルチアとしてはこの世界に日焼け止めが存在することの方が驚きだったりする。
お姉さまに転職の件を愚痴るつもりはなかったのだが、ついつい口を滑らせてしまい今に至る。なんというか、ツルッと口を滑らせるのがうまい。
きちんと彫金スキルの修行も同時進行で行っているので今のところ問題はない、はずだ。
「こう…私が冒険者として無視できない存在になれば、少しは扱いも違うかな、と思って張り切って狩りをしたんですけど、ギルドの職員さんに注意されちゃいまして」
「そりゃあ…この素材の量を見ればそうなると思うわよん?」
工房内で取り出した素材を見て、お姉さまは呆れた顔をする。
「確かに低いレベル帯の、基礎とか練習に使う量産用素材ではあるけれど量がおかしいわ。プロのアタシが一ヶ月使う分よりも更に多いわよ?」
「うっ…そんなに多いんですね」
それは流石に多いかもしれない。そんな量をリリィに捌かせていたのかと思うと少し申し訳なく思う。
実際、ここに持ち込んだ素材は一度リリィに渡した分をルチアが一部買い戻したものだ。実際に納品した数はこれよりももっとずっと多いことになる。
「そうよぉ。あんまり無理しちゃダメよ?
まぁ、今日は気晴らしに可愛いアクセサリー作りに励めばいいじゃない。出来がよければ装備してもいいし、アタシが買い取ってもいいわ」
「ありがとうございます。とりあえず一通り作ってみますねって、あ…もしよかったらお姉さまも祈ってもらえませんか?」
「お祈り?」
祈る人を増やすミッションは隙あらば達成していきたい。
一人ずつ地道に増やしていけば、そのうち有用性を認めた人が布教してくれるかもしれないのだ。リリィという前例があるのだから、ないとは言い切れない。
そう思ってお姉さまにも提案してみたのだが、少し難しい顔をされてしまった。
「まぁ、アナタは冒険者だからそう考えるのは悪いことじゃないのかもしれないけれど…。
頭の固い生産者の中には『生産とは自分のスキルを研鑽して最高の品を得るのであって、神頼みとはけしからん!』っていう人が多いのよねぇ」
「お姉さまも祈りの頼るのはイヤですか?」
この言い方だとお姉さまはそこまでではないように思えるが。
「アタシは単純に効果があるんだかないんだかハッキリしないから祈らないだけ…と、言いたいけれど、改めて言われてみれば祈りに頼るのは生産職人としてあるまじき、っていう考えがないとは言えないわね」
「そうですか。できれば私と女神に祈っていただきたかったのですが」
職人として抵抗があるのであれば無理強いはできまい。
「女神にも? まぁ、アナタに祈る分にはいいわよぉ。アタシが祈りに頼らない職人でありたいってだけだしね」
と、快諾してくれた。
職人のプライドは結構複雑なようだが、それでも協力者が増えたことは素直に嬉しい。
少しずつでも祈る人が増えれば、この世界の存続に繋がる。
「ありがとうございます。じゃあ、頑張ってみますね」
「えぇ、頑張ってちょうだい。
ちなみに、あなたはもう立派に彫金スキルを身に付けてるんだから、この工房の一般解放はエリアはいつでも自由に使っていいからね」
そう言ってお姉さまは自分専用の工房に戻っていった。
「新人に教えられるくらいに腕がいい人だと専用工房ってあるんだ…」
確かに集中していいものをつくるのであれば、集中できる環境は必須だろう。
「まぁ私は分相応に、出来ることをやりますか!」
気合いをいれて、基礎レシピを見ながら、生産スキルを発動させる。
ゲームの中では、きちんと材料が揃ってさえいれば基礎レシピは作ることができた。レアレシピともなると数パーセントの確率で失敗や粗悪品ができることもある。それはこちらでも同じようだ。
生産スキルをきちんと教えてもらったお陰か、体が勝手にレシピ通りに作ってくれるような不思議な感覚だ。
「これ、効率極めたらどうなるかな?」
まだ生産スキルを習得したばかりで、自分の動きがぎこちないことがわかる。だが、何度も繰り返し練習をすれば生産の効率はあがるだろう。
どうすれば効率良く素材を狩れるか試しているときと同じような感覚だ。
そして、そういった効率を追求する作業がルチアはかなり好きだったりする。そして、熱中しすぎてしまうのだ。
その日、熱中しすぎたルチアはお姉さまに「いい加減帰んなさい!」と怒られるまで、様々なアクセサリーを作り続けていた。
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