16 思わぬ邪魔
「停止ってどういうことですか?」
職業を扱う神殿で、ルチアはどうにか平静を装いながら尋ねた。
事の発端は、転職だ。レベル10に上がったので、ついに念願の回復職になれると喜び勇んでやってきたのだ。
そんなルチアに冷や水をかけるような一言が浴びせられた。
「申し訳ありません。現在、全ての転職業務を停止しているのですよ」
こんなイベントはゲーム時代に一度も起こったことがない。
想定外のことに戸惑いを隠せない。
今日中に納品できると思っていた品を、納品直前で仕様変更を通知されたような気持ちだ。ちなみにあの時納期は全く延びなかった。
そこから先の記憶は抹消した。
「その、私どもも実はよくわかっていないのです。ただ、役所の方から停止するように言われまして…」
「そんな横暴許されるんですか?」
この世界の公的な仕事や宗教のことはわからないが、役所からの一声でそんな風に決めてしまってもいいものなのだろうか。
「はぁ…。しかし、転職を希望される方が来るとは私どもも考えていなかったもので…何せあなたがいらっしゃるまで数ヵ月閑古鳥だったものですから…」
「あーうん…」
ここは、サービスが終了したネトゲの世界。ルチアが来るまで閑古鳥であったというのはわからなくもない。
しかし、それでも解せない。役所は何故、新規の冒険者を出さないように仕向けたのだろう。
「役所からはどういう理由で?」
「新規の冒険者が来なくなったのだから、業務を縮小せよ、と。そこで上がったのが転職に関する業務の停止です。確かにこちらの業務を停止すれば人員を一人浮かすことができますので…大変申し訳ありません。
これから役所に連絡して希望者が現れたことを伝えておきますので」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
確かに人員を減らすのは経費削減においては絶大な効果があるだろう。その上今まで閑古鳥だった仕事なのだから、減らされても当然と言えば当然だ。
でもそれでいいのか。
冒険者になる人間が少なくなったというのが、由々しき事態であるという危機感がない方が問題だと思うのだが。
これは完全に計算外だ。
二次職に転職し、やっとまともに戦えると思っていた矢先なのだ。このままでは、ノービスよりはマシとは言え、貧弱な一次職のスキルで戦うしかない。死なないためにも、これから先使わないスキルを無駄に伸ばすことはできないのだ。
素早さ重視のスキル振りをするつもりだったのだが、これは最初から考える必要もでてくるかもしれない。
ただ、ここで憤っても仕方がないというのも事実。
神殿の方がうまくやってくれることを願うしかない。
「釈然としないわ…。そもそもこんなクエストはないし…。
もう、こんなときに限ってあの子のところいけないし!」
神殿内で誰に聞かれるかわからないということで配慮したが、あの子というのはもちろん女神テルースだ。
あちらの世界の監視で忙しいのか、こんなときに限って応答がない。
「ううう、すっごいモヤモヤする。
そうだ、リリィさんにちょっと相談してみよう」
自分一人で悩んでいても仕方がない。
気持ちを切り替えて、とりあえずギルドに向かった。
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「えええええ!?
神殿って今そんな感じになっているんですか!?」
「そうなの。ねぇ、今の市長ってそんな横暴する人なの?」
生産クエストのターゲットとなるモンスターと被る依頼を吟味しがてらリリィに愚痴をこぼす。
最近はやっと睡眠時間を死守できるようになったようで、リリィのクマは出会った当初よりかなり薄くなっていた。
「いえ、現在の市長はかなり市民思いの方で有名なんです。
熱心に女神テルースを信じてる方としても知られていますね。なので、そんなことを言い出すなんて信じられません…。
確かにルチアさんの前にきた新人冒険者さんは数ヵ月も前のことなので、経費削減のやり玉にあげられるのは理解できなくもないですが…」
「そんなに前だったんだ…そりゃ依頼も溜まるはずよね。
ねぇ、冒険者の人にここら辺を巡回してもらうことってできないの?」
冒険者登録をわざわざしているのだから、現在何処の都市に何人の冒険者というのも把握しているのではないだろうか。
冒険者の義務として、月に数日滞在してもらうようにすれば少しはこの都市の状況も改善できるのでは、と思うのだが。
「うーん…基本的にギルドは仲介業者なので、強制することはできないんです。
お願いすることは可能ですが、平和な中央都市にくると腑抜けてしまう、という方もいらっしゃって…」
確かに、この辺りのモンスターはかなり弱い。
適正レベルの地で戦っている冒険者が戻ってくるには、魅力がない土地なのは確かだ。
「うーん、冒険者がよりつかないっていうのは難しい問題よね。あと、新たに増えないっていうのも問題じゃない?
このままだと強くなった人はどんどん前線にいって、世界から冒険者がいなくなってしまう可能性もあるじゃない」
「確かにそうなんです。そもそも、こんなに新人冒険者がでなくなったことに対策を打つべきなのに、転職妨害なんてされたら…。
ただ、現状どうやって新人冒険者さんを増やせばいいのか、さっぱりわからないんですよ」
おそらく、その新人冒険者とやらはゲームをやっていた人たちだろう。世界が閉ざされてしまった弊害がここにも出てきているのだ。最大接続数が3万人とかに及んでいたはずなので、それが一気にいなくなってしまっては色々な支障がでてしまうのも無理はない。
今現在冒険者として活動しているのは、モブとして設定されていた人たちなのだろう。
だから、インスタンスダンジョンの存在も知らないし、合成アイテムのことも知らないのだ。
ならば、少しずつ知ってもらえばいい。
だが、知ってもらうためにもルチアがレベルをあげて、実例を見せつけなければ説得力は皆無だ。
「ああもう、色々やるためにもレベルと職業と生産は必須なのにぃいい!」
「おおおお落ち着いてください! 冒険者ギルドの方でもどうにかして貰えるように動きますから!
ルチアさんの功績は大きいですし、冒険者ギルドとしてもそんな損失は認められませんもの」
「うう、よろしくねぇ。
とりあえず生産スキル獲得のためにお仕事いってくるわ…」
依頼登録の手続きを終わらせてヨロヨロと外へ向かう。
レベル10になれば色々変わる。
もっと多くの人に祈りの有用さを布教できて、この世界の存続に繋がる。
そう信じていただけにちょっとショックが大きかった。
「はい、無理なさらないでくださいね。気分が落ち込んでいる時はミスも出やすいものですから」
「確かにそうかも。いつも以上に慎重に行ってくる」
泣きっ面に蜂とはよく言ったもので不運は重なることが多い。前の世界なんて…いや、これはもう思い出すまい。封印しなければならない不運の連続記録だ。
あんな不運の連続をもう起こしてはならない。
ぐっと握りこぶしを作って気合いを入れ直し、せめて生産クエストだけでも無事に終わらせられるようにと願いながら都市の外へと向かった。
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