14 遠いお話
TTOというゲームの世界にきて、3日目の昼。
のどかな丘の上で、ルチアはのんびりとお弁当を広げていた。新しい武器の試し打ちが終わったので、休憩をとるところだ。
本日のメニューは泊っている宿のおかみさんにお任せして作ってもらったサンドイッチとスープだ。この二つセットで「お弁当」というアイテムに変換されたので、ポーチを圧迫することもなかった。しかも、ポーチは冷たいものは冷たいまま、暖かいものは暖かいまま保存してくれるようで、スープがアツアツなのが嬉しいところだ。
「うん、魔法とカウンタークリティカルの相性はなかなか良かったわね」
アツアツのスープに息を吹きかけながら、今日の戦いぶりを振り返る。
ルチアの狙い通り、レベルが同じかそれ以下のモンスターであれば強めの魔法一発とカウンタークリティカル一撃で沈めることができた。
また、カウンタークリティカルがうまく出せなくても、タイミングを見計らってセルフキュアを使えば倒せることも確認済みだ。
今後レベルがあがるごとに新しい回復魔法や強力な攻撃魔法、それに付与魔法が増えていくので十分戦うことはできるはずだ。
少なくとも職業を選ぶ時点で、取り返しのつかない失敗をしたわけではなさそうなのでホッとした。
スープで体を温めたら、今度はお楽しみのサンドイッチだ。具は全てお任せにしたため、何が出るかはわからない。
「お? 照り焼き、かな? あ、卵つきだ。嬉しい~」
照り焼きのような甘辛いソースに、鶏肉のような味わいの何かと卵が挟まっている。味わいはてりたまサンドそのものだ。何の肉か、何の卵かは考えてはいけない。
パン自体がしっかりしているのと、間に挟まったレタスのような葉っぱのお蔭で、甘辛い味がくどく感じずにさっぱりと食べられる。かなりボリューミーだが、検証の為にあれこれ体力を使った身からするとありがたいくらいだ。
「結果は上々だったけど…あんまり痛い思いしたくないから、レベルは2つ下くらいのモンスターがいいかな」
2つ下だと安定して魔法で倒すことができることは確認済みだ。なので、魔力が尽きない限りポンポン倒すことができる。ちなみにそのお陰でレベルは6にあがった。
TTOでは奇数レベルになると、スキルのレベルをあげることが出来るようになる。ただ注意しなければならないのは、三次職になるとレベルをあげられなくなるスキルが出てきたりするのだ。
例えばノービスで使うことができたセルフキュア。あれはノービスである限りレベルを上げ続けることはできる。ただし、転職した時点でスキルレベルをあげることはできなくなる。
ちなみに、ノービスのままレベルをあげ続けることは可能だが、あまりにもマゾいゲームに成り果てる。素殴りとセルフキュア、石投げしかスキルが無いので攻撃手段は物理攻撃のみ。その上、装備できるのは攻撃力が低い軽い武器と、動きやすいが防御力の低い軽鎧のみ。
あまりにもマゾ度が高いのだが、一部のやり込み過ぎた廃人は好んでそのプレイをしていたりする。伝説のドMしか手を出さないレア職業ともいえる。
話がそれたが、転職すると使えなくなるスキルはいくつか存在する。現在メイン火力として採用しているファイアボールが、それに該当した。
「インスタンスダンジョン潜ることを考えたら、バリアは必須よね…」
ゲーム内で最上級装備を整えて、それなりのスキルを使いこなす技術があれば、かろうじて格下のインスタンスダンジョンをソロでクリアすることができた。ただし、その装備を用意するのは結構骨が折れる点は注意したい。
「…課金アイテム欲しい。いやでもそんなのあったらテルースが先に言ってくれてる…わよね」
昨日は観光がてら教会に赴き、またテルースの部屋にお呼ばれした。あっちの世界の監視に力を使っているとかで、大した話はできなかった。だが、現状の打開策を見つけられたことで、少しイキイキしていたように思う。
もし、課金アイテムが現時点で具現化できたのであれば、話があってもいいはずだ。
「忘れてる可能性もあるから、今度直接聞かないとね」
もぐもぐと次のサンドイッチを食べながら、気付いたことをメモする。
ちなみに、お弁当が入っていた空の弁当箱は放置するとドロップアイテム同様消えてなくなるらしい。この世界はどういった構造になっているのか甚だ不思議である。
「ゲームならご都合主義で済むんだけど、この場合は女神様のお力…なのかなぁ?」
テルースを知っている身からすると、少し不思議な気持ちになる。確かに美人ではあるが、親しみやすさがあるためイマイチ威厳にかけるのだ。
それでも、彼女がルチアの命の恩人であることにかわりはない。
「ちょっと祈っておこうかな…。この世界が少しでも長く続くように。
あと、アトリアにも無理しないで頑張って欲しいしね」
ごちそうさま、と合わせた手を組んで目を閉じる。
このゲーム特有の祈りのポーズだ。この世界にきてからずっと、夜眠る前には欠かさずに祈るようにはしている。特に、アトリアはこの世界で初めてあった…友達?のようなものだ。たぶん。
ほんの少しの時間を共にしただけだけれど、それでもなんとなく特別に感じているのだ。
さわさわ、と風に揺れる草木の音に耳を傾けながら祈っていると、突然現実に引き戻された。
「ちょっとアンタ、具合でも悪いのか?」
「うわっ!?」
確かに、見ようによってはうずくまっているようにも見えるだろう。
「び、びっくりした…。いえ、具合は悪くないです、祈ってただけで…」
「へぇ? 随分信心深いんだね」
声をかけてくれたのは旅商人と、その護衛のパーティだった。この辺りはモンスターは強くないものの、盗賊などの輩が皆無なわけではないとのことらしい。
「そうなんですね。全然知りませんでした。教えてくださってありがとうございます」
「いいってことよ。でも女の子なんだしほんと気をつけろよ?」
「冒険初心者さんなんだなー。昔を思い出すよ」
気さくな人達らしく、次々に話しかけてくる。
「そういえば…冒険者の方で、祈る方ってあまり多くないんでしょうか?
確かに都市の外で祈っていた私はかなり不注意だとは思うんですが」
未だゲーム感覚が抜けていない身なので、盗賊という存在は、全く思いつかなかった情報だ。
都市の中であれば自警団などがいるのだろうが、モンスターが住みつくフィールドではそういったものも取り締まることができないだろう。犯罪を犯した者が、モンスターが強くないこの辺りに住みつくというのはあり得る話だ。
「んー…あんまり祈らないなぁ」
「装備作るときに祈ってもらったりすることはあるけど、基本的にそれも気休めだろう?」
「なるほど。じゃあ前線に対してもそんな感じですよね」
「あー…そうだなぁ。なんというか、実感わかないというか」
「俺たち前線に行けるほどレベル高くないから余計にな」
ゲームではわかりやすくチャット欄に【~~が貴方に祈りをささげています】というような文章と共に、専用のアイコンまでも表示されたのでわかりやすかった。しかし、現実世界では効果が目に見えるわけではないようだ。そりゃあ祈りと言われてもピンと来ないだろう。
フィールドを歩き回ってレベルを上げる冒険者ですらそうなのだ。レベルがあがれば前線に行くこともある、と言われていても実感がわかないというのはわかる気がする。であれば、戦うことがない人達にとって前線の話はどれだけ他人事なのだろう。
どれだけ効果が上がるかはわからないが、一応「女神とセットで祈るとドロップ率が僅かに上昇する」という情報は教えておいた。4人パーティーだったので、相互に祈れば少しはドロップ率も上がるはずだ。
そんな会話をして、彼らを見送る。
「この辺りは特にモンスターがいなくて平和だから…かなぁ…」
祈りが減ってきているというのは、やはりどうしようもない事実のようだ。
「そりゃ、自分がピンチって実感がわかないと無理かな…」
前の世界でだって、どこかで戦争が起こっているだの餓死する子供が~だのを言われても実感はわかなかった。実感のない遠い世界のことは、我が事として感じにくいのはどうしようもないだろう。
「うーん、今のところ今みたいな地道な布教活動と、リリィさんに対するアピールするくらいしか思い付かないや」
自分の力の無さを痛感する。
一人で焦っても仕方がないこととはいえ、やるせない思いが沸き上がる。
その日、ルチアはこのモヤモヤした感情をモンスターにぶつけたため、ドロップ率最高記録を更新したのだった。
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