12 不思議なポーチとゴミ
「というわけで、このポーチって拡張とかできないのかしら?」
あのあと、エイリスに無事に入ることはできた。だが、手に持っていた装備品は、跡形もなく消えてしまっていた。都市に入るときは、バッグに収納されたものしか持ち込めないらしい。これはこの世界の人間なら誰しもそうで、商人すらもそうなのだとか。ただし、マジックアイテムを使うと言う抜け道もあるようだが。
そして、ルチアは今回変なものを持ち込もうとしたと誤解されて門番に質問を受けるハメになった。
ただ、まれに良くあることらしく、門番が「冒険初心者はよくやるよ」と笑って済ませてくれたのが不幸中の幸いだ。
「確かにルチアさんが持ち込んでくれるドロップ品は大量なので、相談を受けたいことは山々なのですが…」
今回のドロップ品はルチアが気合いを入れたのと、リリィが祈ってくれたお陰でそれなりに良い量になっている。
これでまた未処理クレームを潰すことができる、と拝まれたのはつい数分前の出来事だ。
そんなハツラツとしていたリリィが言いにくそうに口ごもる。
「ポーチを拡張するのは大変お金がかかるんです」
「そうなの?」
「はい。ご存じの通りこのポーチは、私達が生まれたときに女神テルースが祝福として与えてくれるものですよね。
だから、バッグを拡張するということは祝福をさらに与えるということになりましてですね…」
全くもってご存じではないシステムだが、この世界ではこの便利ポーチはそういうシロモノだったらしい。そして、祝福と聞いてピンときてしまった。
「めちゃくちゃ教会にお布施しなきゃってこと?」
「有り体にいえばその通りです。
しかも、祝福を受けるには資格が必要でして、それはお金では買えないんですよ」
「というと?」
「私も詳しくは知らないのですが、お布施は神殿の祈りの間という場所に入るためのものらしいんです。それで、祈りの間で神様に認められた人だけがポーチを拡張してもらえるとかで…。
だから、いくらお金がある大商会の方とかでも拡張されたポーチは持っていないということもあるんです」
「へー。そんなシステムなんだ…」
これがゲーム時であれば、神様もへったくれもなく課金すれば手に入るのだろう。
だが、ゲーム内通貨を貯めた上で運ゲーはなかなか厳しいものがある。
ルチアの場合、祝福についてはテルースに聞けば、多分大丈夫だとは思うのだが。
「それって普通に考えて大分ギャンブルよね。ポーチが拡張されなくてもお布施は戻ってこないわけだし」
「そうですね。しかも、私が知る限りの情報ですが、ポーチを拡張していただいた方々にさして共通点はありません。
善人ならOKで悪人はダメというわけでもないようですから」
「…ちなみにお布施はいくら?」
「100万sです」
昨日の稼ぎが多く見積もって1万s近く。ただしこれは長期放置依頼の割り増し料金と言うこともあっての金額だ。しかも、ここから日々の生活のための旅費や雑費が引かれていく。
コツコツ貯めればいつか手が届くかもしれない、くらいの金額ではある。しかし、今後装備品を新調すると考えればおいそれと手を出すのは躊躇われた。
「うーん…」
「あと、神の加護をなくしてしまうと元の収納容量に戻ってしまうと言うこともあるようですね」
課金切れみたいなのものか。
なかなか世知辛い。
「いつか達成する目標の一つには加えるけど、今すぐって感じじゃないわね。
少し不便だけどポーチがいっぱいになったらその都度ここに来ることにするわ」
「はい、お仕事たくさんよろこんでー」
リリィの目が死んでる。
だが、ルチアにはどうしようもない。心苦しいがそこはスルー一択だ。
「で、とりあえず今のポーチの中身を置いていきたいんだけどいいかしら?」
「はい! もうなんかめんどくさいんで通常ドロップ品は裏手の倉庫に放り込んで頂けますか? 鍵の暗証番号教えますんで」
「それっていいの?」
「はい! 今さら始末書が一枚増えたところで変わりませんから!」
とてもいい笑顔だ。目が死んでる以外は。
まぁ、本人がいいと言うのならいいのだろう。確かにここに三桁のキャベツを積むのもめんどくさいし。
「倉庫の中は、効果は弱いんですが時止めの祝福がありますので、生鮮食料品でも腐らないんですよーやりましたねー。
で、通常ドロップ以外のものは今まで通りこちらで受け取りでよろしいですか?」
「もちろん。じゃあ出すわね」
ポーチの中からレアドロップ品を取り出していく。といってもそんなに多くはない。いくつかの装備品と、件の指輪の台座だけだ。
「あら? ハズレ引いちゃったんですね」
「ハズレ?」
「はい。ドロップ品の中には値がつけられないものがいくつかありまして…
今回の場合はこちらが該当します」
残念そうな顔でリリィは指輪の台座を指す。もしかしたら、この世界では合成品という概念はないのだろうか。
「えーと、ちなみになんで?」
「ご覧の通り壊れてるからです。他にも欠けた宝石や壊れた杖、柄だけのナイフなんかもハズレですね。
あ、でも安心してください。ハズレといってもこちらはまだマシです! リサイクルボックスにはいれられますから」
「…壊れてるなら、他の素材くっつければよくない?」
「それが熟練の鍛冶スキルや彫金スキルを持った方でもダメだったんです。なので大抵の方はこういうのが落ちるとフィールドにそのまま捨ててきちゃいますね。
あともう一個、ポーチを圧迫するドロップ品がありまして…たしか見本品があったはず、どこだったかな」
ルチアの予想通りのモノであれば、いくらスキルが高かろうと意味がないのは当然だ。その事をリリィに伝えようとしたが、少し躊躇ってしまう。
ゲームでは合成すればかなり使えるシロモノだが、現在もゲームの通りになるとは限らないからだ。
そんなルチアをよそに、リリィは目当てのものを見つけて話を続ける。
「えーと、ありました。
こちらがリサイクルボックスにも入れられないゴミになります。ギルドでも買い取りできかねますので、通常はフィールド放置が多いですね」
そうやって見せられたのは八芒星の形をした石だった。
「これって…触ってもいい?」
「ええ、どうぞ。
一応初心者の方に見せるための見本なので、壊さないでくださいねー」
そうやって直に触れさせてもらうと、自然と頭の中に言葉が浮かんだ。
・lv.10ダンジョンの鍵石
インスタンスダンジョンへ入るための鍵。
(やっぱり…。この世界ってインスタンスダンジョンは普及していないの?)
「ね、ねぇ。冒険者ってダンジョンに行ったりするのよね?」
「そうですね。
第二次職になるためのダンジョンだとか、あとは侵略者が要塞を築いている場所もダンジョンと言えるでしょうか。
その他は…冒険初心者さん向けに、都市の外に下水道を開放しています。最近は冒険者さん不足で騎士団の方が定期的に下水道でモンスター駆除をしているようですが」
「あ~~っとそういうのじゃなくて、もっと簡単に入れそうな…古代遺跡みたいなの?」
「あぁ、町の外にありますね。
よくわからない朽ちた神殿みたいなもの…ですが、あれはダンジョンだったという話は聞きませんが…ただの広場みたいですよ?」
やはり、ゲームの常識とはかなり異なるようだ。
ゲームでは先程の鍵石を、都市のすぐ外にある朽ちた神殿に捧げれば簡易ダンジョンが召喚される。
「…そう」
おそらく、ルチアのように持った道具を鑑定できるという人物は少ない、もしくはいないのだろう。これはルチアにとって大きなアドバンテージでもあり、厄介ごとの元でもありそうだ。
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