デート
樹はポーラにゴブリン退治の処理してもらい、15万オーロ近い報酬を手に入れた。一般家庭の半年分の生活費になる。
貧しい家庭ならさらに低い金額で暮らしているので、かなりの報酬と言えるだろう。
ゴブリンの巣を放っておくと、際限なく増えてしまうので、国から高額の追加報酬が出るのだ。
昔にゴブリンの巣を放置して、滅んだ国まであるのだから、このくらいの報酬は安いものだろう。
「それじゃ、もう遅い時間だ。送っていこう」
「ありがとうございます。送り狼にならないでくださいね?」
ちょっとからかうような目をしている。
「そんなことはしないさ。付き合えない相手に手を出すほど落ちぶれちゃいない」
樹は女性が大好きである。だから責任を持てないようなことはしないのだ。真の女好きと言える。
樹の付き合えないという言葉に、少し寂しそうにするポーラだったが、冒険者は1つの所に留まる人間のほうが少ないのだ。
そう思い直したポーラは、寂しさを引っ込めて笑顔を見せた。
「意外に真面目なんですね?」
「軽いのは口だけさ。尻は重い」
2人は仲良く夜道を歩いていった。
樹が宿に戻ると、酒を呑んでいる客が、商人らしき客と話をしていた。
「王が怪我したのか~、ざまあねえな」
「国は秘密にしてますけどね。兵士もかなり怪我したらしいですよ」
樹は自分に関係する噂話だと判断して、酒を片手に近付いていった。
「オレも聞いたぞ。なんでも召喚した人間を怒らせたらしい」
なに食わぬ顔で真実を告げる樹。
酒呑みと商人は驚いた顔をして、樹を見た。
「そうだったんですか!? ……召喚者にしてみれば誘拐みたいなものですからね」
商人は召喚に否定的らしい。
「うちの国の傲慢な王じゃな~。そりゃ怒らせても不思議はない」
酒呑みも赤い顔をして、商人の言葉に頷いている。
「それで、追っ手は出たのかい?」
樹が商人に聞く。
「いいえ。今の国に兵士を動かす余裕はないみたいですよ」
内心ホッとする樹だった。追っ手など蹴散らせる自信はあったが、街の人間を巻き込んで戦うつもりはないのだ。
それから樹たちは、酒を酌み交わし、いろいろな情報を教え合った。
翌日、仕事を休んで昼まで寝ると、樹は訓練に出掛けた。
オークを見つけたので銃を撃ってみたが、分厚い腹の肉の前に、銃では威力が不足していた。
頭を撃ち抜くとあっさり死んだが、魔物には銃が効かない相手もいる。
樹は他の武器も訓練する必要があると理解し、街からかなり離れた場所で、ロケットランチャーやバズーカ、剣やダイナマイトなどを使う訓練をした。
夜遅くまで訓練をしていたのは、乗船券を買えるだけの資金が貯まって、いつでも出発できることと、追っ手がなく余裕があるおかげだ。
でなければ仕事に追われ、訓練している暇などなかっただろう。
時間的に余裕ができた樹は、すぐに船には乗らずに、もう少し稼いでいこうと考えた。隣の国の物価や、魔物の強さが分からないので、じっくりお金と経験を稼ぐつもりだ。
オークの死体を引きずって行くと、討伐報酬と素材売却料を貰う。
そしてポーラの休みの話をすると、しっかりと約束して宿に帰る。
そんな生活をしていた数日後、ポーラと待ち合わせをしていた樹は、街の広場に時間より30分早く向かった。
『樹は張り切って出発したが、ポーラはすでに待ち合わせを場所にいた』
「見りゃ分かるよ。あと張り切ってとか言うな。女性を待たせない気持ちの表れと言え」
『待たせてしまったようですが』
「まさかこんなに早く来てるとはな。思ったより楽しみにしてくれていたらしい」
急いで近付く樹に気が付き、嬉しそうに手を振るポーラ。
「結果的に待たせてしまったな。すまない。それと、服も似合ってる。とても綺麗だ。このまま宿に連れ込んでしまいそうだよ」
「ありがとうございます! こちらこそ、早く来すぎてしまって……恥ずかしい」
受付嬢の給金は、それほど高くない。
そして、こちらの世界では手縫いのため、服の金額は高い。できる限り、いい服を選んでいるようだ。この日のために買った新品である。
そう考えると、ポーラの気合いの入りようが分かるだろう。
「恥ずかしがる顔も可愛くていいな。1日中でも見ていられる」
「もうっ! 恥ずかしくなって顔が見られなくなるじゃないですか」
「すまん。なるべく言わないようにするけど、自然と口に出てしまうのは許してくれ」
「みんなに言ってるんじゃないですか?」
「可愛い子には言ってるよ」
少しすねるような顔をするポーラだが、樹は慌てることもなく言った。
その言葉を聞いて、また笑顔になるポーラ。樹はお世辞など言わないと思ったからだろう。
「ふふっ。早く行きましょう!」
「まずはアクセサリーでもプレゼントしたい。胸元が寂しいぞ。胸は寂しくないけど」
「どこ見てるんですか? エッチだなぁ」
恥ずかしそうに胸元を隠すが、あまり嫌な気はしていないらしい。ポーラは笑顔だ。
「それで、いい店を知らないか?」
「知ってますよ。こっちです」
樹の腕に自分の腕を絡ませると、人混みを抜けて歩き出した。
獣人のシッポを見る樹を叱りながら、てくてくと歩いていく2人。到着したのは武防具屋だった。
「ずいぶんゴツいアクセサリーだな?」
「私が着けるんじゃないです。イツキさんは防具も着けずに危ないので、武防具屋さんを案内しておこうと思って」
樹に防具は要らないだろうが、怪我をしたら痛いのは確かである。
「そうだな。胸当てくらいはしておいたほうがいいかもな」
樹もマゾではないので、痛いのは嫌いだ。マゾだって魔物の攻撃は嫌だろうが。
「急所への攻撃は痛いからな。ポーラを心配させないためにも買うよ」
「よかったです。イツキさんは船に乗るために貯めてるんでしたよね?」
「もう貯まってるけど、もう少し稼いでおきたい。乗船券を買ったら所持金が寂しいからな」
「なら高い防具を買って、長くこの街にいてくださいね」
逃げている事情は話していないので、樹を長く引き留めたいらしい。
「そうだな。高い防具を買わなくても、ギリギリまでいるつもりだ」
「それはよかったです。でも命を守るためにも、防具はいいのを買ったほうがいいです」
イタズラな表情を引っ込めて、真剣な顔で樹を説得する。
腕を組んだまま武防具屋に入る。樹も男なので、所狭しと並んだ武器や鎧に目を奪われた。
「このお店はドワーフさんがやっているので、品質が凄くいいんですよ」
「やっぱりドワーフは鍛冶が得意なんだな」
ドワーフは背が低く、体力と腕力があるので鉱夫として向いている。
そのため採掘した金属や宝石を使い、いろいろな製品を作ることに従事してきたため、鍛冶や細工が得意になった。
樹はドワーフの店主に予算を伝え、自分に合う防具を選んで貰った。
デートに防具を着けているのは変なので、服の下に装備することにしたようだ。
「次はアクセサリーを」
「無駄遣いはダメです」
ポーラは冒険者たちが命を懸けて稼いでいるのを知っているので、自分のためにお金を使わせたくないのだ。
「それに胸元を飾ると、エッチなイツキさんが胸を見てしまいますからね」
「胸を見る口実にはなるな」
「あははっ。何もなくても見ていますけどね」
「何もなくはない。綺麗な形の胸がある」
「ほんとにエッチだなぁ~」
少し呆れたような表情だが、嫌悪感などはないらしい。
樹は堂々と見ているので、嫌悪感が少ないのかもしれない。ポーラが樹に好意を抱いているからかもしれないが。
「アクセサリーは受け取って貰えそうにないが、デート費用くらいは払わせてくれ。男の沽券に関わる」
「はい! 服を買ったので今月は厳しくて」
「はははっ。なら夕食までご馳走させてくれ」
2人は街の名所を回っていった。