初報酬
仲間を倒され、怒りを顕にしたゴブリンは、樹に同時に襲い掛かる。
タイミングが一緒な攻撃など簡単に躱して、まとめて蹴り飛ばした。
飛んできた仲間の体に激突されて、体勢を崩したゴブリンは、樹に殴られて数を減らす。
「ちょうどいいから訓練相手にしよう。まずは回避の訓練だ」
『樹は余裕で回避していく。しかし避け方が下手でカッコ悪かった』
「いらんナレーションすんな! 気が散る!」
言われた樹は気にしているのか、カッコいい避け方を模索している。
様々なポーズで躱すが、完全に無駄な動きになってしまう。
「ダメだな。普通に避けたほうがカッコいい」
何度か攻撃を受けながらも、回避の練習を続ける。ゴブリンの攻撃を躱したところで、あまり自慢にもならないが、樹は少しずつ戦いに馴れていった。
凄まじい体力で、ゴブリンが疲れるまで避け続けた樹は、ゴブリンの動きが止まった瞬間、反撃を開始した。
殴る度にゴブリンの首の骨が折れていき、すべてのゴブリンを倒すのに1分も掛からなかった。
「かなり回避には馴れたな。次は狼でも相手にして、四足歩行の相手との戦いに馴れてみよう」
『その前に討伐部位を切り取ってください。魔石の回収もしましょう』
樹はナレーションに従って、右耳と心臓付近にある魔石を回収していった。
「気持ち悪いからあまり見たくないけど、ゴブリンって心臓がないんだな」
『魔石が魔物の心臓の代わりでしょう』
「魔物って変な生き物だな。人間の常識が通用しないみたいだな」
手を血で汚した樹は、なんとも情けない顔で困っていた。
とりあえず水筒の水で手と魔石を洗い、ゴブリンの血の匂いで狼を呼び寄せた。
狼相手にも1時間ほど訓練をしてから、樹は街に帰っていった。
さすがに完全に血を落とせなかったので、ナンパはしないらしい。
レベルは上がりにくいらしく、7のままだ。樹は少しガッカリしていた。
「ゴブリンじゃたいした稼ぎにならないな、レベルもお金も」
『ゲームでも2~3度戦っただけで、レベルは上がらないでしょう?』
それもそうだと思った樹は、気を取り直して冒険者ギルドに向かった。
ギルドに入ると、仕事を終えた冒険者たちが隣の部屋の酒場で呑んでいる。
樹も酒を気にしながらも、今は無駄遣いはしないことにしたらしい。
「1人で呑んでも仕方ないしな」
『そう言いつつ後ろ髪を引かれている』
「決心が鈍るからやめてくれ」
樹はナレーションに文句を言ってから、受付に向かった。
「無事だったんですね! よかったです」
「ありがとう。そこそこ稼げたよ」
樹はリュックから暴れウサギ10匹と、ゴブリンの右耳と魔石を17個ずつ出した。
「初めてにしては凄く倒しましたね~。けっこう強いんですね」
レベルはあくまで身体能力や魔力が強くなるだけなので、戦闘技術までは分からない。
細身だが体格はいいので、格闘技でもやっているんだろうと、受付嬢は考えていた。
「暴れウサギは血抜きしてないんですね。少し価値が下がっちゃいますよ?」
「血抜きが必要だとは思わなかったよ」
「そうですよね。普通は知らなくても当然です。猟師さんとかならともかく」
それどころか樹は、都会生まれの都会育ちなので、自然にはあまり触れてこなかった。今は汚れているので少しナーバスになっているくらいだ。
「えっと……全部で3600オーロですね。税金を徴収すると」
魔法計算機を叩きながら、報酬を提示する。
「数日分の生活費にしかならないな。もっと稼がないとな」
「そうですけど、新人冒険者としては、ソロなら充分に稼いでいますよ。武器や防具も必要ないみたいですし」
危ないことをするのでは? と考えた受付嬢は、樹の考えを訂正するように、あれこれ言った。
「他の冒険者はそんなにカツカツなんだな。教えてくれてありがとう。オレが稼ぐようになったらデートでもどうかな?」
「もう! 命を懸けて稼いだお金なんですから、無駄遣いしちゃダメですよ」
「オレにしては美少女とのデートは、命を懸ける価値があるんだがな」
受付嬢は顔を真っ赤にしてうつむいた。
『息をするように口説きますね。さすがナンパ男の中のナンパ男』
嫌な男の中の男である。
「とにかく! ちゃんと貯めないとダメです」
「わかったわかった。忠告感謝するよ」
樹は帰る前に依頼を確認することにした。やはり依頼料が高いのは、冒険者ランクの高い依頼しかない。
樹の冒険者ランクでは、ゴブリンやオークの巣を狙うくらいしか、大きく稼ぐことはできないだろう。
樹以外の低ランク冒険者だったら、魔物の巣を狙うなど無謀でしかなく、低ランク冒険者の生活がカツカツになるのも仕方ない。
翌日も冒険者ギルドに顔を出した樹は、受付嬢にゴブリンの巣を知らないか聞いてみた。
「ゴブリンの巣の場所は、他の冒険者からの報告でいくつか知っていますが、せめてランクDくらいないと、危ないですよ」
どのみちランクDでも、ソロでは危険があるだろう。しかし樹は不死身なので、ゴブリンの巣なら問題なく潰せる。
「雑魚はすっこんでな。俺たちが行くからよ」
ガラの悪そうな冒険者たちが声を掛けてくる。
「それで、巣はどこに?」
『樹はポンコツ冒険者を無視した』
ナレーションの言葉にカッとなった冒険者が、樹に猛抗議をした。
「無視するんじゃねえ!」
「誰がポンコツだ!」
口喧嘩くらいでは冒険者ギルドも注意しない。
「喧嘩しないでください! 新人に絡むなんて恥ずかしいですよ!」
しかし受付嬢は正義感が強いのか、口を出してきた。
「ぐっ。女は黙ってろ!」
冒険者が怒鳴るが、受付嬢が言い返すより早く、樹が反論した。
「お前のほうが黙ってたらどうだ? オレは女の子の声を聞いているほうがいい。お前のダミ声は聞きたくないな」
冒険者のほうを見もせずに言い放ち、受付嬢の手を握って見つめている。
「て、てめえぇ……こうなったら先にゴブリンの巣を潰してやる!」
冒険者たちはギルドを大急ぎで出て行った。
「騒がしい奴らだな。可愛い女の子の前で落ち着かなくなったかな?」
「もう! 毎日からかわないでくださいよ~」
「オレは女の子を誉める時は本気だよ。それでゴブリンの巣はどこにあるんだ?」
受付嬢が赤くなって慌てている内に聞くあたり、なかなか抜け目がない。
「え、えっと……森に入って北のほうに4kmくらい行った場所に……あっ、言っちゃった!」
「教えてくれてありがとう。なんとしても稼いで、君をデートに誘おう」
「絶対に無理はしないでくださいね! 本当ならFランクの冒険者にできることじゃないんですから……」
心配そうに念を押す受付嬢に、樹は軽く笑顔を向けて、森へと向かった。
樹は訓練がてら銃を撃つ。揺れる葉っぱに向けて発射したが、当然当たらない。
「やっぱ1日使って練習をしないとダメかな」
『いざという時は馬鹿力があるじゃないですか』
「銃の命中精度が上がれば、ラクに戦えるだろ?」
そう言って銃を木の高い所に向ける。どうしても葉っぱに当てたいようだ。
弾切れを起こさない銃なので、何時間と練習ができる。
その音に寄ってきた魔物で、動き回る相手に命中させる訓練をした。
動く相手にも当たるようになった頃には、お昼を過ぎて夕方になりそうな時間だった。
『夢中になってましたね。冒険者たちに先を越されているのでは?』
「そうなったら別の巣に行けばいいさ。なるべく早く稼ぎたいが、焦るほどじゃない」
『樹より早く巣を潰すと出て行った冒険者が憐れですね』
狼を蹴飛ばして進む樹は、冒険者のことなど忘れていたようだ。
「そういえばいたな……そんなのが」
ゴブリンの巣はもう少しである。