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港町ティーシア

 樹が宿で、まったりしながら女性のことを考えている時、マリスハイト王国では王がベッドの上で激怒していた。


「まだ見つからんのか! うっ」


 怪我が治っていないので包帯姿だ。叫ぶと痛むのか、呻き声を上げる。


「申し訳ありません。自由に動かせる兵士が足りておらず。大半の兵士は、陛下と同じようにまだ怪我が治っておりません。少数では返り討ちになりますので」


 王が顔を背けている間の、宰相の目は冷たい。愚かな王を蔑んでいるのが透けて見える。

 命令されて、一応は兵士を探索に出したといったところだろう。


「怪我のわりに出血は少なく、誰1人として死んではおりませんが、次はどうなるか分かりませぬ」


「余に歯向かったのだぞ! あぐっ。許せるものか!」


 大声を出すと痛むというのに、懲りずに大声を出す。宰相の目はどんどん冷めていく。


「なぜ手を出してしまったのです。召喚された者は例外なく強い力を持っているというのに」


「100年間溜めた魔力を使って、呼び出されたのが道化では腹も立つだろう」


「しかし道化ではなく、不死身の回復力と強力な武器を操る男だったと……私も同席するべきでした」


 宰相は政務だったため、召喚の際には不在だったのだ。あの場にいれば多少は変わったかもしれないし、怪我人が1人増えただけかもしれない。


「とにかく、兵士が回復するまでは手が出せません。現在の人数では返り討ちにあうでしょうから、発見したとしても、兵士を集めるまではお待ちください。本当は手を出さないのが1番ですが」


「そうはいかぬ。余をコケにしたのだ。嘗められたままでは諸外国に笑い者にされる」


 一縷(いちる)の望みを掛けて進言したが、王には受け入れて貰えず、宰相は頭を痛めるのだった。



 翌日、樹は街道を歩いていた。背中には食料や水を担いでいる。

 テントや布団などは嵩張るため、樹は泣く泣く断念した。

 樹のレベルは7まで上がっていたが、それでも持てる量には限界がある。重さだと問題はなかったが。


「早く逃亡生活を終わらせたいぜ。女の子を口説いてもデートもできん」


 樹は現代人なので、歩きの旅は不満なようだ。かといって馬車が快適とは言えないが。


『隣の国に到着するまで、樹に時間の余裕はないのだ』


「だから嫌なナレーションすんなって……」


『煤けた背中に朝日を背負い、樹は希望に向かって歩き出した。具体的には1週間ほど』


 港町ティーシアまで、レベルの上がった樹でも1週間は掛かるのだ。


「オレの背中は煤けてないぞ。女の子がいないから寂しい背中かもしれんけど」


 ぶつくさと不満を言いながらも、歩く速度はかなりのものだ。常人の倍近いかもしれない。

 樹は夜になるまで歩き続けた。ギャグキャラは無限とも思えるほどの体力も持っている。


「歩きながら食べるならハンバーガーとか食いたいな」


『樹はもう戻れない昔を懐かしんだ』


「嫌な言い方すんな! まるで老衰するみたいだろうが! ハンバーガーくらい、こっちの世界でも作れるわ!」


 軟らかいパンもあるし、挽き肉くらいなら作れないこともないだろう。しかし樹は料理が得意ではなかった。


『どうやって作るんですか?』


「料理上手な恋人でも見つけるさ」


『他力本願ですね』


 ナレーションと口喧嘩するつもりはないのか、樹は黙り込んだ。

 夜になると野営をする。背負っていた荷物を降ろし、食料を出す。

 適当に鍋に放り込むと、いろんなスパイスを入れてみた。目分量でかなりいいかげんだ。


「…………」


『濃厚な味に、樹は黙って食事を楽しんだ』


「嫌味を言うな。スパイスを入れ過ぎて濃すぎるだけだ。楽しめるか、こんなもん!」


 しかし残すようなことはせず、全部食べた。死にそうな顔をしていたが。


「酷い目にあったぜ。オレに料理は向いてないな。これなら保存食のほうがマシだ」


『樹は知力が1上がった』


「そんなに簡単に能力が上がったらラクだな」


 腹ごしらえをした樹は、寝る準備をしてから、木に寄りかかって眠りについた。

 2時間ほど経った頃、眠りこける樹に近付く影があった。狼だ。

 10匹の狼が樹の周りをグルグル回り、血走った目を樹に向けて、牙を剥き出しにした口元からは、ヨダレがダラダラと流れていた。


 樹はまったく気付いてない。武術の達人ではあるまいし、寝ている時に気配察知などできないのだ。

 動かない樹に安心したのか、狼たちは一斉に襲い掛かる。


「いってぇぇぇぇぇ!」


 噛み付かれた樹が飛び起きる。と同時に腕を振り回して狼たちを殴りつけた。


「おちおち寝てられん! よくもやったな?」


 噛み付かれたことより、睡眠を邪魔されたことに怒っているようだ。

 傷はすぐに回復したから、気にならないのかもしれない。


 せっかくなので剣の練習をしようと思った樹は、兵士から奪った剣を抜いた。

 学生の頃、授業で剣道をしたくらいなので、あまりサマになっていないが、刃物を抜いた樹に警戒して、狼たちは距離を取った。


 運動神経は悪くなく、レベルも上がって身体能力も高くなっていたので、なかなか素早い動きで狼に突進した。

 剣を振るうが簡単に避けられる。素人のようにブンブン振り回し、避けられることを繰り返すが、体力はあるので攻撃が止まらず、狼も近付くことができない。


 そうこうする内に、狼の動きに馴れたのか、樹の攻撃が当たった。

 ギャグキャラの怪力により、狼は真っ二つにされるが、剣のほうも折れてしまった。


「力任せじゃ駄目か……ちゃんと剣術を習ったほうがいいかもな」


 言い終わる前に拳銃を出し、狼たちを至近距離から撃っていった。

 拳銃など撃ったことはなくても、この距離だと外さない。すぐに残りの狼を倒した。


『ノンキに寝てるからです』


「不死身なんだから大丈夫だって。痛いけど」


 痛みは怪我が治るまでの一瞬しか感じないようで、樹は楽観的だ。

 血の匂いで別の獣を呼んでしまうので、樹は別の場所に移動した。

 数km走って移動し、木の上で寝ることにしたらしい。寝にくそうだ。



 それからも樹は、なるべく村などに寄らず、食料や水が尽きたら村で買う。

 そしてすぐに走り出すということを繰り返し、6日で港町ティーシアに到着した。


「でかい船があるな。あれに乗りたい」


『大きな船以外は隣の国まで行きませんよ。漁船にでも乗るつもりですか?』


「船旅は時間が掛かるもんな~。物資も大量に必要だろうし」


 隣の国まで1週間ほどで着くとはいえ、大量の水や食料が必要だ。

 船員だけでも大勢乗っているし、客や荷物も乗せなければならない。大きな船でなければ不可能だろう。


「この街は石畳なんだな」


 交易で儲けているので、費用の掛かる石畳で道路を整備していた。

 魚料理が多くあるようで、樹は珍しく女の子より料理屋を見ている。ロクな物を食べていないのだから仕方ないことだ。


「あのウェイトレス可愛いな~。おっぱいも綺麗な形だ。服の上からでも分かる形の良さ」


 やっぱり樹は樹だった。食にも飢えていたが、可愛い女の子にも飢えていた。


『それより宿を取らなくていいんですか? この街は旅人が多くいると、村人が言っていましたが』


「そうだったな。とりあえず宿を選ぶか。可愛い子がいる宿で」


『欲望に正直すぎますね。資金と相談したほうがいいと思います』


 財布を開けて確認する樹。路銀が不安になったのか、浮かない表情だ。


「乗船賃がいくらか分からんしな。早急に冒険者ギルドで稼がないと」


 陸路だと安いが、追っ手が掛かる可能性が高くなり、船だと高いが追っ手がなく、なおかつマリスハイト王国から離れた街に着ける。

 だから樹はこの街で稼ぐことに決めたのだ。人口も3万人ほどいるので、見つかる可能性は低いだろう。


 特に指名手配もされておらず、樹の顔を知る者はベッドの上で治療している。

 インターネットや写真があるわけでもないので、まず見つからない。

 樹はそう計算して、この街でレベルと資金を稼ぐことにしていた。

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