冒険者ギルド
冒険者ギルドに入ると、仕事終わりに呑んでいた冒険者が樹たちに視線を向ける。別に絡んでくることもなく、すぐに視線を戻す。
「血の気の多い奴がいるかと思ってたけど、そうでもないんだな?」
「兄ちゃん、何言ってんだ? 冒険者ギルドの中だって治外法権じゃないんだぞ? 暴れたりすれば犯罪じゃないか」
「それもそうだな」
ラノベの見すぎか? と反省する樹。
冒険者ギルドも商売である以上は、依頼人が来る場所で暴れたりするはずがない。
「それじゃあ兄ちゃん。ありがとな。兄ちゃんがいなかったら依頼失敗だった。何かあれば声を掛けてくれ」
樹は冒険者たちと別れて、別の窓口に向かった。
受付は何人もいたが、そこは樹である。1番美人の所に迷わず行った。
「あの~、こちらが空いてますよ?」
「ありがとう。でもこちらに並ぶことにする。1番の好みだからな。お嬢さんはあとで口説くことにするよ」
隣の受付嬢も可愛らしいので、あとで口説くらしい。
『ほんとにスケベですね。時間もないのに』
「えっ! 透明人間!」
突然聞こえた声に、驚く受付嬢。樹はそちらに行き、口を押さえてから説明する。
「この声に関しては気にしないでくれ。変なお告げみたいなものだから」
「む~む~」
頷く受付嬢。樹は手を放した。
「ナレーションが煩いんで、君に頼もうか」
「むっ! いいんですか? 私は1番じゃないんですよね?」
「構わない。君も好みだ」
清々しいまでのナンパ男である。
「何ですか、それ? まあいいですけど。それじゃあ登録するんで、説明しますね?」
登録する前に規約の説明がある。入ってからでは遅いので当たり前だが。
「まず、基本的にその国の法律を知っていれば困りません。犯罪になるようなことをしなければいいだけですから。この国だと喧嘩するくらいなら一晩留置場ですけど、ギルドは喧嘩も禁止されてます。場合によっては登録抹消になります」
それだけ厳しければ、冒険者たちが喧嘩を仕掛けてこないのも頷ける。
樹も少し期待していたが、そのほうがいいと思い直した。
「冒険者ギルドの評判が落ちるようなことは罰があると思っていただければ、問題ありません」
「わかった。客商売だと肝に命じておく」
「はい。それとギルドはランクがあって、レベルをお聞きすることになりますから、嫌なら登録はやめてくださいね」
冒険者ギルドは0~10までがFランク、11~20までがEランクと、10ごとにランクが上がる。
といっても貢献度がなければランクは上がらないが。
SSSランクまであるが、そこまでのレベルの人間はいない。念のために作られたランクだ。
「オレのレベルは7だな。ほら」
「はい、確認しました。Fランクなのは皆さん一緒ですけど、依頼をいくつか成功して、レベルを4上げればEランクです。それとレベルはあまり口にしないほうがいいですよ?」
「他人にバレてもオレは問題ないよ」
道中の魔物退治で、樹のレベルは7まで上がっていた。格上を倒しても、それほど上がらない。レベルを上げるのは大変なのだ。
「それじゃあ登録するので、この用紙に記入してください。個人情報は大事に保管しますので」
金庫に入れて管理している。この世界に個人情報を気にする冒険者は少ないだろうが、召喚者の影響だった。
「そこまで気にしないけど、個人情報が守られるのはいいと思うよ」
「そうですね。昔召喚された英雄が提案したことだそうです。レベルなどがバレると盗賊に狙われたりするかもしれませんから、気を付けてくたさい」
「わかったよ。オレも無駄な戦闘は好きじゃないからな」
樹の返事に、嬉しそうな顔をする。
冒険者は自信家が多く、あまり忠告を聞いてくれないのだ。
「ところでオレも召喚者なんだ。将来英雄になる予定のオレと、デートしないか?」
端整な顔をだらしなくして、ナンパを始めた。
「また~。そんな嘘に引っ掛かりませんよ! 休みの日じゃないから無理です」
「そうか……それは残念。休みの日に誘うことにするよ」
「暇だったらいいですよ」
何だかんだで顔のいい男は得である。だらしない表情でも愛嬌があるのだから。
「それより早く記入してくださいね? そろそろ薬草採りとかしてる冒険者さんたちが帰ってきて、混雑しますから」
「すまない。君の笑顔が素敵で見とれていたよ」
「ほんとかなぁ? 隣に並んでたのに」
その言葉は聞かなかったことにして、用紙に記入した。
名前や得意なこと、出身や住所などだ。住所がない冒険者は多いので、記入しなくていい項目も多いが。
「これでいいかい?」
「………………はい。大丈夫です。冒険者ギルドにようこそ!」
召喚の影響か、こちらの文字も書けるので、問題なく登録が完了した。
樹は受付嬢にお勧めの宿を聞いて、そこに泊まることを決めた。
「いつでも宿に遊びに来てくれ。といっても明日には出発するんだが」
「なんですか、それ? さっきデートに誘ってくれたのに」
「悪い悪い。口説くのはオレの礼儀みたいなものだから、勘弁してくれ」
『急いでいることは忘れてなかったんですね』
ナレーションと言い争いをしながら、冒険者ギルドをあとにした。
樹が出ていったあと、冒険者ギルドを静寂が包んでいた。
「あれは神の声かなんかか?」
「それにしては男のほうが気安いぞ?」
「お告げを聞く神官には見えないけどな」
冒険者たちの噂話を聞きながら、受付嬢はこう思っていた。あの人はナンパ男ですと。
樹が夕焼けを見ながら歩いていると、ナレーションが話掛けた。
『明日出発するなら、ギルドへの登録は目的地で行えばいいのでは?』
「今日出発すると夜になっても村に着かないだろうしな。なら泊まるんだから、時間の無駄はしたくないだろ?」
時間の有効活用のためらしい。さっきまでデレデレしていた癖に冷静だ。
「おおおっ! 可愛い子発見だ! 口説かなければ!」
『それを時間の無駄と言うのでは?』
「女の子のために使う時間に無駄はないのさ」
妙にカッコいい表情と声で言い切った。
「お嬢さん。こんな時間に1人で歩いて危ないですよ。オレが送っていこう。そして10年後にデートしよう」
『ほんとに危ないですよ。こういう男もいますし』
テンションの高い男と、どこからか聞こえてくる声に、5歳くらいの美幼女はポカーンとした。
「お兄ちゃんたちはだれ? お友だちになってくれるの?」
「そうだよ。今はお友だちだ。危ないから送っていくよ。家はどこだい?」
見た目は好青年なので、何の疑いも持たれなかった。しかし本当に送っていっただけだった。子供を心配してのことだ。
『口は軽いのに、意外に真面目ですね』
「さすがにあんな小さい子を口説いたりしないって」
宿に到着した樹は部屋を取り、食事にした。
宿代は小銀貨3枚、300オーロだ。日本円にして3000円ほどだろう。食事代は含まれていなかった。
食事は旅の途中で食べていた物とは比べ物にならず、樹は美味しそうに食べている。
銅貨7枚、70オーロで定食みたいな物が食べられるのだから、充分だろう。
これも召喚者の影響で、醤油などの日本人に嬉しい味になっていた。
部屋に戻ると、ベッドとクローゼットしかない部屋で、樹は考え事をする。これからのことを考えているようで、その表情は真剣だ。
『樹は思った。あのエルフ美人だったな~と』
違ったらしい。街に来た着いた時に見たエルフの女性を思い出していた。
「ドワーフの女の子も小さいけど可愛いな」
『そこまでいくと立派ですね』
ナレーションの嫌味を無視して、樹は寝る支度を始めた。