村で情報収集
マリスハイト王国の王都を抜け出した樹は、夜営していた行商人に、馬車に乗せて貰うことになった。
護衛をすることを条件に提示されたので、すぐに飛び付いたのだった。
交代で見張りをし、朝になってから御者台に乗せて貰っている。
これは護衛料を取っているわけではないので、普通の護衛と違う扱いだからだ。普通の護衛は歩きながら警戒している。
「なるほど、冒険者ギルドで仕事を貰えるんですね? 街に行ったら登録してみましょう」
樹は田舎の村から出てきたばかりで、仕事を探していると説明していた。
追っ手に見つからないように、森の木々に隠れながら道に沿って移動していたので、行商人は樹が森を抜ける実力があると思っていた。
村から出てきたばかりという発言も、街の方向から出てきたわけではないので、信じている。
実際は道が見える所を歩いていただけなのだが、樹は不死身なので森を抜ける力はあるだろう。
「それにしても、イツキさんは……失礼ながら村人にしては丁寧な言葉遣いですね?」
その言葉を聞いて、街の人間に比べて村人は学がないのを知る。そこで樹は言い訳をした。
「祖父が昔、街に住んでいたので、躾が厳しかったのです」
「そうでしたか。どうりで知的な印象を受けるはずです」
樹はニコニコ笑顔を見せながらも、内心では失敗したと思っていた。
もう無知な振りをして、いろいろ聞けなくなってしまったからだ。
道中の村に行った際は、もう少し乱暴な言葉遣いをしようと決心した。
世間話を装おいながら、できる限りの情報を手に入れている。
経済の難しい話をしながら、物価などを聞くことができ、樹は満足した。
できれば貨幣価値を知りたかったが、貨幣の種類を少し知れただけで、何枚で上の貨幣になるのかは分からなかった。
物価を聞いた時に、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨があることを知った。
その上にも王金貨、神金貨があるのだが、この行商人では扱わない貨幣なようで、樹が知ることはなかった。
樹は兵士から奪っていたが、金貨はなく銀貨までだったので、一般庶民では銀貨までしか使わないと判断していた。
実際は大きな買い物、家具などを買う時には小金貨を使うこともあるのだが、普段は持ち歩く物ではない。大抵は預かり所に預けている。
預かり所とは、魔道具を利用して個人認証しているので、預かり所のある場所なら引き出せる。
通帳もあるので、通帳と本人が揃わないと引き出せないため、庶民から資産家まで重宝されていた。
預かった金を利用して商売をしているので、冒険者ギルドなどから魔物の素材などを買い取って利益を上げている。
行商人も利用をしているので、樹にも勧めてくれた。
樹も銀行を使い馴れた現代人なので、利用することを告げると、村人にしては珍しいと言われた。
「村人は仕組みが理解できないのか、躊躇する方が多いのですが、イツキさんは珍しいですな」
また失敗したと思ったが、行商人に不信そうな様子もないので、祖父が利用していたと誤魔化した。
しばらく進むと村があり、行商人は商売に向かった。
樹も村のパン屋に向かい、パンを買ってみた。固いパンで小銅貨3~5枚、普通のパンで銅貨1枚だった。
お金の単位はオーロ。つまり安いパンは3オーロから5オーロで買える。
「釣りから察するに、10枚で上の貨幣になるみたいだな」
『樹は一人言を呟いた。変な顔をしている村人がいる。実に恥ずかしいことである』
ナレーションの言う通り、ちょうどドアから出てきた村人が、樹を見て笑っていた。
「ナレーション……うるさいぞ」
ちょっと赤くなっていたが、気を取り直したのか、別の買い物をして回った。
その結果、1オーロ10円くらいの価値だろうということが分かり、樹は自分がそこそこの大金を持っていることに気付いた。
銀貨までしか持っていなかったが、合わせて100万円以上は持っていることになる。
この世界の生活費は、日本の半分くらいで済むようなので、慎ましく生活すれば1年近く暮らせるだろう。
『樹は早く街に行って、預かり所に預けたいと思っていた』
「心を読むんじゃない……油断も隙もないな」
樹は余計なことを言うなと告げ、村人の生活を眺めていくことにした。
畑仕事に従事するのは男性が多い。女性や子供は水汲みをしたり、機織りをしたりしている。店員も女性がしていた。
『樹は、この女の子胸が大きいと興奮した』
「その通りだけど、心を読むな!」
「スケベ!」
口説いていた店員の女の子に、ペシペシと叩かれてナンパは失敗した。
「まったく……ナレーションのせいだぞ?」
『と言いつつ、樹は次の女の子を口説こうとしていた。懲りない男である』
それからもナレーションに邪魔されて、ナンパは失敗していた。
樹のスケベ心を知りながらも、ナンパに成功した女の子はいたが、樹に時間がなくて話だけだった。この男は追われているのを忘れていなかったのだ。
だらしない顔で女の子と話していたが、急に精悍な顔で別れを告げるのだ。
女の子のほうは、そのギャップに驚いて、樹の顔に見とれていた。
「また会おう。残念だけどオレは君と一緒になれない運命のようだ」
一緒になる気はない癖に、息をするように口説き文句が出る。
「せっかく楽しいお話ができたのに……」
「すまない。オレは悪党に追われるかもしれなくてね。君を巻き込むことはできない」
純情そうな村娘は、去っていく樹の背中を黙って見つめていた。
行商人と合流した樹は、街道を走っていた。
座ってばかりいるのに飽きたことと、自分を鍛えるためだ。
人間を倒してもレベルは上がらないので、樹はまだレベル0だった。
魔物に襲われて、危険があることを知ったので、樹は体力作りに馬車を降りて周りを走ることにしたのだ。
「おい兄ちゃん。チョロチョロ走り回って鬱陶しいぞ!」
「悪い悪い。暇だから訓練していたんだ」
強面の護衛に謝りながらも、樹は訓練を止めない。
そんな時、草原から炎が飛んできた。行商人に当たりそうなところを、周りを走り回っていた樹が庇った。
「イツキさん!」
自分を庇った樹の炎を消そうと、行商人がマントを樹に被せる。
「チッ! ヘルハウンドがこんな所に! 兄ちゃん大丈夫か! グレンダ! 治療してやれ!」
「わかったわ!」
治癒魔法使いの女性が駆け寄る前に、樹は立ち上がった。
「何してくれてんだ!」
樹はロケットランチャーをぶっ放し、ヘルハウンドを木っ端微塵にした。
「お前が何してくれてんだ! 俺たちまで吹っ飛ばされたぞ!」
爆発の衝撃で転んでいた護衛の冒険者が、樹に文句を言った。
「それに何でケロッとしてるんだよ! 普通は重症だろ!」
「オレは不死身だ。あの程度で怪我したりはしないさ」
実際には大怪我をして痛みも感じていたが、すぐに治っただけである。
「服も燃えてないなんて……なんて魔法防御力」
治癒魔法使いも驚いた顔で樹を見ていた。
「イツキさん。庇っていただいてありがとうございました。凄い魔道具を持っているんですね」
ロケットランチャーは魔道具だと思われた。
「俺からも礼を言わせてくれ。依頼人が死ぬところだった。兄ちゃんが無事なのが納得いかないくらいだ」
「ほっとけ。とにかく気にしないでください。護衛が交換条件でしたからね」
口約束なので、身を呈して庇う必要はないのだが、樹は義理堅かった。
「それでは申し訳ない。改めて依頼料を払うので、街までよろしくお願いします」
樹は元から守るつもりでいたので、依頼料が貰えると聞いて喜んだ。旅の資金はいくらあっても困らない。