オーガロード
背中にマシンガンを受けたオーガロードだが、表面が傷付いただけで、たいしたダメージにはなっていない。
しかし、自分に傷を付けた憎き相手である樹を無視できず、牙を剥き出しにして向かってきた。
「グオオオオオオォォォォ!」
猛然と向かってくるオーガロードに、周りを取り囲んでいた兵士は恐怖で顔を引きつらせた。
樹が前に出ながらマシンガンを撃つ。表皮で弾かれてしまうが、多少の傷は負わせていた。
「本当に硬いな……よっと」
豪腕が振るわれ、樹の髪を揺らす。
樹も怪力でカウンターをくらわせると、オーガロードは少しだけよろめいた。
「オレのパワーでもダメージがないな」
『さすがに今の樹のレベルでは……』
樹のパワーはレベル以上に凄いが、怪力が発揮されるのは今ではなかった。
「あれは誰だ?! オーガロードと殴り合ってるぞ!」
「知らん! 冒険者だと思うが、この街に高ランク冒険者なんかいたか?」
兵士たちは、自分たちが狙われなくなったので、樹のことを見物する余裕ができていた。
冒険者ギルドではそこそこの人間が知っているが、兵士たちや国は高ランクの冒険者しか把握していない。
「凄いぞ! オーガロードに殴られても殴り返している! なんてタフな奴だ!」
樹とオーガロードの殴り合いの凄まじさに、誰も近寄れない。
樹が避けたオーガの拳は、道路や建物などを破壊して、破片を撒き散らしていた。
「硬すぎる。狙う場所は1つしかないな」
樹は距離を取り、マグナムを構えた。
自分の攻撃を躱されて怒り狂っていたオーガロードは、剥き出しの牙からヨダレを垂らしながら、樹を食い殺そうと走る。
オーガロードが道路を踏み締めるたび、道が陥没して足場が悪くなる。
腕を振り回すと建物が壊れ、破片が兵士たちに降り注いだ。
「ひっ」
「ドギー! 死ぬな!」
兵士たちが怯えて距離を取る中、樹だけは微動だにせず、マグナムをオーガの顔に向けて構えている。
暴れ狂いながら樹に向かうオーガに、樹は冷静に発砲した。
狙いは正確で、オーガロードの片目が潰れた。うずくまるオーガロードに続けて発砲するが、腕で防がれる。
「魔法か?! 目を潰したぞ!」
樹は発砲を繰り返すが、表皮に阻まれて大したダメージは与えられない。
「バズーカとか使いたいが、場所が悪いな」
樹は埒が明かないとばかりに、突撃をしながら撃ちまくる。
顔をガードしているオーガロードに、樹は飛び蹴りをくらわす。
よろけてガードが崩れたオーガロードに、樹はマグナムを撃つが、意外な反射神経をもって防ぐ。
「チッ。デカイくせに反応がいい」
そう言いながらも、樹は攻撃を繰り返す。
樹とオーガロードの戦闘に、兵士たちも援護しようと攻撃したが、皮膚で止まってダメージを与えられないばかりか、腕の一振りで数人まとめて殺されてしまった。
凄まじい豪腕は、兵士たちの上半身を吹き飛ばして、真っ二つにしてしまう。
「俺たちじゃ敵わない。無駄死にだ……」
兵士の1人が呟くと恐怖が伝わり、再び樹とオーガロードの一騎討ちとなった。
「おい! 住民の避難は終わったぞ! 冒険者ギルドも加勢する!」
住民の避難を誘導していた冒険者が、戦場に駆け付ける。
しかし、オーガロードと互角に殴り合っている男が目に入り、戸惑ったように動きを止めた。
「あいつは誰だ?! オーガロードと殴り合える人間がいるなんて! SSランク冒険者か?」
「SSランク冒険者が街にいるなんて聞いたことないぞ。噂にならないのはおかしい」
オーガロード自体はAランク冒険者パーティーが複数いれば倒せるが、単独、さらには素手で殴り合うとなると、SSランクの冒険者くらいでないと不可能である。
「グオオオオオオ!」
樹の拳が腹に当たり、苦痛の声を上げる。
チャンスとばかりに連打する樹だが、オーガロードも黙っていない。樹を振り払うように吹き飛ばした。
建物を突き破り、樹の体が飛ばされた。崩れ落ちた建物の破片が、もうもうと粉塵を上げた。
「やられちまった! 俺たちで抑えるぞ!」
樹がやられてすぐに、冒険者たちがオーガロードに向かっていく。
「痛えなこの野郎!」
粉塵から樹が飛び出し、オーガロードの顔面を殴り付けた。オーガロードが吹き飛ばされる。怒ると非常識な怪力を発揮するのだ。
「うおっ! 危ねえ!」
飛んできたオーガロードの体を避ける。
冒険者は樹のほうを見て呟いた。
「オーガロードは1トン近くあるんだぞ……どんな腕力してやがる」
「それより致命傷だったはずだぞ。なんであんなに元気なんだ?」
吹き飛んだオーガロードに怒りの追撃をくらわしている樹を見て、冒険者たちは引きつった顔をしている。
「ぜぇぜぇぜぇ。こんだけ殴ればダメージもあるだろ」
肩を上下させ、激しく呼吸をする。
しかし樹が呼吸を整えるより早く、オーガロードが立ち上がった。
オーガロードもボコボコに殴られたのは初めてだった。そして怯えていた。こいつはなんで自分と殴り合えるのだと。
どれだけ殴っても立ち上がって反撃してくる樹に、オーガロードは恐怖を感じたのだ。
「グルルルッ」
オーガが樹から距離を取ろうとするが、樹も離れたぶんだけ近付く。
オーガロードは周りをキョロキョロ見回して、すでに泣きそうだ。
「オーガロードがビビってるぞ! かなり痛かったんだな」
「そりゃあな。あんだけ顔が歪んでりゃあ、痛いに決まってる」
「オーガロードなんて初めて見たけど、怯えててちょっと可愛いな」
「バカ! 小さな街なら滅びる魔物だぞ!」
「だってよう。あんなにプルプル震えて、涙目だぜ? 女の子だったら抱き締めてるところだ」
冒険者や兵士たちの悲壮な雰囲気は消えていた。駆け付けた時は人生の終わりみたいな顔をしていたが。
樹は呼吸が落ち着いたので、再び攻撃をしようと走り出した。
オーガロードは両手を突き出し、頭を左右に振っている。まるで待ってくれと言っているようだった。
当然のごとく、樹は無視する。
ブンブン顔を振っているオーガロードの腹に、樹の拳が突き刺さった。
くの字に折れ曲がり、オーガロードが空中に浮かび上がる。涙が散ってキラキラした。
空中に浮かんだままのオーガロードを、樹は殴りまくる。樹もそうとう痛かったのか、完全に頭にきていたようだ。
樹を怒らせるとギャグパワーが発揮されるので、かなり気の毒なことになっている。
オーガロードはパニックになっていた。
生まれて初めて感じる痛みと、怖い顔で自分をタコ殴りにする人間に、オーガロードの恐怖は頂点に達したのだ。
パニックになったオーガロードは、樹の攻撃が収まると、目を血走らせて樹を掴む。
両手で樹を挟み、自分を恐怖のどん底に叩き落とした生物を排除しようと力を込めた。
しかし、どれだけ力を入れても、目の前の生物を砕けない。オーガロードにとっては理不尽なことだった。
「タフさだけは誉めてやるぜ」
オーガロードの耳に静かな声が聞こえた。穏やかな声であったが、オーガロードは恐怖を感じて固まった。
樹は2丁のマグナムを構えると、オーガロードの片目と口に当てた。
「だけど迂闊だったな。無防備に近付くなんて」
また自分の目を潰した攻撃が来る。オーガロードは理解していたが、両手が塞がっていた。
恐怖で動けずにいるオーガロードに、樹は引き金を引いた。
銃口から飛び出した弾は、目と口を突き破り脳を破壊する。
力なく、だらんとした両手から樹が地面に降りると、オーガロードの体はゆっくりと倒れていった。
樹はそれをすり抜けるように移動し、背中にオーガロードが倒れるのを感じた。
「……お前も必死だったと思うが、オレも負けるわけにはいかないんだ。不運だと思って諦めてくれ」
樹の勝利に歓声が上がった。