危機
樹たちは毎日のように魔物退治に出掛けて、ティナたち4人の修行をしていた。
順調にレベルが上がっていき、樹の助けなしに魔物と戦えるようになってきた。
それでも6匹以上が相手だと、かすり傷くらいは付いてしまう。
「ちゃんと治療しないとね。肌に傷が残ったら困るでしょう?」
ティナがアイラの腕の傷に塗り薬を塗り込みながら、沁みて嫌がるアイラを宥める。
「痛いから塗り薬は嫌。舐めれば治る」
「動物じゃないんだから」
「アイラは子供だね~。私は傷薬もへっちゃらだもんね」
と言いつつ、エイダも痛そうに顔をしかめているので、説得力がなかった。
「ポーションは高くて買えないもんな。我慢して塗られるしかないぞ。ダンナが警戒してくれてるんだから、早く治療しないとな」
1番傷が多いアビーに言われては、年少組も我慢するしかない。痛がりながらも、治療が終わった。
「男の冒険者だったら、傷は勲章になるけどな。女の子にとっては嫌なものだからな。いざという時はケチらずポーションを買うんだぞ」
治療のために肌を少し露出した4人を、嬉しそうに見ていた樹は、すぐにキリッとした表情に戻る。
「あはは。イツキさん、可愛い」
女の子たちにはバレていたが、樹の表情はとても純粋で嬉しそうだったので、嫌悪感はなかった。
むしろ自分たちに興味を示しているので、彼女たちは安心したほどだ。
あまり得意ではないものの、下着姿を見せるなどのアピールをしたのに、樹は手を出すようなことはなかった。
だから彼女たちは、樹の好みではないのかと心配していたのだった。
「大人の男に向かって可愛いはないだろう? 男はみんな女の子の肌に弱いんだよ。そこに年齢は関係ないからな」
「エッチなことに関しては、男性はみんな子供っぽくなるんですか?」
「かもな。男同士でエロ話は、すごくバカっぽいと思うぞ」
ティナは参考にしようと、いろいろ聞いた。
樹も照れたりするタイプではないので、ベラベラと話す。
「男の人って普段そんなことを考えてるんだ……」
「イツキさん、スケベ?」
エイダとアイラの年少組による純粋な瞳に、樹は居心地が悪そうだ。
「オレだけじゃないさ。爽やかで気取ってる男も考えてるよ。中身まで爽やかな男なんているとは思えんよ」
樹の言い分は暴論かもしれないが、マトモな生物である以上、性欲がないほうがおかしいので、間違いではないだろう。
「じゃあ普段からエッチなダンナなら、騙されなくて安心だ」
「そうそう。オレはある意味正直で安心な男だ」
そう言ってお尻を撫でる樹に、仕方ないなぁという顔で応える4人は、ダメ男に引っ掛かりそうで心配である。
キャンプなどをしながら、食料が尽きるまで魔物を倒して、街まで戻る。
大量の魔石を手に入れて、なおかつレベルも上がった4人は、大喜びでいた。
「あたいたちがこんなに魔物を倒せるなんて」
「イツキさんのおかげですね。適正な数まで減らしてくれたから、みんな大きな怪我もなく戦えました」
これで無理をしなければ、4人は充分に生活できるだけの収入を得られるだろう。足取りは軽かった。
「でも全部の魔石は回収できなかった」
「それは仕方ないわ。魔法の袋は高くてまだ買えないのだから」
アイラは残念がるが、ティナは充分稼げたので満足していた。
そもそも樹のおかげで、安全に戦闘経験を積めたうえに、レベルも上がったのだ。
1度に数十の魔物に襲われない限り、安定して魔物が狩れる。薬草採取をメインにしていた頃より、収入は激増する。
そんな状況なので、魔石を全て回収できなくても気にならなかった。
「私たちが持てる分だけでも、野宿の心配がなくなるんだからいいよ。アイラは欲張りだね!」
機嫌よく跳ねるように歩いている。エイダは宿に泊まれるだけで幸せだった。
何しろ宿に泊まれないこともあったので、小さなことでも幸せに感じるようだ。
「武器と防具が壊れた時のために、貯めておきたいだけ。欲張りじゃない」
反論するが、稼ぎが多いのでご機嫌だった。顔がニヨニヨしている。
お互いに突つき合い、じゃれ合っていた2人がティナに叱られる頃には、街の外壁が見えていた。
「やっと街が見えてきたよ!」
「お腹空いた」
年少組は街が見えて元気になる。
「でも様子がおかしいわ」
「外壁が壊れてるように見えるぞ?」
年長組は街の異変を感じ取り、アイラとエイダを止めた。
遠目で分かりにくいが、外壁が破壊されているのが、かろうじて分かる。
この距離からでは見えないが、死体がいくつも転がっていて、街に何かあったのは明白だ。
「4人は離れてたほうがいいかもな。オレだけ街に戻ってみよう」
「この場所に置いてかれるほうが怖いよ~」
「そうですね。魔物の暴走でもあったら、この場所も危ないですし」
「でも魔物の声は近くにない」
「あたいはダンナに賛成だけど、街も気になる」
樹もティナたちも新人で経験がない。だからどこが安全かなど分かるはずもないのだ。
ティナたちは魔物の暴走を警戒しているが、樹は魔物が数百~数千の数で暴れることがあるなど知らないのだ。
「もう少し街に近付いてみるか。危なそうならティナたちは逃げろよ?」
4人は神妙に頷いて、樹のあとを恐る恐る付いていった。
街に近付いてみると、5人の耳に悲鳴や破壊の音が聞こえてきた。
「いっぱいの魔物が暴れてる音じゃない」
耳のいいアイラが真っ先に気付く。
「魔物の数は少ないのか?」
樹が声を潜めて聞く。魔物の声が聞き取りにくくならないための配慮だ。
「たぶん1匹。咆哮が少し聞こえる」
街から数十m離れているし、魔物が暴れている場所から100m以上ある。それでも聞こえるあたり、魔物の咆哮が大きいのもあるが、アイラ以外には聞こえてないので、アイラの耳がかなり優れている証拠だ。
「1匹なら一緒にいたほうが安全かもしれません」
「ティナ、そうは言うが、外壁を壊すような魔物がいることは間違いない。オレだって街中では思い切った攻撃はできないんだ。破壊力の低い攻撃を繰り返すしかない以上、倒すのには時間が掛かるだろう。守り切れるか分からんぜ」
樹は離れているように説得する。
「ダンナの言う通りにしよう。あたいたちは邪魔になる」
「そうね。残念だけどイツキさんの手助けはできそうにないわ。離れた位置で待ってましょう」
ティナは樹の役に立てないことが悔しいが、邪魔をするのはもっと嫌なので、おとなしく樹の言うことに従った。
「イツキさん、気を付けてね?」
「ああ。エイダもいい子にしてるんだぞ」
「子供あつかいはやだ!」
そう言いながらも、撫でられるのは嬉しいので、エイダの顔は笑顔だった。
「咆哮からしてオーガ系の魔物だと思う。硬いし強いから気を付けて」
アイラの忠告を受けて、樹は街に入っていった。道に転がっている死体や、破壊された建物が樹を導いてくれる。
子供の死体はないので樹も落ち着いているが、あったら容赦なく爆撃をしていただろう。冷静に戦えるのは街にとってもよかったに違いない。
叫び声と魔物の咆哮が近くなる。樹はマシンガンを呼び出して、戦いに備えた。
樹が現場に到着すると、兵士や冒険者たちがオーガロードを必死に押し止めていた。
オーガロードは体長5mほどのオーガで、普通のオーガよりも大きい。
肉体も鋼のように硬いので、マシンガンでもかすり傷しか付けられないだろう。
「あれがオーガか? 人間が紙切れのように引きちぎられてるな……化け物じゃないか」
『オーガロードですね。樹の武器でも倒せるか分かりません。樹は最大のピンチに出会った』
「嫌なナレーションするな! 最悪街を壊しても倒すさ」
樹はオーガロードの背中に向けて、マシンガンを撃ち始めた。