食事と新人冒険者の事情
「宿はどこに泊まってるんですか? 改めてお礼がしたいので」
ティナが上品に笑う。
「決まった宿はないな。空いてる所に泊まってるだけだ」
「それなら私たちと同じ宿はどうですか? 少しイツキさんにはランクの低い宿ですが」
盾役のアビー以外は、冒険者になって半年程度なので、まだあまり稼げないのだ。
「美人たちが泊まっている宿なら、男にとっては最高ランクの宿さ」
樹が調子を取り戻してきたようだ。さっそく口説き文句を口にした。無理に元気を出しているだけかもしれないが。
「そ、そんなこと……本当に安い宿なんです」
「テレる……」
「あたいも美人に入ってるかな?」
「アビーさん、お世辞って知ってる?」
樹の言葉は満更でもないようで、4人は赤くなっていた。
樹に異存はなかったので、ティナたちの泊まっている宿に移動する。
「……確かに安いな」
看板に書かれている宿泊費は、150オーロ、日本円にして1500円だった。
「食事も出ないですし、部屋もベッドが1つあるだけなんです」
「まあ、この値段だしな」
樹は漫画喫茶よりはマシだと考えることにした。
一行は宿を取ると、全員疲れていたので仮眠を取ることになった。
夕方を少し過ぎた頃、再び集まり、食事に行くことが決まった。
「どこに行きたいんだ?」
「あたいたちが行ける店なんて決まってるよ。安い店以外は無理だし」
あまり稼げていないのは、宿を見た時から気付いていたので、樹は自分が払うつもりだった。
「オレが払うから行きたい店でいいぞ」
「そういうわけにも……助けて貰って食事代も払って貰っては、情けなさすぎます」
リーダーのティナはしっかり者なので、さすがに遠慮している。
「たまには美味しいご飯が食べたかったな~」
1番年下のエイダは残念そうだが、リーダーの決定には従うようだ。
「ならオレのためということで、一緒に食事をしてくれ。美人がいないと味気ない」
「やっぱりあたいって美人なのか?」
「だからアビーさん。気を遣われてるんだよ」
気を遣っているのは確かだが、樹が美人と一緒に食事をしたいのも確かである。
「まあ気にするな。女性に払わせるとオレが恥ずかしいんだと思ってくれ」
樹は見栄を張るような性格ではないが、無類の女好きなので、女性ためにはいろいろしたくなるのだ。
「恩人に恥を掻かせるわけにはいかない」
あまり喋らないアイラが、珍しく主張する。
「そうそう。安い店に連れてくのも恥ずかしいから、行きたい店でいいぞ」
「本当にいいんですか?」
「ああ。ティナたちのような愛らしい女性がいると、人生に潤いが出る。金は贅沢のために稼ぐものだ。オレにとっての贅沢は、美しい女性と過ごすことにあるのさ」
誉められていい気分になっている間に、目に入ったドレスコードのない、オシャレな店に連れ込んでいた。
「こんな高そうなお店、私入ったことないよ~。大丈夫かな? アイラ」
「冒険者も利用してる。だから大丈夫。イツキさんは目ざとい」
アイラは店内を見回し、自分たちの服でも大丈夫なことを確認した。
樹は堂々と、ティナたちは恐る恐る席に着き、メニューを開いた。
「うわ~。どれも宿代より高いよ?」
エイダは早くもビビっている。
「あたいたちじゃ稼ぐの大変だ」
「そうね。こんな贅沢はできないわ」
アビーとティナも店員に聞こえないように、小声でソワソワし始めた。
アイラだけはメニューを見て、1番安い物を探していた。
ティナたちには注文できそうにないと感じた樹は、勝手にいろいろ頼む。この店は注文と同時に払うシステムだ。
ウェイトレスにチップも渡し、口説き文句を一言掛けるのも忘れない。
「イツキさん。頼みすぎですよ」
「余ったらオレが食べるから、好きなように食べてくれ」
遠慮するティナをあしらい、エイダの頭を撫でた。
「エイダも若いんだから遠慮するなよ。食べないと大きくならないぞ」
「それって身長? それともおっぱい?」
「両方だ。オレの目の保養のためにも、ぜひ育ってくれ」
赤くなるエイダを撫で続け、膝の上に乗せたりもする。
「旦那は若いほうが好きなのかい?」
「美人の女の子はみんな好きだが、子供は抱っこしたくなるな」
「……私子供なの?」
エイダが拗ねてしまったが、樹は別に子供扱いはしていない。年齢や性格に応じた可愛がり方をしているだけである。
その証拠に、エイダは嬉しそうにスリスリしている。子供っぽいので撫でられるのが嬉しいのだ。
全員に誉め言葉を掛けながら料理が来るのを待っていると、20分ほどで注文が揃った。
「遠慮するなって。食べなきゃ無駄になるだけだ」
なかなか手を付けないティナたちを見かねて、樹が取り分ける。
20歳と22歳のティナとアビーには、ワインも注いだ。この世界では15歳から飲酒が可能だが、樹が知るはずもない。
「こんなご飯初めて食べるよ。凄く美味しい」
樹に撫でられてなついたのか、エイダは遠慮がなくなった。真っ先に食事に手を付けた。
「私たちは家がそんなに裕福ではないので」
ティナが補足するように話す。
暗くなりそうな話を変えようとした樹に勧められて、他の3人も食べ始めた。
初めて食べる豪華な食事に、みんな無言で食べている。樹はそれを微笑ましそうに見つめて、なくなると取り分けた。
「……そうなんです。ぜんぜんお金が貯まらなくて」
食事も進み、酒も入って口が軽くなったのか、ティナがパーティーの事情を話しだした。
「最初は武器とか買うために、みんなで荷運びとかして体力作りを兼ねた仕事を」
「そうそう。あれはつらかった!」
大人組だけでなく、16歳と18歳の年少組もうんうん頷く。
「でも魔物を相手にしないと強くなれませんから、1匹でいる魔物を捜してチマチマと」
「よく逃げてた……」
斥候のアイラは1番苦労しただろう。
「レベルもランクも上がらないから、報酬の安い仕事しかできないですし、オークに囲まれて死ぬよりもつらい目に遭いそうになるし」
リーダーの苦悩を聞いて、樹は黙ってワインを注いでやった。
「ティナさんに負担掛けちゃってるね。私、もっと大人になろう!」
エイダが決意するが、愚痴に夢中のティナも酒に夢中のアビーも、食事に夢中のアイラも聞いていなかった。
「駆け出しってどこも大変だな」
樹はこっそりナレーションに話し掛ける。
『樹は得をしましたね』
「変なナレーションはいるけどな」
ナンパを何度が邪魔されているので、少し毒を吐いたが、樹はナレーションに感謝していた。
「薬草採取じゃ宿代を稼ぐのがやっとだし。魔物は怖いし、これからどうしましょう」
リーダーの悩みはとても深いようだ。
樹は新人冒険者に優しくしようと思っていた。
食事が終わると、酔っ払ったティナとアビーを抱えて帰る。
部屋に連れ込むようなことはせず、あれこれと世話を焼く。
「ティナたち、酔っ払って情けない」
「ダメだよアイラ。ティナさんたちは苦労が多いんだから」
樹の前だというのに、ティナたちの服を脱がして、寝間着に着替えさせる。
「オレがいることを忘れてないか?」
「忘れてない。助けて貰ったからサービス」
「他人のでサービスすんなよ」
しかし樹はありがたく見る。
「やっぱりむちむちはエロいな!」
「むっ。イツキさん。16歳のピチピチの肌はどうですか?」
子供っぽいのですぐに拗ねる。
「美少女もいいもんだ。むちむちは足りないけど」
4人の下着姿を楽しんだ樹は、それを肴にして、買ってきた酒を呑んだ。
「お金がないから、お礼代わりにお酌する」
「私も私も! 1回やってみたかったんだ!」
ワインは高いので、飲んだことがない2人も欲しがり、けっきょく全員が酔い潰れた。