被害者の身の振り方
「無事でしたか!」
走ってきた樹を見たティナたちが、喜びの声を上げる。
樹が到着する頃には、ティナたちは木の上から降りてきて、樹に抱き付いた。
「緊急事態でなければ喜ぶんだけどな。すまないが付いて来てくれ。事情は道すがら話す」
女の子たちに抱き付かれて、普段なら口説き文句が出てくるだろうが、そんな気分になれる事態ではなかった。
「女性たちが捕まってたんですか?」
「分かるか……」
「はい。私たちも女ですから、オークに囲まれた時に想像しました」
説明するまでもなく、考えにあったらしい。
「なら話は早い。オレが世話をするわけにもいかないから、世話を頼めるか? 報酬は倒したオークを何匹か好きにして構わない」
「報酬なんて貰えないです。恩返しにはならないでしょうけど、お世話くらいします」
了解が取れたので、すぐにオークの巣に戻っていった。あまり女性たちを放置できない。
オークの巣に戻ると、ティナたちは騒然とした。そして、この数のオークをあんなに短時間で倒した樹に、尊敬の目を向けた。
「凄い数。私たちも捕まってたら……」
アイラが青い顔をして呟いた。
「捕まっていた人に優しくしてあげましょう」
被害者がどれだけ悲惨な目に遭ったか、察するに余りある。
一行は急いで被害者の下へ向かった。木で作られた檻の中で震えている、被害者の女性たちは、新しく来たティナたちにも怯えた。
「すぐに街に連れて帰りますからね」
ティナは大きなお腹を気遣うように、ラクな姿勢にして体を拭いてあげる。
他の3人もかいがいしく世話を始める。樹は一声掛けてから、オークの討伐部位と魔石を回収していった。
樹が回収していると、エイダがやってきた。
エイダはまだ16歳なので、被害者たちの悲惨な状態を目にして、少なからず動揺していた。
リーダーのティナが落ち着かせるために、樹に報告に行かせたのだ。
「イツキさん。女性たちの体を綺麗にできました。でも、凄く疲れているみたいで、すぐに動けそうにありません」
報告を受けた樹は、少し考え込んだ。
「……それなら街に行って、馬車を手配したほうがいいかもしれないな」
「そうかも。アイラなら走るの速いから、アイラに行って貰いましょうか?」
1人で街に行くのは危険だが、樹が被害者たちの護衛をしなければならない。
5人で話し合い、仕方なしにアイラが行くことになった。
「本当はオレが行ければいいんだが、オークの死体に魔物が寄ってくるだろうからな」
「うん。分かってる……イツキさんはみんなを守ってあげて」
言い終わるとすぐに駆け出した。
「それじゃオークの剥ぎ取りを終わらせるか。ティナたちは被害者を見ていてくれ。自殺でもされては困る」
「はい。そうですね」
オークの子供を身籠ってしまったことで、彼女たちの今後は暗いものになってしまう。
産まれてくる子供はオークなので、産まれてすぐに殺処分しなければならない。
行政に報告をして、産まれるまで監視されてしまうのだ。
堕胎技術などないので、仕方ないことではあるのだが、こっそり処置することはできない。
どうしても行政の指導のもと、産まれてくる赤子を処分しなければ、最悪母体まで危険に曝されてしまう。
「被害者をそっとしておきたいが、オークが産まれて育つようなことになれば、街中に魔物が現れてしまうからな」
さすがに自分で処分はできない。そもそもオークを見ただけでトラウマが刺激されて、どうなるか分からないのだ。
『あまり気にしないほうがいいですよ。頻繁にとは言いませんが、こうしたことがそれなりにあるから、常時討伐依頼として、国からお金が出ているのです。行政も慣れているので、悪いようにはしないでしょう』
「それはそれで嫌な話だな。ゴブリンやオークは見たら殺すことにしよう。巣もできるだけ潰そう」
樹にできるのはそれくらいである。あとは行政の仕事だ。
オークの死体から剥ぎ取りを終わらせ、死体に寄ってくる魔物に備える。
やはり鼻のいい魔物は、すぐに嗅ぎ付けてきたが、樹の敵ではなかった。
もう1000匹近くの魔物と戦った樹は、銃器の扱いがかなり上手くなっていた。
レベルが上がって身体能力が高くなったこともあり、動き回る相手にも、1~2発で当てることができる。
反射神経や動体視力もよくなるので、レベルが高いほど武器の扱いも上手くなりやすいのだ。
樹の無尽蔵とも思える体力の前には、数日の徹夜も問題なく、アイラが応援を連れてくるまでの間、樹はティナたちと被害者を無傷で守り切った。
被害者のことを考慮してか、女性兵士だけでやってきたようだ。判断した人間に、樹は感謝を捧げた。
「オークの討伐、お疲れさまでした。あとは私共にお任せください」
「いや。たんに仕事だからな。被害者を頼む」
「はい。普通の生活に戻れるように、尽力いたします」
樹は、礼儀正しい兵士だと感心した。
だからこそ、王とは敵対しても、こういった兵士たちとは敵対したくないと考えている。
他国でもやっていけるだけの資金を貯めたら、ティーシアの街の兵士に命令がくる前に出ていこうと決意した。
「さすが、イツキさん。みんなを守ってくれた」
「アイラもちゃんと連れてきたな。偉いぞ」
嬉しそうにニヨニヨしているアイラの頬をつついて、樹はオークの死体を燃やしていった。
集落のほうは兵士たちが片付けてくれるそうなので、樹はあとを任せてティナたちと街に帰っていった。
「今回は稼ぐどころか、危うく慰みものにされるところだったわね」
帰りの道中、ティナが反省の言葉を口にする。
「怖かったよ~。もう森の奥には行きたくない」
「エイダは虫とか見ても、そう言ってたじゃんか」
「だって気持ち悪いんだもん」
アビーのからかいに、頬を膨らます。
16歳なのでまだ子供っぽいうえに、冒険者になって半年程度なので馴れていないのだ。
「そんな女の子らしいことが言えるのも、今の内だけだって。あたいは1年くらいで、虫とか外で寝るのも平気になったし」
「私はずっと女の子だもん」
そうは言っても死ぬような目に遭ったりすれば、取り繕う余裕はなくなるだろう。
死ぬほど眠い時なら、誰だって外で寝るのも仕方ないと思うようになる。
「……静かにする。魔物の声が少しだけ聞こえた」
アイラがいち早く気付き、全員が静かになる。
「魔物が来たらオレが戦うから、そんなに緊張しなくていいぞ」
樹が告げると、ティナたちはホッとして力を抜いた。
「疲れているから助かります」
「私は魔力が回復したけど、体力が回復してないから、イツキさんがいてよかった~」
数分後に現れたゴブリンの集団は、樹によって殴り殺された。
「イツキさんはずっと寝ないで戦っていたのに、凄い体力ですね」
ティナの称賛に陰のある笑顔を見せると、女の子たちは赤くなった。
さすがに顔がいいだけはある。樹はただ被害者の女性たちを気にしていただけだが、女の子たちは陰のあるミステリアスな男に見えたのだった。
つつがなく街に戻ると、ギルドに報告に行く。
「イツキさん。何日も帰らないから心配しました。無事でよかったです!」
「ただいまポーラ。ちょっとオークの巣で問題があったんだ。それで遅くなった」
事情を誤魔化して説明する。若いポーラにはあまり聞かせたくないのだ。
「問題って後ろの女の子たちですか?」
「まあそうだな。オークに囲まれていたのを助けたんだ」
「イツキさんが来てよかったですね!」
後ろのティナたちに笑顔で声を掛ける。
「はい。木の上で身動きも取れず。危ないところでした」
少し話したあと、オークの巣を壊滅させた報酬を貰い、疲れた樹たちは宿に向かった。