オークの巣
囲んでいたオークの全滅を確認して、木の上から女性冒険者たちが降りてきた。
「ありがとうございます。リーダーのティナと申します。早く逃げましょう」
ティナは慎重派のようだ。
「またオークが来たら厄介だしな。自己紹介は後回しにして、少し離れよう」
樹も女性冒険者たちが危険な目に遇うのは本意ではないので、ティナに賛成だ。
魔力が尽きたエイダは、少しダルそうにしていたので、樹が背負ってあげた。
「これくらい離れたら大丈夫だろう。オレは樹。冒険者だ」
1kmほど離れて、お互いに自己紹介をする。
「それで、どうしてあんなことに?」
樹が尋ねると、エイダが赤い顔をして口を開く。
「あ、あの~。お尻に手が当たってて恥ずかしいから、降ろしてください……」
樹は背負ったエイダのお尻を、ちゃっかり触っていた。
「すまんすまん。可愛いからついな」
余計に赤くなったエイダを降ろす。
「ダンナ……エロいな」
盾役のアビーが呆れたように言った。しかし年齢が22歳なので、男のスケベに寛容なのか、特に責める様子はない。
「それで、オークに襲われた理由なんですが、オークの巣があることを知らなくて……近くを通ってしまったんです」
ティナは責任を感じているのか、暗い表情だ。
「ティナのせいじゃない。私が斥候として未熟だっただけ……」
アイラはティナ以上に責任を感じている。可愛らしい顔が泣きそうに歪んでいた。
「まあ暗くなるな。新人が失敗しないなんて滅多にないさ。オレもうっかりすることはある」
「ダンナの言う通りだ。あたいたちは新人なんだから、失敗は次に活かそう」
樹とアビーに諭されて、少し元気が出た。新人ということに甘えず、きちんと次に活かそうと決意したようだ。顔つきが違う。
樹も新人だが、強さと落ち着きのせいで、ティナたちは先輩冒険者だと思っている。
「それじゃ、オレはオークの巣を潰してくるから、君たちは先に帰るといい」
「巣を潰しに行くんですか?! さっき凄く殴られてましたけど、大丈夫なんですか?」
「見ての通り無傷だから心配するな。オークなんかに殺されたりしない」
樹の体を注意深く見て、本当に返り血しか付いていないことに驚いた。
「レベル40くらいあるんですか? 無傷なんて凄いですね!」
ティナが称賛する。
樹のレベルは12だが、40くらいのレベルがあればオークの攻撃では、ビクともしないだろう。
「とにかくオレは、オークの巣を潰してくるから、早く帰るといい」
「ティナ、どうするんだ? ダンナにお礼ができてないぞ」
「そうですね。でも足手まといになりますから、剥ぎ取りのお手伝いくらいしか」
樹は危ないから、早く帰るように促していたのだが、ティナたちは律儀にお礼をしたいと考えている。
「とりあえず、ピンチになったら応援を呼んでくる役が必要」
「オレはピンチにならないから、アイラちゃんは気にしなくていいぞ?」
「ダメ。恩人を死なせたら女が廃る」
樹が死ぬことは有り得ないことだが、それを知らない少女からすれば、心配なのだろう。
「私もイツキさんが心配だけど、魔力が回復するまで待ってくれないと、援護もできないよ?」
魔力の尽きた魔法使いは、基本的に何もできないだろう。レベルが高いなら別だが。
「それじゃ、安全な場所にいてくれ。2時間してから帰ってこなければ、応援を呼ぶなり好きにすればいいさ」
「本当に大丈夫ですか? お1人で行動しているから、自信があるんでしょうけど」
樹は何度も大丈夫だと伝えて、ティナたちを説得することに成功した。
ティナたちは先ほどの木の上で待機することにして、音が聞こえなくなってから20分経っても戻らなければ、応援を呼びに行くことになった。
「本当に大丈夫かしら?」
木の上で呟く。
「少なくとも、あたいたちよりは強いだろ?」
ティナはまだ心配しているが、アビーはあまり心配していない。
オークの攻撃に怪我1つしない樹が、オークに負けるはずがないと思っている。
「だいたい、あれだけ攻撃を受けて無傷なんだぞ? オークじゃダンナを倒せないって」
「そうだよね。あれだけのオークを相手にしたのに、私のことを背負って移動できるくらいだもん。凄い体力だよ。お尻を撫でる元気があるくらいだし」
エイダは少し恥ずかしそうだが、樹が負ける心配はしていない。樹に背負われて、たくましさを知っているからかもしれない。
「……音が聞こえる。戦闘が始まったみたい」
樹がピンチになったら、すぐに動こうと耳を澄ませていたアイラ。樹が戦闘を始めてすぐに気付いた。
「どんな音がするの?」
「……爆発音とか、パパパパって音がする」
「さすが斥候だな~。あたいには聞こえない」
樹は遠慮せずに、銃火器を使用している。マシンガンでオーク撃ち殺していく姿を見れば、ティナたちの心配もなくなるだろう。
先ほど心配していたのは、樹が慣れない剣で戦ったからだ。
銃器に慣れてきた樹にとって、鈍重なオークなど的でしかない。
「爆発音がするってことは、私と同じ魔法使いだったのかな? 剣に慣れてないのも当然かも」
「そうですね。凄腕の魔法使いなら、集団を相手にするのに向いていますから、あの自信も理解できます」
魔法使いではなくギャグキャラだが、こちらの人間には魔法の武器としか思えないだろう。
当然のように銃器などないので、樹が銃器を使っても、変わった魔法の杖か、魔道具だとしか思わない。
「ずっと音が消えない。攻撃が速すぎる」
「そんなに攻撃魔法を連発できるなんて、魔力も凄いじゃんか」
一般的に魔法を使う時には、必要な魔力を溜めてから、魔法名を口にすると発動する。だから絶え間なく魔法攻撃をすることは、よほどの魔法使いでなくては無理である。
ティナたちが樹のことを、凄腕の魔法使いだと勘違いするのも当然だった。
「私も頑張らないと!」
エイダが子供っぽい仕草で、気合いを入れた。
「けっこう穴だらけになってしまったな。どうせ全部は運べないけど」
『素材としての価値はありますが、人を雇わない限りは運べませんね』
「さすがに人を雇ってまで運ぶほど、高い素材でもないしな」
オークの集落を歩きながら、生き残りがいないか確かめて回る。
「オークって家畜も飼うんだな」
『食用に捕まえているのではなく、繁殖用でもあります。オークは他の生物との間にも、子供を作ることができますから』
ちなみに、産まれてくるのはハーフではなくオークだ。
「人間の骨もあるけど、これは食われたんだな」
『はい。オークは人間を食べます』
ゴミのように捨てられている骨を見て、樹は気分を害するが、人間も動物を食べるわけだから、あまり責めるわけにはいかないと思い直した。オークの肉だって食べている。
しかし、樹を激怒させる光景を見た瞬間、樹はオークを見つけしだい殺すことを決意した。例え子供のオークでも容赦するつもりがなくなった瞬間だった。
「やはり常時討伐対象になっている魔物は、人間とは相容れない存在だな」
そこには、オークの苗床にされていた、人間の女性たちの姿があった。
ずっと戦いの音に怯えていたのか、樹が現れても助けを求めず、小さく悲鳴を上げて震えていた。
「オレは冒険者の樹だ。オークは全滅させた。怖がるのは分かるが、世話をする女の子たちを連れてくるから、その子たちに攻撃とかはしないでくれ」
男の樹がするには憚られるので、彼女たちの世話はティナたちに任せる。
樹は持っていたタオルをすべて渡し、ティナたちの所に急いで帰った。