デートの続き
樹とポーラは景色の綺麗な場所を巡り、現在は海に来ていた。
「この街はお魚の養殖もしてるんです。寄生虫が付きにくくしたりするために」
「天然のほうが旨そうだけど、オレはそこまで味に煩くないからな。安全なほうがいいな」
「はい。養殖したほうが安いですから、私は助かってます」
漁師が確実に欲しい魚を獲れるわけではないし、養殖だと安定供給できる。
「あの大きな魔道具で、海の水を綺麗にしてるそうですよ。原理は知りませんけどね」
「ずいぶん大きいな。どのくらいの範囲を浄化できるんだ」
ポーラは少しだけ首をかしげて、自信なさそうに答えた。
「たぶんあの柵の辺りまでは確実に大丈夫だと思います」
「それはそうだろうな。難しいことを聞いて悪いな」
実際は柵よりも数十mほど余裕があるが、街の人間が気にすることではない。
2人は昼ご飯に魚を食べることにして、ポーラのお勧めの店に行った。
樹は魚の煮付けを食べ、ポーラは白身魚のフライを食べた。
2人でお互いのを食べたりして、その姿は仲のいい恋人同士にしか見えなかった。
「美味しそうに食べる女の子は、食事に誘うかいがあるな」
「あんまり見ないでくださいよ~。食べてるところなんて、じっと見るのはマナー違反です」
樹にしてみればモグモグ食べているのが可愛く見えるのだが、女の子にとっては恥ずかしいものかもしれない。
生き物である以上は、食べることは当たり前のことだと思っている樹と、よく食べる女の子と思われたくないポーラでは、感じる印象が違って当然だ。
「可愛いんだから気にするな。でも、そう言うなら見ないことにしよう」
「……無理に別のほうを見なくてもいいですけど」
コーヒーを飲む樹の端整な横顔を、ポーラは頬を染めて見ていた。
「――って、ウェイトレスの女の子を見てるじゃないですか!」
やっぱり樹は樹だった。
ポーラに謝り倒し、樹がアクセサリーをプレゼントすることで機嫌を取った。
樹の思惑通りにプレゼントできることになり、樹も上機嫌となっていた。
「なんか自然にプレゼントされることになったような……」
「普通には受け取ってくれないだろう? でもご機嫌通りなら、プレゼントする口実になる」
樹はポーラにアクセサリーを当てながら、似合っているかを確認した。
可憐な容姿のポーラには、派手で高価なアクセサリーは似合わず、女学生が身に付ける物のほうが似合っていた。
「なんとか見栄えのする値段で、似合うやつはないものか……」
「私は地味ですから、派手な物は似合いませんからね! 子供っぽいし」
機嫌を取ろうとしていたのに、ポーラはすねてしまった。
「派手な物が似合うのもどうかと思うぞ。まだ若いんだから」
とりあえず本人が気に入る物を贈って、なんとか機嫌が直った。
最初は遠慮していたが、樹が代金を支払って強引に買った。
そんな経緯で手に入れた物でも、樹からのプレゼントは嬉しいらしい。さっそく身に付けるために、樹に背中を向けた。
樹がペンダントを受け取って付ける。クルリと振り返って期待した目を向けた。
「可愛いぞ。プレゼントしたかいがある。おじ様キラーになれるぞ」
「変な褒め方しないでくださいっ!」
「冗談抜きでなれるさ。そこまで嬉しそうな顔されちゃな」
おねだり上手になれば、おじ様キラーになれるだろうが、ポーラの性格的に無理だろう。
それからポーラはあまり遠慮せずに、自分が行きたい場所を言うようになった。遠慮しても樹を困らせるだけだと気付いたからだ。
「イツキさん、このお店は普段入らないんです。高いから」
高そうな服屋を指差し、樹の腕を取って店に入る。
「1人じゃ勇気が出ないけど、前から気になってたんですよね」
この店は新品しか扱っておらず、中古品が基本の庶民には縁遠い店だった。
今日のポーラの服も、貴族や金持ちなどが着た服を売っている古着屋で買った物だ。それでも庶民には少し高い買い物だが。
「服に1万オーロも使う人がいるんですね~」
メイドを連れている女性を見ながら、服の値段を見て溜め息をついた。
「オレがポーラ着飾らせたいんだが、貰ってくれるか?」
「さすがに高い物はちょっと。見てるだけで充分ですよ?」
「それは残念だ。女の子に贅沢な暮らしをさせるのは、オレのロマンの1つなんだが」
ある意味成功者の証明だろう。男の野望の1つと言える。
樹も愛人に贅沢な暮らしをさせるような生活に憧れを持っていた。先に恋人を見つけろよと言われそうである。
「男の人はよく分かりませんね~」
「男だって女の子のことは分からないさ。だから必死に考えてる。どうすればデートを楽しんでくれるかってな」
「私は貧乏性だから、お金を掛けるデートは不安になります」
高すぎる服に気後れしたのか、ポーラはすでに腰が引けている。
店員に話し掛けられて、居心地の悪そうなポーラを連れ出す。
「やっぱり私には合わないです。もっと安いお店に行きましょう」
「そうだな。デートを楽しめないんじゃ本末転倒だし、ポーラが楽しめる店に行こう」
高い店は諦めて、ポーラが普段使う店に行く。するとポーラは息を吹き返したように元気になり、安い中古品の服を楽しそうに見ていた。
「もともとお金持ちの服だから、縫製がしっかりしてるんです。だから結局は長く使えてお得なんですよ」
「オレには服のことは分からないけど、ポーラが楽しそうで何よりだ」
樹はいいお嫁さんになりそうだと思っていたが、誤解させないように黙っていた。
樹は追われている以上、この国では暮らせるはずもないので、デートだけで済ませるつもりだ。
何着か樹の好みの服を試着して、お金を貯めようと張り切っている。
そんなポーラを少し寂しく見ていた樹だが、ポーラが振り向く時には笑顔になっていた。
「優しい目で見てます。子供を見るような目は不満ですよ!」
「それはすまなかったな。服を試着してはしゃぐ姿が微笑ましくてな」
少しすねたポーラを夕食に連れて行き、家まで送っていく。
目をつむるポーラの頬にキスをしてから、樹は宿に帰っていった。
「子供扱いして~。唇にしてくれてもいいのに」
ポーラは頬を膨らませて、眠れない夜を過ごした。
冒険者ギルドに入ると、眠そうなポーラを見つけた樹は、魔物の巣の場所を聞きにいった。
「……また危ないことを」
「ん? なんか眠そうだな。夜更かしは美容に悪いから、ほどほどにな」
「……ちょっとモヤモヤしたんです。それで……巣の場所でしたね?」
誰のせいだと思っているのか……ポーラは内心そう思っていたが、受付嬢のプライドか、子供扱いされたくないのか、ニッコリ笑って対応した。
「あまり危ないことはして欲しくないですけど、1人で巣を潰せる人ですからね。教えます。そもそも受付には教えない権利はないですから」
それでも少しトゲがある。
樹は何かしただろうかと首をかしげたが、何もしなかったからすねているのだ。思い当たるはずもない。
とりあえず巣の場所を聞いた樹は、ポーラに礼を言って森に向かった。
巣の場所は新人冒険者などが見つけ、ギルドに報告することで、わずかな報酬が出る。ベテランは自分たちで潰すので、巣の情報は大抵、新人が偶然見つけた情報である。
だから樹は、新人冒険者をバカにしたりするベテランは理解できなかった。
まずはコボルトの巣に向かった。
コボルトは犬を二足歩行にしたような魔物で、鼻がよく鋭い爪と牙が武器だ。
やはり集団で行動して、新人冒険者が囲まれて狩られることも多い。新人冒険者の天敵と言える。