召喚されたギャグキャラ
新作をよろしくお願いします。3話投稿しています。
厳かな広間に、ローブを着た男たちが魔法陣を描いていた。
様々な触媒を混ぜて作り出した、魔法の液体だ。
これだけで庶民が10年暮らせるだけの金額が掛かっている。
「陛下。準備が完了いたしました」
1人の老人が声を掛けた。
玉座に腰掛けていた壮年の男性が、静かに目を開ける。
口髭をたっぷりと蓄えた、なかなか迫力のある男性だ。
「遅い。早く喚び出さぬか」
ジロリと睨みつけ、不機嫌そうである。召喚のための準備に、1ヵ月近く掛かっていたからだろう。
「申し訳ございません。すぐに取り掛かりますので、少々お待ちください」
光るオーブを中心に置き、何人もの魔法使いが魔法陣に魔力を注ぎ始めた。
オーブに込められた魔力と、魔法使いたちの魔力で、魔法陣が光りだす。
魔法陣から光の柱が発生し、人の形になる。
光が収まると、精悍な顔立ちをした20代半ばの男が現れた。
黒いスーツに包まれた体は、鍛えているため細身ながら逞しい。
目に掛かる髪を鬱陶しそうに払いながら、鋭い目付きで周囲の男たちを睨む。
「いったいここはどこだ? オレに何をしたんだ?」
いきなり別の場所に来たとは思えないほど落ち着いた態度だ。
声は静かな低音で、耳元で囁かれたなら、女性は腰砕けになりそうだ。
「そちを喚び出したのは余だ。命令には従って貰うぞ?」
傲慢な物言いに、青年は不機嫌そうに王を睨んだ。
青年が身構えると、周りを囲んでいた兵士が槍を向けて牽制した。
「まずは状況を聞かせて貰おうか……命令には従うつもりはないが」
不敵な笑みを浮かべて王を見返す。
青年は周囲の様子を伺いながら、逃げ道を探している。
「この状況で威勢がいいな。まずは職業の確認をしてみろ。勇者なら大歓迎だ」
魔法使いの老人に、職業の確認方法を教えられ、青年はステータスを出した。
「自分の名前とギャグキャラ? というのが書かれているな。あとはレベルが0」
目の前に現れた画面に戸惑いながら、青年が告げる。
彼の名前は黒川樹。24歳の男性だ。けっして職業はギャグキャラなどではなかった。
「ギャグキャラとは何だ? 強い職業なのか?」
王の問い掛けに、樹は微妙な顔をしながら答えた。
「ギャグキャラっていうのはだな……中世でいうところの道化だな」
「道化! 道化だと! 役に立たん奴を喚び出してしまったというのか!」
怒気を強める王に、家臣たちは怯える。
王の怒りも無理はない。この国は周辺国と仲が悪く、王は侵略の機会を待っていた。
100年間溜めた魔力を宿したオーブを使い、強力な助っ人を喚び出して、これから侵略だと思っていたのだ。
それが喚び出されたのは道化と聞けば、傲慢な王ならば怒るだろう。
「始末しろ! 不愉快だ!」
玉座を拳で叩きつけながら、宮廷魔法使いに命じて、樹を殺させようとする。
「は! すぐに始末いたします!」
王の怒りが自分に飛び火しては堪らないと、宮廷魔法使いは樹に手の平を向けた。
「ファイアーボール!」
手の平から炎の玉が飛び出し、樹に迫る。樹は回避しようと横に跳んだが、爆発は大きく、炎が樹を飲み込んだ。
炎にまかれた樹が、ゴロゴロ転がりながら、あっさりと立ち上がる。
「熱いな! 何してくれてんだ!」
「なっ!」
瞬時に火傷が回復して、立ち上がった樹の手には、バズーカが収まっていた。服まで元に戻っている。
「何だこれ? 何で武器が?」
『ギャグキャラの特性です』
いきなり聞こえた声に、その場にいた人間が驚く。
「特性って何だ? あと、お前は何だよ?」
順応性の高い男である。すぐに落ち着きを取り戻し、質問している。
『私はナレーションです。ギャグキャラのおまけの能力です。特性の1つです。他の特性はどんなダメージを受けても、すぐに回復します』
「さっきのダメージが回復したのもギャグキャラだからか……。確かにギャグキャラはダメージを受けても1コマで回復したりするな。武器が出たのもギャグキャラの特性か」
自分が不死身だと気付いた樹は、バズーカを王に向けて撃った。
「ぐあああああああ!」
爆発に吹き飛ばされた王は、先ほどの樹以上にボロボロだ。しかし死んではいない。
「バズーカくらって生きてるなんて、タフだな~あいつ」
呆れたような声を上げる樹。ナレーションが否定する。
『違います。ギャグキャラの特性で、殺意のない攻撃は、すべて過激なツッコミになって、絶対に死にません』
「バズーカがツッコミって……便利なような不便なような……」
とりあえず理解したのか、他の敵兵も吹き飛ばしていった。
謁見の間にいたすべての敵を倒した樹は、王に歩み寄り質問をした。
「オレを元の世界に帰す方法はあるか? あるなら帰せ。答えないと殺意を込めて撃つぜ?」
バズーカを向けて問い詰める。
「ぐっ……そ、そんなもの……は……ない……」
ツッコミでもダメージを受けるのか、力ない声で答えた。
「そうか……じゃあな」
樹は倒れている兵士たちから、財布らしき布袋を回収してから、謁見の間を出た。
騒ぎに気付いて襲い掛かってくる兵士たちを倒しながら、財布を奪っていく。殺意はないのか死んでいない。
謁見の間から離れると、事情を知らない兵士が増えてきたので、樹が襲われることは少なくなっていた。
「かなり貯まったな。もう金はいいか。そろそろ逃げ出そう」
『樹は金を数えてご満悦だ』
「嫌なナレーションすんな!」
ナレーションにツッコミを入れている姿は、端から見ると変人だ。
ナレーションの声は周囲にも聞こえているが、姿は見えないので1人で騒いでいるように見えてしまう。
「おっと、メイドちゃん発見! 口説かなければ!」
『あんな幼い少女を口説くなんて、変態ですか?』
ナレーションの言う通り、彼女は避難に失敗した10代前半の少女だ。
「麗しいレディを口説かないのは男が廃る」
『逃げている最中だと忘れていませんか?』
「忘れてないけど忘れた」
樹は女性に目がなかった。もはや病気のレベルである。
「可愛らしいお嬢さん。オレとデートでもどうかな?」
たいしたことは言っていないが、顔と声で立派な口説き文句になっていた。
「あ、あの、あの……」
メイドの少女は赤くなり、狼狽え始めた。
『お忙しいところ、申し訳ありませんが、敵兵が来ましたよ?』
「なんて気の利かない兵士たちだ」
樹の手に銃が現れた。
銃口を兵士に向けると、樹は連射した。
下手な鉄砲も数を撃てば当たる。弾切れの心配がないらしいので、樹は全員倒れるまで撃ち続けた。
「怖がらせて悪かったね。さっき言ったことは忘れてくれ」
震えるメイドの少女に背を向け、樹は歩き出す。少女を口説いていた時の顔と違い、少し愁いを感じる渋い表情だ。
「あ、あの! おしっこ漏れちゃったので替えのパンツを持ってきてください!」
「あら~」
カッコを付けたが付かなかった。
『さすがギャグキャラですね』
「うるさい……」
樹は少女を部屋に入れて、別の部屋を調べて回った。女性の部屋らしき場所を見つけて、下着を回収してから、少女の所に戻った。
その時の樹の表情は、とても情けない表情だった。
「何でオレがパンツを漁らないといけないんだ……パンツは女の子が穿いてこそだろ。女の子が穿いてないパンツに興味はないぞ」
『逃げてる最中にナンパをするからです』
下らないやり取りをしながら、樹は城を脱出した。出会う美人の女性を片っ端から口説いていたので、すでに夜になっていた。
腰には兵士から奪った剣を差し、財布が重そうにジャラジャラと音を立てていた。
兵士は500人くらい倒しただろう。城は大混乱していた。
旅に必要な道具や服を買い、それを鞄に詰めて王都から逃げ出した。
夜に街を出て行くなど、不死身だからこそ取れる大胆な行動だ。