第8話 転校と神隠し
【6と小を1】 ◎
―――5年前の春。
「おはよー」「はよー」「昨日のテレビ見た?」「俺今日腹痛くてさー」「っべ!! 宿題忘れたっ!」「はっはっはっは!」
――ガタッ
私は、騒がしい教室の奥へと歩いていき、自分の席に座る。
転校から数日、14歳と言う思春期と反抗期が同居しているような、そんな時期に私は、この町にやって来た――。
○◎●◎○
「えぇ!? 転校!?」
「ああ、母さんの育った町の近くだ、おばあちゃんの家も近くに在るし、おまえを置いていくわけにもいかないんだよ…申し訳ないとは思うが、どうかわかってくらないか? それに、渚の為でもあるんだっ!…空!」
「えぇ…」
お母さんが亡くなって1年が過ぎた頃、妹の渚の喘息が悪化した。妹は、昔から入退院を繰り返していて、1年の半分近くを離れた病院で過ごすような生活をしていた。そして、父の勤める会社が病院の近くに支社を出した為、いつでも渚のところへいけるからと移動願いを出したと言うわけだ。
しかし、私も自分の生活と言うものがある。しかも、お母さんと過ごしたこの家と町、友達の事を考えると…簡単に「わかった」とは、言ってあげられなかった。
それから何日間にも渡ってお父さんによる私への説得は続き、私は泣く泣く、それを承諾したのだった――。
○◎●◎○
「……超…田舎…」
「はっはっは! 空、どうだ? 空気がうまいだろう?!」
「はぁ~…スタバもないし、マックもない…」
「コーヒーはお父さんがうまいのを入れてやるし、ハンバーガーだって作ってやるぞ!」
「いや、そう言う意味じゃないんだけど…」
私はそう呟いて、引っ越しの荷物を忙しそうに運ぶ父をよそ目に、もう一度、窓のそとを見る。坂の上にあるその家の周りは、畑と田んぼ、あとは木や草ばっかりで……でも、その木々の隙間から見える海は、ちょっとだけ、私をワクワクとさせた――。
それから、引っ越しも終わり、お父さんに連れられて、転校の手続きついでに新しい学校へと見学に行く。
前に通っていたところに比べると人は少なくて、夕方にいったからか、グランドでは部活動を行う人の声、吹奏楽部の管楽器の音が耳をくすぐる。
「ここが…新しい学校かぁ…」
私がそう言うとお父さんは、
「気に入ったか?」
「わかんない、でも…今さらくよくよしても仕方ないから…楽しまなきゃなって、そう思うかな…」
「はっはっは! おまえのそう言うとこ、お母さんに似ているよ」
「へへへ、そうかな?」
少しだけ、照れ臭くなる。でも、大好きなお母さんに似ていると言われて悪い気はしない。
お母さんは明るく、良く笑う人で、いつも私たちの事を考えてくれていた。
学校からの帰り、私はいろいろな悩みや楽しみ、全部をひっくるめて、お父さんに
「私、頑張るね」
と、そう伝えたのだった――。
○◎●◎○
そして転校から数日、私は、はじめの自己紹介もうまくいったし、クラスの子達に囲まれて、話なんかもした。
別に何が悪いとか、そう言うわけではないし、クラスの子達も優しくしてくれた。それでも…やはり、寂しさと言うのはそう簡単に無くなることはなくて、前の学校と比べたり、前の友達の事を変に思い出してしまう。
お父さんに「がんばる」と言った手前、弱音をはくのもなんかカッコ悪いなと考えたり…表面上は普通にできているつもりでも、心の中は"ひとりぼっち"だった。
やっぱり、昔から繋がりのある人達にはどこか敵わない所があったし、話や冗談は言い合ったりもできるが、どこか薄っぺらく感じてしまう。だから、下校中に
「おい! マジやめろって!」
「だっはっはっは! 必殺、目からビームッ!」
「いや、出ねぇからっ! 出たら大変だからっ!」
「出ない…だと…」
「なんなんだよっ!? なんでマジで凹んでんだよっ! おまえ何目指してんのっ?!」
そんな事を言いながら楽しそうにはしゃぐ二人組の少年達とすれ違って、本当に楽しそうで、羨ましいなって…すごく、そう思った。
――そして、いつも通り歩いていると、ふと、急に鳥居が視界に入る…。
これが、すべての始まりだった――。
「こんなとこに、神社なんかあったっけ……?」
その鳥居は石で造られていて、苔なんかもついていて、とても古い物のようだった。
「昔の人って…どうやってこんなのつくったんだろう?」
素朴な疑問、そして興味からその鳥居を潜ってみる。奥には背の高い木々に囲まれたお社がひとつ。私は、ふとさっきの二人の少年を思い出して、神様にお願い事をしてみることにする。
『どうか、本当に仲の良い友達が出来ますように!…それと、妹の病気も良くなって、お父さんも出世しますように…っ!』――。
「へへへちょっと、欲張りすぎちゃったかな?」
そう呟いて、踵を返す――
と、木々は強い風にガサガサと揺れ始める。
「わっ!?」
私は、一瞬目を閉じて、ゆっくりと開く…と、
「う…そ…?」
さっきまで明るかったはずなのに、いつの間にか周りは夕焼けになっていて、私は目を丸くして驚く。
「え…? え? なんで…?」
そして、私は怖くなり、早くここから出ようと、鳥居に向かって駆け出す。
「っハ!…っハ! なにこれ、ヤバイヤバイ! わけわかんないよ?! なんで夕方!?」
石造りの鳥居まで、もう少し…砂利を蹴り、必死に走る
そして――
――ドンッ!
「あうっ!」
鳥居の下を潜ろうとして、見えない何かにぶつかり、尻餅をついてしまう。
「いたたた……え?! え!? な…なにっ…? これ…」
私は、自分の周りを薄く蒼い光の粒がゆっくりと空に向かって上がっていることに気づく。
「綺麗……」
あまりの美しさに一瞬全てを忘れる。
「じゃない! 早く出なくちゃ!!」
立ち上がり、もう一度鳥居の下を潜ろうとする…が、見えない何かに遮られ、通ることができない。私は、鳥居を潜らずに横を通ろうと試みる、不思議と鳥居の横にたどり着けない…
「なに…これ…意味わかんないよ…」
途方にくれ、そこに立ち尽くす…恐怖心と、孤独感がどんどん増していく…そして、更に蒼い光の粒は上へ、上へとゆっくり上がっていく…一度、振り返りお社の方を見て、もう一度、鳥居の方を見る……すると、私は、自分の目を疑う光景を目にする――。
鳥居の向こうの景色が、どんどんと離れていくのだ…!
まるで、船着き場から船が出るように…どんどんと景色が小さくなっていく。
私は、後ずさりをして…
「嘘…こんな…こんなのって…」
と、周りの光が濃くなり視界を蒼に染めていく――
「ちょっ!? え?! なに?!やだやだ!な…んで…」
そして、光に包まれながら…私の意識はどんどんと薄くなり―――
途切れる瞬間――――
(お母…さん…?)
一瞬母が、光のなかにいるように見えた――。
次に目を覚ますと、石造りの鳥居の下…原っぱの上に横たわっていて…
「ん…」
私は、ゆっくりと目を開き、体を起こす…そして、サーッとふく風に草の香りを感じ…周りをきょろきょろとして…ふと、耳に入る音から、違和感に気づく…
「…蝉…鳴いてる…?」
これが、私の『夏』の始まりだった――。
次回
『消失と喪失』
またみてね❗(o・ω・o)きゅぴーん✨