第7話 送り火とさようなら 【後編】
【4を5】 ●◎○
「ちょっと座っていい?」
と空が言って二人でベンチに腰かける。晴斗のせいで変に意識してしまい、何時もみたいに会話が出てこない。空は足をぷらぷらとさせながら、あのキーホルダーを弄る。俺はなんとか会話しようと、キーホルダーのイルカについて聞いてみることにした。
「なぁ、そのキーホルダーって、大切なヤツなのか?」
「え?…あれ?前に話さなかったっけ?…あ、あれは晴斗に聞かれたんだっけ?」
「そうなの?…俺は知らないや」
そう言うと空はキーホルダーについて、話をしてくれた――。
昔、家族でいったイルカショーの売店で、母親に買ってもらったこと。
母親が、その翌年に亡くなったこと。
だから、その日からずっと持っていて色褪せてしまったこと。
今はそのキーホルダーをお守りみたいに思っていること。
そして、そのイルカのマスコットが持っている花束の名前――。
「シオン…?」
「そう、シオンの花っていって、"思い出"や"追憶"って意味があるんだってさ、これも私の気に入ってる理由なんだ。家族旅行で買ったキーホルダーが"思い出の花束"を持ってるって素敵じゃない?」
「へぇ…確かに素敵だな…その、空の母さんもきっと、向こうで思い出の花を見て、きっと空の事を思い出してるよ」
「え…?」
「いや…その、そうだったら…いいなぁ…的な?」
(やべぇぇ! 何言ってんだ俺! 恥ずっ!)
俺が顔を赤くしているのを見て、空は
「……っぷ! あっはっはっは! 颯護、顔真っ赤だよ? ふふふ、可愛い」
「なっ! おまっ! おまえの気持ちを考えてだなっ!」
「ははは、ありがとう。颯護」
そう言って笑う空が、可愛くて…綺麗で…
「あ、あのさっ…! 今日花火がっ…! あんだけど…」
「へ?」
肝心なところで、ビビってしまい、声が小さくなる――。
(誘え!誘えっ!俺っ!)
「すー…はぁー…」
「どうしたの?」
空が不思議そうな顔でこっちを見る。
「俺と…その、ええと…今日さ、花火、あがるんだ」
「…そうなの?」
「うん、それで、その花火を…おまえと見たいなって…」
(ん?あれ?…これ若干確信に触れてない?…少し気持ち伝えちゃってない?…)
「え?…それって…どういう…」
と、そこで俺のスマホが鳴る。着信は、姉ちゃんからだ…俺は出るべきか…無視するべきか…と、迷っていると、空が
「出なくていいの? 鳴ってるよ?」
と言って、俺は空に
「ごめん」
とことわり、電話に出る。
「もしもし?」
{「もしもし? 颯護? 今どこにいるの?」}
「バス停だけど」
{「は? なんでそんなとこいるの? 立ちしょん?」}
「いや、なんでだよっ! なんでバス停イコール立ちしょんなんだよっ!」
{「犬とかするし」}
「俺犬じゃねぇしっ!! 晴斗みたいなこといってんなよなっ!」
すると、空が
「ふふふ、何話してんの? 」
「いやっ! ちょっと姉貴が…」
{「は? なに? 誰かといんの? あと私、晴斗じゃないんだけど」}
「もうめんどくせぇよっ!! 知ってるよ! 姉ちゃんだろ! もう、いろいろと台無しだよ!」
{「はぁ? わけわかんないんだけど…、まぁいいは、後でいいから車に荷物詰め込むの手伝ってくんない? てか、あんたしかいないのよ」}
「いや、俺予定あんだけど…」
{「は? ないでしょ。じゃあ、頼んだから」――ッツ}
「……きられた。」
電話を終わり、空を見るとお腹を押さえて笑っていて、それを見ていると、今の電話なんて、どうでもよくなって…この笑顔をずっと見ていたいと…そう、思った――。
○◎●◎○
そこから、これからどうしようか?と言う話になり、完全にタイミングを失った俺は、うまく花火に誘えないままで、いつ誘おうかと考えていて…すると、空がおもむろに立ち上がり、
「海でもいこっか」
「え?…まあ、そうだな。やることもねぇし、少しあるこうか」
「うん!」
そうして、二人でバス停から裏の浜へと降りる。
「さっき、晴斗とも来たんだよな」
「そうなんだ」
「うん、あ、ほら、そこの足跡! それ、俺らの」
俺が二つ並ぶ足跡を指差して言うと、空は急に駆け出して、先ほど俺達の立っていた辺りまで行き、ゆっくりと歩いて引き返してきた。
「おまえなにやってんの?」
「へへへ、ご覧下さい。これで、3人の足跡」
「はぁ? 意味わかんねぇし」
「えー、なんで? 3人並んでるじゃん!」
「いや、それはわかるけど、わざわざやった理由だよ」
「あー…それは、なんなく…かな?」
「ははは」
「へへへ」
俺達はそんな話をしながら、今度は名前を書いたテトラポットへと向かう。そして、名前を見てから
「良かった…ちゃんとあるね」
と、空は言った。
「そりゃあるだろ。砂に書いたヤツは空が言ったように、波にさらわれたみたいだったけどな」
「そっか」
「ああ」
――ずっと、こんな毎日が続くと、俺は本気で思っていて…
「夏も、もう少しで終わっちゃうねー」
「そうだなー、次は実りの秋か…」
だから、無神経にそんな事を言って…
「そうだね…」
そう呟いた空の表情にも気づけなくて…
もし、花火に誘えなくても…いくらでも、またチャンスが来るだろうって…安心しきっていて…だから、浜で話したあと、わだしょーで飲み物かって、二人で石畳の道を歩いて…夕暮れがやって来ても、"明日"また話せばいいって、そうやって思っていた…。
その夏、空にはもう会えないと言うことも知らずに――。
散歩して、バス停に戻ってきた頃には夕焼けも濃くなっていて、俺は、ふと時間を確認する。
「やっべ! 姉ちゃんにどやされる」
「え? ああ、電話で言ってた…」
「ごめん空、俺姉ちゃんの手伝いしなきゃ」
「そっか…」
俺はバスの時間を確認する。
「まだバスまでは時間あるな」
すると、空が横から時刻表を覗きこむ
「ほんとだね」
「どうしようか? おまえも来るか?」
「え?…ああ、ごめんね。私はいいや、次のバスで帰るし」
「そうか? まじごめんな!」
俺はパチン! と、手を合わせて空へ謝罪する。
「いいよ、仕方ないから」
空がそう言ってくれて、俺は
「マジすまん! んじゃ、またな!」
って家へ帰ろうとすると、急に腕を捕まれる
「おわっ! どうした?空…?」
腕をつかんだまま、空はうつむいていて…少ししたらパッと手を離した。そして、
「この間の仕返しっ!」
と言って笑った。
「ははは、なんだそれ、じゃあまたな」
「うん、バイバイ」――。
○◎●◎○
――私は、私を知っている。
梅雨入りから、御盆の終わりまで…これが、私がこの世界に存在できる時間だ…。
だから私は、去り行く彼に向かって
「バイバイ!」
何度も
「バイバイッ!」
何度も
「バイバイッッ!!」
「ははは、何回バイバイ言うんだよ! またなっ!」
一度、立ち止まり振り替えって手を降る彼に
「違うっ!バイバイッ!!」
って、精一杯そう、伝える。
「はいはい、わかったわかった! バイバイ!」
そう、少しめんどくさそうに手を降って去っていく彼の背中を、一生懸命、目に焼き付ける。
もう、二度と会えないかもしれないから。
――忘れたくないから。
彼の背中が見えなくなったあと、私は私と同じ名前の空を見上げる……。
「ちょっと…うざいって、思われちゃったかな?…」
楽しかった
「だって…晴斗も颯護も早くに帰っちゃうから…」
楽しかったんだ…
「人が消えちゃうって日にかぎって…まったく、もう…!」
暖かい何かが、私の頬をなぞる…
その何かは、ポタポタと…砂とアスファルトを濡らしていく
「あぁ~…ダメだなっ、私っ…!」
指、掌、手の甲、腕、何度ぬぐっても、ぬぐっても…
それは止まることを知らない。
――久しぶりに会話をした。
久しぶりに楽しく笑った
「……っふ…う…ううっ…」
あの二人に出会えて良かった
「ううっ…うっ…」
忘れちゃったりしないかな?
「っふ…! うっ…ぐすっ…ううっ…」
ちゃんと、覚えていてくれるかな?
「っく…ううっ…うっ…じ…自転車じゃ…じゃんけん…たのっ…うっ…楽しかった…なぁ…」
沢山笑った。
「魚も…っ! お…おいしかった…うっ、うっ…」
沢山楽しかった
「なんでっ…! 私っ……」
私の事なんて知らないで、夕暮れはやってくる――。
「うっ、ううっ……きっ…消えたくっ…ないなぁ…!…ううっ…」
――嗚呼、神様…どうかお願いします。
あの、優しく楽しい二人が…
どうか、これから先も、ずっと、ずっと……
幸せに笑って生きていけますように――。
「ぐすっ…はぁ~…」
私は深呼吸をして、海に飲み込まれていく美しい夕日を見ながら、最後に、一言だけ呟く。
「颯護…晴斗………ありがとう…」
そうして、日暮れと共に…私の体と意識は、この世界からフェードアウトするように…
消える――――。
―――カシャッ
"その夏、キーホルダーは、バス停に落ちる。"
こうして、霞野 空の"5度目の夏"は、終わった――。
【その『夏』は、やたらとしんどくて――。】
次回
『転校と神隠し』
またみてね❗(o・ω・o)きゅぴーん✨