第6話 ぬいぐるみと迎え火
【5を1】 ●◎○
「ただいま~」
ガラガラ…と、俺は自宅の戸を開く。
「お、おじゃましま~す…」
「あ、颯護やっと帰って来た! アンタ朝、おじいちゃんの牛乳とるの忘れたでしょ!」
と言いながら、うちの母親が居間から出てきてくる。
「もう、夏なんだから朝起きたら入れてっ…て言って…る…の…に…………っ!?」
そして、空を見て
「お、お…お、おじいちゃんっ!! 颯護が彼女連れてきたあああっ!!」
「なっ!!? は?! ちがっ! この子は友…」
と、そこまで言って、
(彼女と言った方がいいのか?いや、そうなったらうれしい気もするけど…。ってか空が嫌がるんじゃないか…? それはそれで凹むな…)
とか、いろんな、事が頭を駆け巡る…すると、空が
「ははは、私なんかが彼女でいいの?」
と、ふざけて笑う。だから、俺も
「お、おまえはそれでいいのかよ…」
と、口を少しだけ尖らせて言ってみる。
「私…? 私は…」
空がそこまで言うと居間からじいちゃんが出てきて
「おー、よぉきた、よぉきた! あがりなさい。素麺茹でたで一緒に食べよう!」
と言ってきた。
「いや、いきなり素麺て…」
「わっ!? ほんとですか! いただきます!」
「食うんかい…」
「え? ダメだった? 朝から食べてないからお腹すいちゃった、へへへ」
「いや、別に良いけどさ…ま、上がろうぜ」
「うん!」
それから、居間にて、俺、空、母さん、じいちゃんでテーブルを囲み素麺を食べる。縁側の風鈴が凛々と風に揺れ、扇風機は回り、じいちゃんの見ているやけにボリュームのデカい高校野球の実況が、俺達の耳に夏を届ける。
すると、家のテレビの横に置いてある猫のぬいぐるみを見つけた空が、
「あ…、あのぬいぐるみって…?」
と、気になる様子で、 母さんに聞く。
「ああ、あれはね、昔流行ったでしょ? なんか喋って、それを録音させたら、喋るぬいぐるみ! 4~5年前かしら? 菜々花の誕生日のときに買ってあげたんだけど…あ、菜々花は颯護のお姉ちゃんね」
「へぇ…颯護お姉ちゃんいたんですね! あ、そう言えば前になんかそんな話を晴斗としてました! お姉ちゃんがどうのって」
「あら、そうなの?… 颯護、そのぬいぐるみまだ喋るかしら? 電池いれてみたら?」
「え? う~ん…わかった」
俺は電池を引き出しから出して、ぬいぐるみを拾い上げ、手早く電池をいれる。
「どうした? ぬいぐるみ、気になったのか?」
「え?…うん、ちょっと昔ほしくて…」
「へぇ…」
俺はスイッチをONにする。そして、空に渡す。すると
『我輩は犬である。』
「わっ!? 喋った!」
「ははは、昔録音したヤツそのまま残ってたんだな。つか、おまえは猫だろ」
とツッコんで、俺はそのまま続けて、空にぬいぐるみの説明をする。
「スイッチの横に小さな赤いボタンあるだろ?それが録音だから、それ押して録音して、終わったらもう一回押すと終わりな、やってみ」
すると空は、ぬいぐるみの録音ボタンを押して、録音を始める。
「『私の名前は霞野 空です。今日は颯護のお家に遊びに来ました。おじいちゃんとお母さんが素麺を茹でてくれて、みんなで食べました!、とてもおいしかったです。』…っし」
録音を終えた空は、
「これでいいのかな? これ、再生はどうするの?」
「ああ、再生はな…」
俺はぬいぐるみの頭を押して、軽く撫でる。すると――
『私の名前は霞野 空です。今日は颯護のお家に遊びに来ました。おじいちゃんとお母さんが素麺を茹でてくれて、みんなで食べました!、とてもおいしかったです。』
「おおっ!」
驚く空を見て、母さんは
「ふふふ、まだ録音も使えたのねぇ…」
と言う、俺は席に戻りながら
「本当、もう何年も使ってなかったもんな」
「そうなんだ…何年も…」
ぬいぐるみを見つめて、そんなことを空は呟く。
「どうした?」
「へ?! な、なんでもないよ!」
「そうか?」
それから、俺と空はゲームをしたり適当に喋ったり、じいちゃんの趣味の庭いじりを手伝ったりして過ごした――。
「また来なさいね、空ちゃん」
「またおいで、空ちゃん」
と、二人に見送られ空は
「へへへ…また来たいです!」
と、笑顔でそう言って
「いつでもいらっしゃい」
と、母さんは言った。
○◎●◎○
夕空が、茜色に辺りを染めはじめた頃、私は颯護とバス停まで歩く。ヒグラシが鳴き、歩く度に揺れる髪が、風と共に頬を撫でて、半歩先を歩く颯護を見ていると、
「なあ、空…」
颯護が話しかけてくる。
「ん?どうしたの?」
「いや、もう夏だし…進路とかどうすんのかなって」
「ははは、それ、夏関係なくない?」
「まあ確かに…で、どうすんだよ?やっぱ進学か?」
私は戸惑う…。
「私…私は…」
私が返事に困っていると、颯護は
「てか、空って将来なんになりたいの?」
なんて、子供みたいな質問をしてくる。答えに困った私は、
「決めてないなぁ…未来とか明日って…望んでなくても来ちゃうから、何て言うか、抗いたいっ!…みたいな?…よく、わかんないけど、なんか、こう…」
「なるほど……ようするに、なんも考えてないってことな」
「へへへ…まぁ、そう言うことですです」
「なんで"です"2回言ったんだよ、ははは」
「ははは…わかんない」
――本当は、ずっと子供の頃から、将来なりたいものと言うか…憧れた物は確かにあった。今となっては、もう…それも叶うことはない。
私は、たぶん、死んでいるのだから…。
颯護のする未来の明るい話が羨ましくって、悔しくって…私は、ちょっと意地悪な話を颯護にする。
「ねえ、颯護…前にした私の質問覚えてる?」
私の質問に、少し考えて
「なんだよ…あの、死んだらーとかって話か?」
「そう、あの時の答え聞いてなかったなって」
「はぁ~…それ、答えいるか?」
ため息をはいて、颯護は嫌そうな顔をする。
(ちょっと、意地悪しすぎただろうか…?)
すると、颯護は
「死んだらってのは、前にも言ったけど、単純に嫌だな。そんで、死んでたらってヤツは…、最初は死ぬ気で蘇生してやろうとか、そんな事も考えたんだけど…たぶん、無理だから…素直にどうしたらおまえが喜ぶか考えるかな…? 例えば、墓参りとか?」
颯護がそう言った瞬間、煙の香りがして…周りを改めて見ると、海沿いの民家は、自宅の門の前の桃燈をつけ、庭や門前で、迎え火を焚きはじめていて…それを眺めながら、
「颯護…人って、いつ死ぬかしってる…?」
「どうした?またその手の質問かよ…おまえなんか、ちょっと変だぞ?」
分かってる…。でも、きっと私は…あと少ししか世界にいられないから――。
○◎●◎○
茜色から、薄い紫に辺りの色が変わる頃、あと少しでバス停につくと言う時に、空がまた変な質問をしてくる。
「颯護…人って、いつ死ぬかしってる…?」
「どうした?またその手の質問かよ…おまえなんか、ちょっと変だぞ?」
「へへへ、そうかも。でも、これで最後だから…」
「……命が、尽きたりしたら…とか?」
自分でいってて、正直恥ずかしい…。が、何故空がそんな話をするのか、俺には皆目検討もつかなくて…、
「うん、そうだよね…でも私は、きっと一番は…"忘れられちゃう時"なんだって…そう、思うんだ…」
そう言った空は、何処か遠くを見ていて、このままにしておいたら、鮮やかな夕凪に、そのまま拐われてしまいそうで…消えちゃいそうで…
「颯護、私の事、忘れないでね?」
そう言って、振り返った彼女の目尻には涙が光っていて…だから、とっさに俺は空の腕をつかみ、驚く彼女を真っ直ぐに見て――
「忘れるもんか!」
って、そう言ったんだ。
「バイバイ!」
空は、何度も…
「バイバイッッ!!」
何度も…
「わかったからっ!何回バイバイ言うんだよ、ははは!またなっ!」
「違うっ!バイバイッッ!!」
何度も…大きな声でそう言った――。
次回
『送り火とさようなら』
またみてね❗(o・ω・o)きゅぴーん✨