第4話 釣りと夕暮れ
【5を5】 ●◎○
「釣りに行こうぜっ!!」
晴斗が急に言い出す。
「やだよ熱いし…みんなでゴロゴロしてようぜ…てか空、頭重い」
俺は無許可で人の太ももを枕がわりにして漫画を読む空に退くように言う。
「えー…だって枕に丁度いいんだもん…あと三時間半」
「長っ!ネカフェか。なに延長しようとしてんだよ」
「どっちかって言うと、カラオケっぽくない?」
と、退く気ゼロな空が返す。すると晴斗が
「いやもう、どっちでもいいよっ!!子供は風の子!お外行こう!」
「「えぇ~…!」」
――っピ。
「ああああっ!こいつクーラー切りやがった!」
俺は横にしていた体を起こす。つられて空も起きて
「晴斗の鬼っ!悪魔っ!たっ…縦穴式住居ッ!」
「「縦穴式住居っ!?」」
俺と晴斗は急に飛び出した単語に思わず声が重なる。
「颯護…なんだろう…?俺、すげぇ凹むんだけど…」
「いや大丈夫だからっ! 別に悪いこと言われてないからッ!」
「晴斗なんて縦穴式住居だよっ!シャチホコッ!」
「「シャチホコッ?!」」
○◎●◎○
そんなこんなあって…、俺達は海にやって来る。夏休みにも入り、とりあえず溜まり場へ集合して、3人でだらだらしたり、どっか行ったり、そう言ったものが当たり前になっていた。
俺は防波堤にごろん、と転がり、青い空を眺める。顔を少し町の方へ向けると、鳶が山の上をぐるぐるとまわっていて、海の方へ向けると、何処までも続く地平線と入道雲が見えなくなるところで重なって…
「のどかだなぁ…」
俺がそう呟くと、隣に座っていた空が、
「ふふふ、どうしたの急に」
と言った。
「いやさ、世界じゃ今頃どんぱち戦ってる人とかさ、今まさに男女間の修羅場! みたいな状態の人たちもいるわけじゃん?」
「そうだねぇ~…確かに、そう考えると平和だね」
「だろ?正直信じられないよなぁ…世界の裏側ではそんな事がおこってたりするかもしれないって…言われても実感とかわかねぇは…」
今感じて、今目の前で起きていて、今ここにいる人達が自分の全てで、かけがえのないモノだ。この海も、あの雲も、鳶も、緑も、人も…今横で俺を覗きこんでいる…"空"も…
「俺はこれだけあれば充分だなぁ…」
「なになに?どうしたの颯護?なんかセンチメンタルじゃない?」
「そう言うお年頃なの!」
と、俺は空の顔を見るのがちょっと恥ずかしくなり体を起こすと、防波堤の先で竿をたらしていた晴斗がやって来た。
「だぁめだっ! 全然釣れねぇは、颯護、俺飲み物買ってくるからさ、竿見といてくんない?」
「じゃあ、俺コーラ」
「あ、私お茶!」
「おまえらなぁ…ったく、いいよ。奢ってやるよ」
「マジ!?やったぜ!だから俺、晴斗好きなんだよっ!」
「ラッキー!ありがとう、晴斗!」
「この間さ、親父の畑仕事手伝ったから、ちょっとリッチなんだよな俺」
「マジか、アイスもよろしくお願いします」
「私も!」
「おまえら…調子に乗りすぎ」
「「さーせん」」
そんな会話をして、晴斗は一度その場を離れる。俺は体を起こして竿の方へ行く。後ろを空がついてきて、二人で竿の先を眺める。
「釣れないねぇ…」
「こりゃ、今日はダメかもな。」
晴斗が離れて、しばらく竿を見ているがピクリともしない。
「餌ついてないんじゃねぇの…?」
俺が竿をもち、糸を巻き取っていると…空が、
「ねぇ、颯護…変なこと聞いていい…?」
「なんだぁ?また心理テストか…?」
「うん…そんなとこ…」
俺は糸を巻き取りながら空の話に耳を傾ける。
「もしね?もしも…私が死んだら…どうする…?」
俺は糸巻いていた手を止める、そして空の方を向いて
「はぁ…?」
「いや、どうするかなって…」
「いや、急にそんな事言われてもなぁ…?空が、死んだら…」
俺は少し考えて答える。
「嫌だな。」
「へ?」
俺の回答に空は、変な声で聞き返す。
「ははは! 今の声どっからでたんだよ!」
「は…はは、だ、だって、颯護が変なこと言うから」
「はぁ?俺のせいかよ、だって…普通に嫌だろ…」
「そっか…ふふふ、じゃあ、もう1つだけ…」
「なんだよ、まだあんの…? 」
「うん、もしも…私が…既に死んでたら…どうする?」
「え…?なにそれこわ…」
と、グンッ!と急に竿がしなる。
「うわっ!急に来たっ!空っ!網準備しといてっ!こいつは…でかいぞっ!」
「た…タモって何っ?!」
「タモって、あの! 網っ! 網持ってきてッ!」
「わ、わかったッ!」
何故、空がそんなことを聞いたのか俺にはわからない…。でも、きっと、俺はそれを聞いたらダメな気もして…空気を読んだのか、読んでいないのか…魚がかかり、少しホッとしたような気がした――。
バシャバシャと魚は水面まで上がってきて、
「うわっ、でかっ!」
「スゴいスゴい! こ、こう?」
空が慌てて網を近づける。しかし空が俺の真横に来るもんだから、肌に触れそうになって、俺は距離をとろうと、ちょっと離れる。
「空、ちかっ!」
「え?!なに!」
急に振り向く空の顔が目の前にあって、一瞬時間が止まる。バカみたいに心臓が脈打って、これはデカい魚のせいと、三回唱える…。と、そこに晴斗が戻ってきて、
「おっ!かかってんじゃん!二人ともグッジョブ!空、代われ!魚拾ってやるから!」
空と代わり、晴斗は網に魚をいれてもちあげる。
俺は空と離れ魚に集中する。そして――
「「でっけぇぇええええ!!」」
「うわぁ…! おっきぃねぇ…!」
その魚は、クロダイと言う魚で、俗に言うチヌと言うヤツだった。
「っしゃああ! 帰ったら俺捌くはっ! 二人とも今日、晩飯、家で食ってけよ!」
テンションの高い晴斗の誘いに俺は即答する。
「あたりまえだろっ! 相棒! 超久しぶりじゃんチヌとか!しかもこのサイズだぜ!? 俺らの中では歴代一位のデカさじゃねぇの!?空、コイツ超うまいんだぜ? おまえももちろん食うよな?」
興奮したまま俺は空を誘い直す。だが、空は…
「そうなんだ?…ははは…でも、う~ん…その、本当においしそうだし、行きたいんだけど…ごめん、行けないや…」
すると晴斗が
「はぁ!? なんでだよ! あ! 親とか?門限…?」
「えっと…そんなとこかな…?…へへへ…」
と、空はばつが悪そうに笑う。
「そっかー…じゃあ仕方ねぇな…晴斗」
俺が声かけると、晴斗は
「おう、半分残しとくから、次来たときに出してやるよ!冷蔵しとけば1日くらい持つだろ」
「だなっ!」
そう言うと、空は
「本当に?!やった!ありがとう!かならず、明日も行くからねっ!」
「あたりまえだろっ!刺身にして待ってるから!な、颯護!」
「おう、まあ捌くの晴斗だけどな」
こうして、釣りを終えた俺達は一度溜まり場へと戻る。魚を冷蔵庫に直して、俺と晴斗は空をいつものバス停まで送ることにする。日はだんだんと海に向かっていて、雲は青から茜色にお色直しを、蜻蛉は金色に光ながら宙を舞う。
「なぁ…そういやさ、空っていつもバスで帰ってんだよな?」
俺がそう聞くと、空は
「そうだねぇ…」
と、考え事でもしているのか、心ここにあらずな感じで答える。そして、何時もの石畳を越えて、海に辿り着く。すると、晴斗が
「ちょっとさ、浜行こうぜ!」
と言い出し、すぐに駆け出した。
「おい、待てよ!」
「わっ!待って待って!」
と、俺と空も晴斗を追いかける。浜に降りて、3人で夕日を眺める。すると、晴斗が砂に落書きをして
俺たち三人の名前を書く、すると空が急に俺と晴斗を呼び、テトラポットの方へと連れてくる。そして、いつ拾ったのか、空は持っていた軽石でテトラポットに
黒滝 そうご
霞野 空
朝井 晴斗
と、名前を書いた。
「ははは、なんでおまえも書いてんだよ…って、俺の名前ひらがなじゃん!」
「うわ、マジだ。はははウケる!颯護の字、難しいもんな!」
「へへへ、うん…それに…砂に書いた文字はすぐに消えちゃうから…」
「なにそれ切ないっ!」
「いや、霞野もだいぶ難しくないか?」
そんな話をしていると、空が夕暮れを見て
「また、明日も遊ぼうね!」
と言った。
「当たり前だろ!じゃなきゃ魚食えないだろ!」
そう、晴斗が言う。俺も
「そうだよ! せっかく釣ったんだ、明日も待ってるぞ!」
そう言って…、それからバス停へと向かい、バスが来るまで待つと言う俺達を、頑なに拒否する空に根負けし、俺たちは先に撤収することにする。
「また明日な!空!」
「またなー!空!」
俺と晴斗がそう言うと、空はニコニコとして、いつも通り
「うん、颯護、晴斗、またネ!」
と言って、大きく手を振った――。
溜まり場に戻る途中、俺はふと…なんとなく、今日空にされた質問を思いだし、ちょっと考えてみる…あの時はなんとなく嫌な気がしたし、魚もかかったから、うまく考えられなかったが…
『もしも…私が…既に死んでたら…どうする…?』
か…マジで、なんであんな質問したんだアイツ…?だけどまぁ、今の俺ならたぶん、ふざけてこう言っただろう。
『死ぬ気で、蘇生させる。』と。
俺は晴斗のバイト先であるラーメン屋に来ていた。
「ねぇねぇ、家の弟の浮いた話しとかない?」
「颯護、俺は常に、強い者の味方だ…わすれたのか?」
(このやろおおおおっ!何故姉と言う生き物はこうも理不尽なんだ!)
――「おまえ、"空"の事好きだろ?」
次回
『ラーメンと恋心』
またみてね❗(o・ω・o)きゅぴーん✨