Another sight:スズラン―『再び幸せが訪れる』
左手から伝わる智恵の温もりは、いつもよりも弱い。私の体が、熱を帯びているせい。屋内にいても伝わる何もかもを焦がすような日差しのせいでもなく、……私の隣の、陽だまりのような彼女のせい。
これからだって、私とデートしたいなんて、言われたようなもの、なんだよな。私が、自惚れてなければ。
「なあ、智恵、……私、全然服買わないんだけど」
「大丈夫ですよ、私も選びますし、……今日のだって、よく似あってますよ?」
智恵と恋人になるまでに、最後に服を選んだのなんていつだっただろう。「あのとき」から、服になんて無頓着だったし、適当に安い寝間着と下着で済ませてたから、もう、覚えてない。
あのことも、言わなきゃいけないよな。思い出すことすらためらうけれど、それでも、きっと言わなければならないこと。
「そうか、でも、今日は智恵に任せようかな、……服のことなら、私より詳しそうだし」
「えっ、いいんですか!?」
驚いたように、でも声を弾ませて喜ぶ顔が、なんだか新鮮だ。あんなに真面目なのに、こんな顔するんだなって。知らないことを知っていく度に、二人の距離が、縮まっていくような。もっと、智恵のこと知りたい。そうしたら、私も、もっと……、なんて、同じことは、向こうだって考えているはずだ。私よりずっと、恋を知っているはずだから、なおさら。
「ああ、頼む、……服なんて、最低限の物くらいしか買ったことないから」
「そうですか……、じゃあ、近くのショッピングモールで一通り揃えちゃいましょうか」
「そ、……そうか」
今度は、智恵が先に歩く。なんだかスキップでもするんじゃないかってくらいに上機嫌で、私まで頬が緩みそうになる。
「もうお昼近いですね、着いたら、先にご飯にしましょうか」
「そうするか、私も、少しお腹空いたな」
「それなら、なおさらですね」
水族館の売店にも目をくれず、まっすぐ外に歩く。できるなら服を買う分も取っておきたいし、別に何かなくたって、思い出は、心の中にいつまでも残るから。同じことを考えてるかまでは、分からないけれど。
もう、智恵に心を溶かされてるんだな、私は。雰囲気が柔らかくなったと言われたり、生徒たちに話しかけられることも増えたりして、……それだけ、誰かを、世界を好きになれたということ。私が変われたのは、周りすら覆い隠す闇にいた私に差し伸べられた手のおかげで、……その手は、今も私と繋がっている。
そのまま、どこかに連れて行って、私を覆い隠してた暗幕がはがれるまで。……あなたに、私の全てを預けるから。




