カスミソウ―『清らかな恋』
一通り水族館を回るのには、そんなに時間はかからなかった。時計を見ても、まだお昼前。
「せっかくだし、もうちょっと一緒に……、デート、しませんか?」
「そうだな、……このまま帰るのは、ちょっともったいないもんな」
邑先生が、そうやって私と一緒に居たがってるってわかる度に、胸の奥がきゅんってする。
ふと、邑先生の服に違和感を覚える。羽織ってるカーディガンから、かすかに見える白いタグ。
「あの……、邑さん、カーディガンのとこ、まだタグつけたままですよ?」
「そ、そうか……?ありがと」
そう言って、ぷちりとタグをつけてるひもをちぎる。ついてたタグもその手の中にもう収まっていて、いぶかしげにそれをポケットにしまう。
「もしかして、……今日のために買ってきたんですか?」
「まあな、その……私服とか持ってなかったから」
「え、ええっ!?」
私服で来てほしいと言ったとき、ちょっと戸惑ってたのは、このせいだったのだろうか。だとしたら、悪いことをしてしまったかもしれない。
「その、……わざわざ服買わせてすみません……」
「別にいい、……」
何かをぶつぶつとつぶやく声は、周りのざわめきのせいで聞こえない。もしかしたら、……暗い言葉が、私の中にいくつもいくつも生まれて。
「……つなぎ着たままデートとかしたら、智恵だって嫌だろ? だって、私服で来てって言われてたのにさ」
「そ、そんなこと……っ! だって、邑さんとデートできるだけで、嬉しいですよっ!」
でも、言われたのは、浮かべた言葉とは全然違う言葉。虚をつかれて、知らぬ間に顔が火照る。
「それに、ただのわがままなのに、応えてくれたし、すっごくかっこいいですし……」
「もういい、……それより、どこ行くか?」
話を急に遮られて、口が止まる。ちょっとはむっとしたけれど、ほんのり、邑先生の顔が赤くなってるのが見えて、その気持ちも一瞬で吹き飛ぶ。
邑先生ってば、ちょっと照れちゃってるんだ。らしくないって一言で言えばそれだけだけれど、……そんな姿が、かわいくてしょうがない。
「それなら、邑さんの服買いませんか?」
「どうしてだ?」
そんなの、決まってる。邑先生と、いっぱい、いつでも、デートしたい。そうなると、今着てる服だけでというわけにもいかないはずだ。それに、他の人が知らない邑先生のこと、知りたいって思ってしまう。
「だって、これからもデートするとき、ずっと一緒の服って訳にもいかないじゃないですか……」
「……そういうことか、それじゃあ、わかった、行くか」
そう言って、また手を繋ぎなおしてくれる。その手の温もりは、いつもよりもずっと優しいような気がした。




