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サボテン―『燃える心』

しっちぃ比でめちゃくちゃ長いです。

「それじゃあ、確認お願いします」


 もうすぐに迫った林間・臨海学校の準備もしなきゃいけないし、去年、姫奏先輩曰く「教育上よろしくない」ものを発表した団体があったとかで、今年から文化祭の作品を生徒会でチェックしなきゃいけなくなった。

 そのせいで、去年の今頃よりずっと忙しくなった。クラスの分は夏休みに入る前に済ませたけど、部活動の作品のチェックも大変だ。今は、漫研のものをやっているのだけど。――促しても、誰も開けようとしない。何しろ、表紙からは何か不穏なものを察してしまうから、仕方ないのかもしれない。二人の女の子が激しいダンスをしているのか、ふりふりのミニスカートは下着を隠すという目的を忘れたんじゃないかってくらい高く跳ねあげさせている。絵が上手いのは分かるけど、こんなの去年までみたいにチェックがなくても眉をひそめられそうな気がする。

 ええい、ままよと表紙をめくる。目次を見るに、部員みんなで作った部誌らしいけど、なんでこれを誰も止めなかったのだろうか。なんて疑念が湧く。

 ページをめくると、絵も綺麗だし、なんていうか、自然と読む手が進む。でも、あるシーンで、不意に手が止まる。

 ……女の子と女の子が、キスしてる。それだけでも、私を動揺させるのに十分なのに、見覚えあると思ったら、片っぽ、邑先生にそっくりなんだ。囁いてる甘い言葉が、私の前で邑先生がそう言ってるように錯覚してしまう。

 もう駄目、顔がどうしようもなく熱くなって、にやけるのをこらえるので必死で。

 到底文化祭に載せていいとは思えないものだって分かってるのに、好奇心に突き動かされて進む手が止まらない。その先も全部、女性同士でそういう恋人らしいことをするのばっかりで、全部、私と邑先生に変換されそうになって、慌てて止める。


「どうしたの智恵、司会変わろっか?」

「お、お願いします……」


 なんで姫奏先輩は何ともないんだろう、そんなのが不思議なくらい。周りを見ても、みんな俯いてしまってるまま。何事もないようにいられてるのは、姫奏先輩以外ではマノン先輩しかいなかった。……やっぱり、敵わないな、この二人には。


「それじゃあ採決を採ります」


 その声で、ぴいんと引き締まる空気に、はっとして顔を上げる、満場一致でダメということになり、みんなの精神的疲労が大変そうだからと今日はここでおしまいになった。


「大丈夫、みんな?私お茶入れてくるから」

「すいません、助かります……」


 冷蔵庫に入れてあるお茶を入れてくれる姫奏先輩、そういうとこも、みんなから慕われてる理由なんだろうな。


「マノン先輩、確か漫研の子と仲良かったですよね?」

「うん、せやけど……」

「ごめんなさい、ちょっと言ってきてくれませんか?連絡先知らなくて、みんなと一緒で私もちょっと……」

「そういうことなら任しとき、ほな行ってくるわ」


 ぱたぱたと足音を残して、どこかに行ってしまうその姿を、見送ることしかできない。まだ、あの本を見たせいで出た熱が収まってないから。


「はい、今日はお疲れ様」

「ありがとうございます、頂きます」


 そんなやり取りが姫奏先輩を除いた生徒会役員全員分の数だけ響いて、私ももらったお茶を一気に飲む。あの熱を冷ましたくて、それでもまだ冷めてくれない。邑先生とキスしてるとこ想像しちゃうし、初めてしたときのことも思い出して、あの時のドキドキが、唇の感触が、今も胸に焼きついて離れない記憶に、また胸を溶かされてく。

 さっきの部誌は、もうとっくに回収されていた。そのことにはちょっとほっとする。あの表紙だけで、心臓が飛び上がりそうだったから


「ただいまー、ちゃんと言うてきたで」

「あ、おかえりなさい、ありがとうございます」

「ええって、……あ、姫ちゃん、うちにもお茶ちょうだい」

「あらマノン、意外と早かったわね、すぐ淹れるから」


 淹れられたお茶を一気に飲み干して、ぷはぁ、と大きく息をつく先輩。


「みんな疲れたでしょうし、そろそろ終わりにしましょっか」

「それもいいと思うわね、引っかかるかもしれない部活はあらかた済ませたし」

「それじゃあ、今日はお疲れさまでした」

「「お疲れさまです」」


 それと一緒に、みんな生気を抜かれたように歩く。あの本に、みんな精神を削られてしまったらしい。

 先輩たちと三人になって、あの本のせいか気まずい雰囲気が流れる。


「すいません、わざわざ、ジュース買ってきますか?」

「ええって、そんなん、……それにしても、いきなりあんなもん出されたら災難やなぁ」

「うう、そうですね……、なんで先輩たちは平気だったんですか?」

「経験の差、とかじゃないかしら?去年、あれくらいすごいのが文化祭であったし」


 私は基本的に本部にいたからその時はよくわからないけど、去年にそんなものがあったらさすがに事前のチェックもしたくなるものだ。


「それじゃ、また明日ね」

「お疲れ様です、先輩」

「智恵ちゃんもお疲れな~」


 先輩たちとも分かれ、職員室に鍵を返しにいく、外よりはましだけど、廊下は生ぬるい空気が充満している。

 ぽつんと、寮に戻る道を歩いていると、誰もいないはずの廊下から、見知った姿を見つける。その瞬間、顔がいきなり熱くなる。


「どうした江川、顔赤いぞ」

「ゆ、ゆゆ邑先生!?」 

「どうした、暑さにでもやられたか?」


 暑さじゃなくて、やられたのは邑先生にです。そんな事を言ったら、何より私が恥ずかしくてどうにかなっちゃいそう。


「まあいい、私の部屋来い」

「あ、ありがとうございます……」


 強引に手を引っ張られて、邑先生の部屋に連れていかれる。心配してくれてるのは分かるけど、手を繋がれて、余計に頬の熱がもっと高くなる。


「生徒会だもんな、だが、根は詰めすぎるなよ」

「そうですね、ありがとうございます……」


 部屋に入れると、頭をぽんぽんと撫でてくれる。その優しさは、いつもと変わらない。

 ちょっとしかエアコンなんて付けない邑先生が、温度を下げてくれてるのもわかる。その優しさに、心の熱は、余計に上がっちゃいそう。


「とりあえず、お茶入れるから座ってくれ」

「あ、はい……」


 手のひらより熱くなってるほっぺを抑えて、うつむいて椅子に座る。

 二個入れたコップに、冷蔵庫から出した麦茶を入れて、私の前に置いてくれる。もう一個を、その隣に置いて、その前に邑先生が座る。座るとこなんてどこでもいいはずなのに、わざわざ隣に座ってくれる意味を考えて、頭から煙が出そうになる。


「あれ?……さっきより熱くなってないか?」


 おでこに手を当てられて、私の熱は余計に上がる。

 私が邑先生のこと好きなのも知ってるはずなのに、恋人になってるのに。こんなこと、簡単にしてくるからずるい。


「……邑先生の、せいですよ」

「ん、……どういうことだ?」

「そんなに優しくされたら、……もっと好きになっちゃいます」


 とっくに顔赤くなってるから、恥ずかしいこと言ったってこれ以上は赤くならないよね。


「嫌、……だったか?」


 不安げに見つめる顔。私が邑先生のこと、嫌いになるはずないのに。……でも、こうやって言葉の一つ一つで心が動かされちゃうのは、私もおんなじ。


「そんなことないです、……ずっと、好きですから」

「そうか」


 軽く抱き寄せてくれる、邑先生の手に導かれて、体が近づく。顔が、触れ合いそうなくらいに。

 背中に手を回して抱き返すと、顔が緩んだのが見える。その笑顔は、心からの笑顔だってわかる。

 でも、……顔、近いよ、先生。してほしいこと、言葉より先に体で求めてしまう。

 目を閉じて、唇をすぼませて、……それだけで、意味は分かってくれるかな。


「こ、こう、……か?」


 眼鏡を外される感覚と、その一瞬後に唇に伝わった、邑先生の唇の柔らかい感触。

 一瞬で離されて、見つめ合う瞳に、吸い込まれそうになる。


「はい、……すっごく、嬉しいです」

「それなら、……よかった」


 ぽんぽん、と頭を撫でてくれる邑先生。

 まだ、手探りなんだろうけど、……ちょっとずつ、邑先生が私との距離を近づけてくれる。

 そのことが、すっごく嬉しくて、幸せで。

 私も、もっと邑先生に近づけさせて。抱き寄せた腕をもっときつくしても、邑先生は撫でる手を止めないでいてくれた。

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