ベニバナ―『特別なひと』
自然とつないでくれた、邑先生の手。
相変わらず涼しい顔だけど、そんなことをしたがる人じゃないから、……私といられるの、嬉しいのかな。
チケットを払う順番になって、自然と手が離れる、私が財布を出そうとした手を止めて、二人分のチケットのお金を出す邑先生に、逆に私が戸惑う。
「あ、あの、私の分くらい払いますよ!」
「今日は奢らせてくれ、……私がこうやっていられるのは、智恵のおかげなんだから」
そんな言い方、ずるいよ。キュンって、胸が高鳴っちゃうせいで、断れなくなっちゃうから。
「ほら、行くぞ?」
混乱してる間に、私の分のチケットを渡される。あっけに取られてる私を、優しくせかす声に、高鳴る心臓が、さらに早さを増していく。
「は、はいっ」
「今日は、なんかいつもと違うな」
「そ、そんなにですか……?」
「なんていうか、……かわいいな」
いきなりそんなことを言われたせいで、顔から、火が出たんじゃないかってくらい熱くなる。そんなこと、簡単に言うなんて、ずるいですよ。
「だって、……邑さんとデートしてるんですから」
「……それもそうだな」
そう言って、くすりと笑う邑先生に、クラっとする。普段は表情なんて全然わからないのに、こういう時だけ見せてくれる笑顔だから。
自然と手を繋がれて、また体が跳ねそうになる。
「暗いから、はぐれたら大変だろ?」
「……そうですね」
言い訳みたいにささやかれた言葉。そんな理由なんてなくても、邑先生と手を繋いでたいのに。
「でも、……ずっと握っててください、デートしてるときは」
「……わかった」
ぽんぽんって、頭を撫でてくれる手の温もりは、いつも優しいのに、今日はもっと優しい気がする。
「ふふ、……智恵からそんなこと言ってくれるなんて、思わなかった」
「もう、どういう意味ですか?」
「普段大人しいから、そんなに甘えてこないだろ?だから、それが珍しいなって」
二人きりのときは、けっこう甘えてるつもりだったのにな。ドキドキしすぎてそれどころじゃなくなるときもあるけど、私だっていっぱい甘えたいのに。
「甘えられるの、嫌でしたか?」
「そんなわけないだろ、全く……嬉しくないわけない」
ちょっとだけ拗ね気味になった言葉を、邑先生は優しく受け止めてくれる。
恋なんて知らなかったはずなのに、なんでこんなに簡単に私の心をくすぐってくるんだろう。
「もう、邑さんってば……」
好き。もっと、甘えさせて。
軽く身を寄せて、腕と腕がくっつきあう。素肌が触れ合って、鼓動がもっと高鳴って。
邑先生は、優しく笑う声を漏らしていた。普段、全然笑ってなんかいないのに。