クチナシ―『私は幸せ者』
水族館に着くまでの時間は思ったよりもずっと濃く過ぎて、思ったより長い。
まだ残ってる時間、もっと邑先生のこと知れる時間にしたい。
「そういえば、……邑さんは、何で私のこと好きになったんですか?」
「うーん……」
珍しく、言葉を詰まらせる邑先生。
「初めて会った時、かな。……意識しだしたのは」
「そ、そうなんですか!?」
「まあな、……あの時から、不思議な気持ちが芽生えてたんだ、智恵のこと見ると」
その気持ちは分かる、それと同じタイミングで、私は邑先生に恋をし始めたから。
「智恵といると、胸があったかくなったんだ、心の奥にあった、私も忘れてた光が帰ってきたような気がしたんだ」
「そのとき、……『好き』ってわかったんですか?」
「いや、まだだ。そのときはまだ、恋とか愛なんてものが信じられなかったからな、……智恵が私に告白してきたとき、ようやくわかったんだ、……あったかい気持ちに」
邑先生が、恋に気づいたのは、意外にもずっと最近で。
こんなふうに恋人を変えられたのは、私だったんだって、心の奥に淡い光が出たような気がする。
「恋も愛も、確かにここにあったんだって、……教えてくれたのは、智恵なんだから」
「そんなことないです、だって、それに気づけたのは邑さんですから」
「いや、そんなことない。……私は、智恵に恋してたのに、気づけなかったんだから、……私一人じゃ」
「でも、……その気持ちを信じたいって踏み出せたのは、邑さんの力ですから」
「……ありがとな」
繋いでないほうの手で、頭を軽く撫でてくれる。初めて逢ったあのときから変わらないぬくもりは、なんだろう。
「邑さんって、……いつも頭撫でてくれますよね、何でですか?」
「さあな、……でも初めてそうしたとき、何かくすぐったかったんだ。……もしかして、嫌だったか」
「そんなことないです、……嬉しいです」
「……そうか」
もう一度、ぽんぽん、と髪に感じる温もり。いきなりだったせいで、胸の奥の高鳴りが余計に増していく。ただでさえ、邑先生とデートしてて、手をつないでるような状況なで。
これじゃあ、心臓がいくらあっても足りなさそう。ドキドキしすぎて。
「もうそろそろみたいですね」
「案外、早かったな」
「ずっと話してたら、時間忘れちゃいますね」
「……そうだな」
二人でいる時間は、あっという間なのに、濃く過ぎていく。
まだ何もしてないのに、これだけで満たされたような気持ちになる。
「開館まで、ちょっと待たないといけませんね、一番乗りしちゃってますもん」
「まあいいだろ、歩き詰めだったし、ちょっとは休めるだろ」
「そうですね、そこにベンチがありますし、一緒に座ってましょう」
「そうするか」
邑先生に、満たされてく気持ち。
まだ今日は始まったばかりなのに、このままじゃ溢れちゃいそうだな。そんなことを考えて、自然と口元が緩んだ。