ヒヤシンス―『あなたとなら幸せ』
3の倍数だから邑先生視点というわけではないのです。
ヒヤシンスには「悲しみを超えた愛」なんてのもあるからゆうちえ感の高い花言葉って感じがあります。
「まあいい、……歩いてくか?思ったより早いし、電車で行ったらきっと開くより早く着くだろ?」
まだ動けない体は、恥ずかしさとドキドキでいっぱいで、慌ててここからだとどれくらいになるか調べる。
今いる場所から水族館へだと、ここから二キロくらい。
「それもそうですね、歩いて30分くらいですけど、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だけど、智恵は大丈夫か?」
「それくらいなら大丈夫ですよ」
私はけっこう体力があるほうだし、どうせなら、一緒にいる時間が長いほうがいい。
携帯のナビを使わないと迷いそうだし、「私についてきて」って言うのもなんかおかしいような気がして。
「あの、邑、さん……、手、つなぎませんか……?」
邑先生、って言いかけて、慌てて直す。今は『恋人同士』だからって私から言ったんだし、……邑先生も、それを認めてくれたんだから。
「ああ、わかった」
そう言って、邑先生から握られた手。まだ心の準備ができてないのにそうされて、心拍数も体の熱も上がっていく。
「ひゃぁ、邑さん……っ」
「どうした、痛かったか?」
「そうじゃない、ですけど……」
ゆっくり息をして、このどうしようもないくらいの緊張を抑えようとして、でも、どうしたって伝わってしまう。
「それなら、どうしたんだ?」
優しい声も、心も、純粋な恋心も、私にだけ向けてくれてる。あったかい手から、それが溢れそうなくらい伝わってきて、頭の奥がとろとろにとろけていきそう。
「手繋いできれたのがいきなりで、びっくりしただけですよ?」
「それならいいんだ、……それなら行くか」
「そうですね、行きましょうか」
握られた手の力は、初めてのはずなのにあまりにも完璧で、消して苦痛にはならないけど、手が離れるのを心配しなくてもいいくらい。
手を繋がれるのが嫌じゃない証に、私からも手を繋ぎ返す。手のひらから伝わる汗のじとじとした感覚すらも、邑先生も緊張してるのかな、なんてかわいく思える。
「楽しみですね」
「……ああ、そうだな」
ちらりと横顔を見ると、ほんのりと赤くなってるように見える。錯覚かもしれないけど、本当だったらいいな。そしたら、私とおんなじ気持ちでいるってことになるから。
携帯とにらめっこして、水族館の道のりを示すクネクネとした線を辿る。
一歩一歩踏む足ごとに、邑先生との距離が近づいてくような気がして、足が早まるのを、邑先生は何もないようについてきてくれている。邑先生と、もっと近づける道も、教えてくれたらいいのにな。
「智恵の手、あったかいな」
「熱いなら、離しますよ?」
「そうじゃない、……熱いのに、なんかちょうどいい」
「そうですね、……私もです」
でも、それはいらないかもしれない。いっぱい迷って、転んで立ち上がって、そうやって近づいたほうがよっぽど嬉しいに決まってる。いっぱい悩んだって、邑先生のことを考えられるならそれが一番幸せ。
このまま、ずっと二人で歩いててもいいかも。そんな不埒なことを考えるくらいに、私の頭は邑先生でいっぱいだった。