夜桜~その一~
遅くなりました。申し訳ない。
今回はシルクさんとのコラボです。
「おい、野郎」
「やあ、久し振りだね」
俺の少しの怒りがこもった声に、奴は本から目を離さずに軽い調子で答えた。
それはいつもの様子、変わらない性格、それは、いつもの様に鼻につき、俺は声を低くしながら言った。
「勝手に人の顔使うなよ」
「いいじゃないか、君だってたまにやるだろう?」
「お前ほど常習じゃねえよ」
俺の言葉に奴はそのとおりだねなんて適当に答えて、本題は? と聞いてきた。
「珍しいじゃないか僕のところに来るなんてさ」
「そうだな、いつもなら来ない。だが、今回は変なものが見えたから来たんだ」
その言葉に、奴は得心いったように手を打った。
「君もあの変な力が気になったタイプ?」
俺は無言で返した。当たっていたし、それに対して特に言うこともなかったから。
「大丈夫だよ、あれが来るのは君の娘の位置だ。彼女が遊び、もしくは殺さない、殺しても生き返らせる、という制約のもとで勝負したならともかく、あの世界の様子を見ればそうならないことは明白だからね」
安心しなよ。と奴は笑った。
「彼女のことは君がよく知っているはずだ」
いつものように別世界から適当に客人でも呼んで楽しんできなよ。
奴はそう言って本に目を戻した。奴が間違っていたことはない、大丈夫では有るだろう。
しょうが無いと俺はため息を付いて扉に足をかけた。
そこで、ふと思いついて奴へと目を向ける。
「オススメとかいる?」
その言葉に、奴は待っていましたとでも言うように目を輝かせた。
「いるよー? 可愛らしい龍がいますとも」
「じゃあ、そいつにしてみよ」
そう言って俺は扉をくぐる。
扉のむこうで奴が軽い調子で言うのが聞こえた。
「龍の女の子、一名様ごあんなーい」
****
目の前に盛大に落ちてきた女の子を受け止め、目を白黒させたままの彼女を立たせた。
少女は一瞬遅れで地面に立っていることに気づくまで、フードの付いた服をひっつかんで目を開いていた。
落すなんて物騒な転送の仕方だなと、俺は思う。いや、俺も大概なのは理解しているが。
「大丈夫かい? 話せる?」
少女の顔を覗き込むようにすると、少女は肩をビクリと震わせて一歩下がった。
そして、急に変わった景色と、目の前に現れた俺に疑惑の目を向けた。
「あなた、誰?」
「俺? 俺は神谷零だ。人外をやってる」
人外? 少女は俺の言葉をオウム返しにして首を傾げた。
「あなた、え? それは真剣に言ってるの?」
頭の痛い奴でも見るような目で少女は俺を見る。
「真剣だよ。そして本当のことだよ。頭の痛いやつとかじゃなくてね」
「いや、ちょっと待って、突拍子なさすぎでしょう。しかもこの状況は何なのか意味不明だし」
少女は慌てた緊張から早口でそう言った。
その慌てようにおれは一旦静止を掛け、深呼吸をさせてから言った。
「説明するよ。まず第一、此処は別世界です。第二、此処は幻想郷です。第三、君を帰すのは少々遊んでからだ」
「遊ぶって……待って。ちょっと待って。えっと、幻想郷ってことは、やっぱり弾幕ごっこかしら?」
「いや、それは普通の人間相手の決闘で十分だ」
君が人から外れたものならば、弾幕ごっこなんていらんだろう?
そう聞いた俺に、少女はもう一度疑惑の目を向けた。
「人じゃないって、なんで分かったの?」
妖力でも隠しているつもりだったのかな? それとも神力? それは何か分からないが、俺は最初から知っている。奴が言ってたのだから、龍の女の子と。
「なんとなくだよ、当たったかな?」
しかし、俺はその知った経路を話さない、説明が面倒だから。
それよりも、楽しい遊びが優先だから。俺は黒い刀を出しながら、少女に笑いかける。
「準備ができたら、かかっておいで、えっと……夜桜ちゃん」
「名前も当てる……覚か何かみたいね」
「うーん、残念だが覚じゃないんだな。知り合いに入るけどね」
「そう、で、龍に立ち向かおうとするなんて、ほんとに言ってるの?」
彼女は首を傾げながら確認する。
「当然だよ。さっきも言ったはずだよ? 人外をやってるって」
殺す気でやらないと、負けちゃうよ? そう付け加えて、俺はほくそ笑む。
その笑顔に誘われるように、少女は笑った。
「なるほど、じゃあ遠慮無く」
少女は踏み出す。
最初の一撃は、彼女に譲ることにした。
おかしい、夜桜はそう思った。
それもそのはず、先程から目の前の零は全く自分の攻撃を防がない。
彼女の放つ霊力弾や拳、それはそこらの妖怪は一撃、大妖怪と呼ばれる物達でさえ傷を免れないほどのもの。それを防がないどころか受けた上で笑う。そんな光景をみてい異様と思わないのは無理な話だろう。
「せいっ」
「おぶっ」
零の腹部に一撃を加え、吹き飛ばしたところで、夜桜は一旦手を止めた。
「あなた、どうして防がないの?」
それどころか、衣服にすら傷一つ無いとはどういうことかと、そんな意味も含めて、彼女は問うた。
聞いて、零はヘラヘラと笑う。
「決まってるじゃないか。受けても傷つかないから防がない。受けても回復するから防がない。衣服も再生できるし、傷も再生できるし、君の攻撃は、今のところ俺には何の影響もない」
その言葉に夜桜は驚愕する。あの攻撃の猛襲が、全く影響のないものだって? そんな生物がいる事自体が彼女にとっては初めてのことで、彼女はその異様さに警戒して、身をかがめた。
零は笑顔を崩さず、さあおいでと手招きした。
「さっきも言ったろう? これは、俺にとっての遊びだ。でも、言ったよな? 殺す気でないと負けちゃうよって」
「そういうことね」
理解したかな? と、零は不敵に笑う。
そんな零に返答する代わりに、夜桜は唱えた。
「破壊『切り刻まれる空間』」
無数の線が空中に現れる。
それを見て、零は面白そうに笑う。
「それでいい」
その笑顔とともに、線にそって空間が割れた。
割れた空間は鋭利な刃を越えて全てを断つ。割れた空間の間には何も存在しないが故に。
よって、当然のごとく、零の体は無数に切り刻まれた。
肉片が血も撒き散らさずに綺麗に飛び、面白そうだと感想を言いたそうな笑顔がそのままに、宙を舞う。
が、次の瞬間。
「じゃあこっちの番だ」
無傷の零が夜桜の背後に現れた。
振り向こうとする夜桜を、零は遅いと言わんばかりの高速で殴りつける。
そして、吹き飛ぶ彼女に自らが持つ刀を向けた。
「紅夜『一閃』」
零の黒い刀が消える。それと同時に、夜桜の視界には、先ほど自分が創りだしたのとよく似た黒い線、それが一筋、見えた。
夜桜は目を見開いた。吹き飛ばされて体勢が悪く避けられない、自分の攻撃と同じなら、結界では防げない。
ならば、と夜桜は口を開いた。
「憑依『大空を制する龍』」
そう唱えると同時に、夜桜の姿が変わる。
メキメキと拡張していく体と、その表面に生えてくるのは多くの鱗。
現れたのは一匹の龍。大きく、力強いその体は、零の空間を薙ぐ斬撃を容易く、弾いた。
零は嬉しさに口角を上げた。己の斬撃を弾いたその体、強さ、それは自分に届き得る、その事実が嬉しかったから。
その感激のままに、彼は唱える。
「地球紀『生命の木』」
零は右腕を龍へとかざす。そこから溢れるは一粒の種。
その種は光を放ちながら肥大する。そして、一気に弾け、成長した。
龍へと変わった夜桜は迫る樹の枝を見た。そして、その強靭な尾を振り上げ、光の木をなごうと振り上げる。
それを見て、零が微笑んだ。
瞬間、夜桜は理解した。これは罠だと。
大砲とも紛うような咆哮を上げて、夜桜は尾を止める。そして、その巨体をくねらせ大空を舞う。
そのまま空中を飛び上がる龍は、光の木の成長を容易く追い越し、その枝葉を後ろにおいて、空高くからそんなものかと言わんばかりに大きく、咆哮を上げた。
その姿に、零は楽しそうに揺れた。
「うんうん、いいよ。それでいい。その速さも、その力強さも、申し分ない」
少し早いが、遊びはここまで、楽しみながら『戦おう』そう、零は微笑んだ。