大丈優一~その3~
『少年』俺をそう呼ぶ声がする。
目の前にはあの不敵な笑顔。そして、ふと見た俺の手は随分と懐かしい女の手。
ああ、これは夢だ。
そう思う。
彼と初めてあったときの夢。
「楽しませてくれよ?」
そう言ったあの不敵な笑顔を見続けて何年経ったか。
あの力に、今日俺は少しは近づけたのだろうか?
国下との一戦。無限の結界を纏ったあの一撃。
再現には成功したが、国下いわくまだ未完成らしい。
「いや、だって、俺のやつってどれだけ強かろうと一撃ですよ? それに無限の一撃が負けちゃいけないでしょう」
だそうだ。
ただ、その通りなのだ。
一発としての威力は国下の方が上だった。
だが、それを纏めたものが彼の奥義。相殺では足りない打ち勝たなくてはいけないのだ。
「多分さ。まだ何か足りないんですよ。そう使う相手とか」
相手によって変わる。そういうものなのだろうか?
よくわからないが、強い気持ちが力になるというのは経験上知っている。
同じ実力同士の場合、後はその問題になると俺は思っているくらいだ。
俺にも特別な思い入れのある一戦と言うのは数多く有る。あいつと初めてあったときとか楽しかった。
「ん? その初めてってあれですよね? 林檎の芸を見せたやつ」
そうそう。あの時だよ。
「ふうん、あっそういうことだ。ねぇ、明日は俺じゃなくてアンタがやってくださいよ」
ええー俺ー? 仕方ないなぁ。
今回だけだぞー。行き着く先を見たいだけだからなー仕方ないなー。
「そう言って、ニヤける当たりが貴方らしいよ」
そうかいそれは良かった。
「ええ、行ってきて下さい、師匠」
ああ、行ってくるよ。
女の手をした俺は、その不敵な笑みの前にあっけなく吹き飛ばされた。
ああ、こんなやつがいるのかとあの時は思った。そして、それからずっとその顔をどこかで思い浮かべながら戦ってきた。
どれだけ強くなろうとあの力は頭の何処かにこびりついていた。
俺は強くなった。これからも強くなる。
それは誰かを、守りたいものを守るため。でも、この力はいつかその守りたい誰かに向けられるかもしれない。
それは、妖怪という人間には不必要な力を受け入れたがための不安。次元を操るなんていう、自然発生したそれ相応の器でないものに、それを当てはめた事によるいつか溢れるかもしれないという恐怖。
俺の跡を追いかけてきていたそれは、自分が強くなるほどに強くなって行く。
そして、今それはピタリと俺の背後にいついて俺を覗く。振り払おうと走ってもそれは追いかけるように強くなる
誰かを守るために手に入れたこの長い長い生、そしてそれによって生まれるであろう凶事。
俺はそれを想像して、すべて吹き飛ばす何かがほしいと望み、かつて見たそれに願うことにした。
不敵が笑う。
俺に声をかける。
「それが望みかい?」と
俺は頷いた。
「良いとも。君のいつか手に入れるその先を、君に上げよう」
不敵は揺れる。そして俺の胸には力が灯る。
「目が覚めたら、いつかのドアに入りな。君のたどる最後の時を見よう」
その声とともに、自分の意識は浮上する。
目が開いた自分の手はいつもの男の手で、そして、夢に見たことを反芻しながら、俺は体を起こし、目の前に有る物を見つめた。
それは扉。最初に引き込まれた扉。
あの力が待つ扉。自分の望みが待つ扉。
俺は起き上がって、歩き出す。
扉に手をかけ、ゆっくりとそれを押し、向う側にある。見慣れた荒野へと踏み出した。
****
「ああ、待っていたよ。『少年』」
「またせたね。神谷」
零は懐かしい呼び方で優一を呼んだ。
彼は優一が夢で見た光景を知っていた。そして、それに対する思いも、良く見えた。
だからこそ、彼は優一のことをそう呼んだ。そう呼ぶことが優一にとっての底を見ることになるとそう思って。
「随分久々だなその呼び方」
優一はその呼び方を懐かしいと目を細めた。
その反応を零は予想通りだと面白そうに笑う。
「ああ、久々だ。呼び方が変わって、お互いの持つ力が変わって、でも、お互いの中身は変わらない。どう反応するか予想しやすいあたりが全く変わってないな」
「黒幕気質の主人公には俺の思考回路はお見通しってわけか」
優一は肩をすくめ。それに零は頷く。
「そうそう。初めてあったときからそこだけは変わらない」
零は楽しそうに笑いながら優一へと一枚の札を掲げる。
「あの時からの続きといこう。少年」
「いいとも、そのヘラついた顔に冷水ぶち撒けてやるよ」
優一は踏み出した。
零の掲げる札から青い閃光が放たれる。
「光剣『青光の叢雨』」
蒼い剣の群れが、空を覆う。
かつてに見た最後の光景の焼き直し。ここから続きをと零の目は告げていた。
優一はそれに応えて剣を抜く。妖力を纏わせ紫の光剣を蒼い無数の刃の前に作り出す。
「降り注げ」
「切り裂け」
お互いの開始の合図が響く。
蒼の雨と、紫の一閃がぶつかる。
ぶつかる瞬間に起こった衝撃と同時に、二人はお互いの背後から次の一手を出現させる。
優一は平行世界を含めた全宇宙の兵器の群れを。
零は過去に起こった伝説の武器たちを。
「「放て」」
今度の符号は合致する。
お互いの武器たちはその力を十二分に発揮し、お互いをつぶしあっていく、そしてその嵐の真ん中で、二人はお互いに札を掲げあう。
「波紋『全位結界』」
「逆転『逆位相殺』」
優一から放たれるは全方位への波動結界。
零が放つはそれに対する逆位相の結界。
お互いの結界はぶつかりあった場所から相殺され、お互いの穴となって通路となる。
その通路に向けて、優一は札を掲げる。
「再現『時駆けの穴』」
優一の掲げた札の先端から黒い穴が開かれる。
このスペルはある時点で放たれたスペルを再現する一枚。
放つは勿論零への仕返し。
「捕まえろ!『霞網』」
「あ!! それ姫ちゃんの!」
零の伴侶が使用する霊力の網。
高精度で高強度の霊力糸で編まれたそれは、拘束具にはもってこいだ。
だが、自分のそばで見てきた相手の技を見きれない零というわけでもない。
「断裂『この手は無刀の太刀なりて』」
零の手が振るわれる。それに合わせるように、零を囲っていた霊力の糸が切断された。
まるでその手から見えない剣が伸びているように。
そして、糸を切った腕でそのまま優一を切断せんと腕を振るう。
しかし、その見えない剣は大きく佇む黒い壁に阻まれた。
「断層『次元壁』」
金属が弾かれるような音と共に、見えない剣は止められた。
その黒い壁から、赤い、光弾が湧き出る。
次元壁は与えられた物理エネルギーを光弾へと変換する。
見えない剣は赤い光弾となり雨のように零へと放たれた。
赤い雨。それを見据えながら零は唱える。
「吸収『力は我が御下にて』」
零へと向かうはずの光弾が消え去った。
優一はその次元能力から来るエネルギー探知を駆使し、起こった現象を見ていた。
唱えられた瞬間、浮遊していたエネルギーは空間転移の要領で一箇所に集まった。
場所は、零の体内。札の名の通りの効果を持つその技は、吸収したエネルギーを持って術者の体を強化する。
零の、笑顔が優一には見えた。
「お次は肉弾戦だ」
優一の耳に聞こえたのは背後から。
瞬間移動の使用による不意打ちはエネルギーが集中した時点で優一には読めていた。
優一の背後に術式が展開する。零の振り上げた拳を、その術式から発射された光弾が弾いた。
そして、拳を弾かれた零を優一は振り向きざまに殴りつける。
しかし、その拳は見えない壁を殴りつけ、零には当たらずに止まる。
見えない防御壁、肉弾戦での身のこなしで防御できない零の得意技。
止まった拳を引く動作を行っている優一の腹部へと、零の足は振り上げられた。
だが、その足は大きく開いた空間の穴へと吸い込まれる。
「そのまま空間転移だ!」
優一の一言とともに、零の体が一瞬にして穴へと吸い込まれる。
そして、転移させられた先に穴の口が開く。
その先は、太陽内部。地獄の業火も生温い、生命を一瞬で蒸発させる熱が、零を包み込む。通常の人体は次の瞬間には消えてなくなる。普通なら。
「温い」
だが、零はいた。太陽の熱を一言で済ませ、零は微笑む。
「少年。お前もこっちに来い」
移符『空の引き手』そう唱えた零の腕が黒く染まる。その手を引いた瞬間、地上にいたはずの優一は零の目の前に立っていた。
優一と同じ空間転移、されども移動の開始地点を全く問わないもの。
優一は苦い顔をしながら目の前に現れた顔に拳を向ける。
その拳は吸い込まれるように零の顔へと入っていった。そう、スライムにでも突っ込んだように、顔にめり込んで。
「は!?」
ありえないものが自分の腕を包み込んだ不快感と驚愕に優一の顔が歪む。
それを笑うように、零の腕が鞭のようにしなり、拳を打ち出した側へと腕が向かう。
優一は片腕を制限されたを、切り捨て、反射的にその腕をねじ切ることで自分を襲う攻撃を回避した。
それに今度は零が目を丸くする。
驚く零に向けて、優一は唱えた。
「包囲『封鎖結界』」
立方体の結界が瞬時に零を包む。そして、中の空間ごと圧縮し、弾けた。
結界の残骸が煙のようになって舞う。その煙を振り払って、零が現れた。無傷で。
「あれ? お前痛覚遮断なんてしてたっけ?」
零は首を傾げながら優一に聞いた。彼は優一が痛覚を無くすなんて芸当を使っているところを見たことがなかったからだ。
今までの敵でも彼は普通に痛がったしその痛みに普通に耐えていた。
「今日は、特別だ。今日だけは」
その問に、優一は零の目をまっすぐに見つめて答えた。
優一は思う。いつもの不敵なはずの笑顔が、その目だけはいつもと違って真っ直ぐに自分を見ている。なら、出し惜しむ気は、万に一つも起こらない。痛みで生まれる隙きも、痛みを受けることに覚悟する隙きも、今日は、この時は与えない。
「そうだな。今日ばかりは特別だ」
零はその目に笑顔で返し、そして、いつかの少年が自分と戦うのにそこまでしてくれるということを嬉しく思いながら、自らが唯一愛刀と呼ぶ黒い刀を取り出した。
「さあ、少年。ここからは、少し痛くするぞ」
その笑顔に優一は頷く。
「いつでも来い。俺も、いつでも行ける」
そう返した。優一の手にはどこから出したか剣が握られていた。
二人はお互いの目を見ながら同時に唱え、その場から踏み込んだ。
「武装『万象切断』」
「生命『泉剣舞』」




