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大丈優一~その2~

遅くなって申し訳ない。




 不敵な笑みをもった鬼を前に、俺は待ての姿勢を取る。


「此処じゃ不味い」


 その一言。それだけを鬼に伝える。

 鬼は一瞬首をかしげた。30程のオッサンが可愛らしいなおい。

 しかし、直ぐに得心言ったようで頷いた。


「ああ、そういうことか。大丈夫だ。師匠に話は通してるから、そろそろ……」


 そう言って鬼は周囲を見渡した。

 ソレに対して今度は俺が首を傾げた次の瞬間。


 周囲の景色が一変した。

 一面の荒野。先程までいた武道場は影も形もない。

 それを見て、鬼はようしと腕を回した。


「これで、大丈夫だろう?」


 ああ、いつものことだ。こんな無理矢理な状況とか色々と。

 あいつの関係者と関わった時点で、腕試しの手合わせは確実なのだ。


「いいよ。やろう」


「よしきた!」


 バトルの体勢をとった俺に、鬼は楽しそうに笑って同じように構える。

 一瞬の後、俺は踏み込んだ。

 はるかな昔に出会った目前の鬼に、成長した自分をぶつけるために。






「せいっ、だりゃあああ!!」


 千切れた右腕を再生しながら、目前で笑う鬼の顔面を霊力の刃で斬りつける。

 顔に一筋の傷をつけられた鬼は、自分の顔の傷を押さえながら不敵に笑う。


「やるようになったじゃないか」


「そりゃどうも」


 血の跡の残る右腕を見ながら思う。予想はできていたと。

 以前にあった時、零が言っていたのだ。俺の弟子は自分の分野では俺を優に超えると。

 それはこういうことだ。今、自分は近接のみで挑んで、右腕と引き換えに相手に付けられたのは薄皮一枚の傷だけ。そして、それも、今目の前で消えていく。

 足りない。強さを求めた時間と経験が、俺のまだ千年を超えないくらいの年数では足りない。だって、目の前に有るのは古の時代から存在する妖怪。

 億にも登る年月のなか、ただ一人を倒すためだけに磨き続けた技術。

 それに対して、得意分野で挑めば結果は明白だ。当然の結果がその場に生まれるだけ。

 でも、それは明らかな敗北じゃない。確かに、自分のうちにある時間は短い。それでも、乗り越えてきたものを、自分の得てきたものが、目前の壁に、通じないとは思わない。

 現に、薄皮一枚は届いていたのだ。

 目前の鬼へと意識を集中する。

 そして、先程見ることすらできなかったその技を、感覚と、勘で躱した。


「むっ」


 鬼の目が一瞬細くなる。

 そのまま、がら空きの胴体に向けて、俺は剣を振らずに術を放った。


「炎!」


 基本の火炎術。ブワリと広がったそれを、鬼は両手で払う。

 その時間の間に、俺は大きく距離を取り、剣を抜く。


「『泉』」


 俺は剣の銘を呼ぶ。それに応えるように剣が震える。そこに宿った命が呼応する。

 霊力を流して泉に込める。それをそのまま振り抜いて、斬撃状の霊力弾を放った。

 

 鬼は、まだそこに立っていた。そして、俺の放った霊力弾に手を伸ばし、いとも容易く、それを砕いた。


 ああ、だめだ。これでは威力が足りない。

 もっと強く。そして、数多く。

 霊力を引き出す。そのまま、俺は能力を発動させる。

 『次元を操る程度の能力』と称されるそれを駆使して、俺は複数座標へと自分を複製する。

 そして、それをそのまま操作して、霊力を放つ。

 放つ、放つ、放つ、放つ放つ放つ。

 数と威力で攻める。これが、俺の出した答えだった。


 俺は知っている。あの鬼は術式の組み立てがすこぶる苦手だと。

 俺は知っている。あの鬼は近接は得意だが遠距離は苦手だと。

 俺は知っている。あの鬼は全力じゃないと倒せないと。


 だから、迎撃か防御するしか無いほどの速い弾幕を、出し惜しみせず、普段であればほぼ必殺とさえ言える威力の攻撃を連打する。

 近距離の技術勝負で不利は確実。であれば、中距離を駆使して決めの技のみ近距離で放つのが安全。

 この相手に賭けにでるなどという愚行はトドメでもない限り様子見を通り越して敗北につながる。

 だが、その中距離をとったと思った次の瞬間。


「近いぞ」


 その顔は目の前にあった。




 顔を殴れらた一瞬の後。俺は反射的に結界を展開していた。

 『無限結界』俺の出来る最大の防御。

 あらゆる物理を無効化するそれは追撃の手を弾き、俺に体制を立て直す時間を生み出した。

 そして、体制を立て直してすぐ、俺は追加の術を唱える。


「霧よ!」


 スペルにもなっていない基本の術。霧。目くらましの役目が主だ。

 そして、その霧の中でも相手がこちらの位置を把握できることは解っている。

 だから、これは見えさえしなければソレでいい。


「『雷結界』」


 結界さえ見られなければ、この結界の纏う雷は見えないだろうから。

 雷の結界が周囲へと展開される。そして、ソレを物ともせずに拳で打ち砕いた鬼に、お俺は笑顔を向ける。

 その強靭さに物を言わせた不用心が仇だと。


「滅」


 結界がその纏った雷を、拡散する。

 それは目の見えない。鬼の体を襲う。


「がっ」


 だが、それで十分なダメージが有るわけがない。先程の攻撃の乱打を無傷で耐えたのだから。

 だから、それでも進むのは分かっていたし、目の前に来るのも分かっていた。

 そのための二重攻撃だ。


「『二重結界』」


 自分を守る一枚と、この空間を切り取る一枚。

 二枚の空間を圧縮して、中にあるそれを圧縮する。


「着火」


 俺は自分の身を結界で守りながら濃霧の中に火を放つ。

 二枚の結界に挟まれた空間は、一気に爆発した。





 晴れた煙の向こうに、先程までいた青年は消えていた。


「やってくれたじゃないか」


 そう言いながら俺は頬を拭う。

 体は若干焼けたが妖かしの回復力であれば大したダメージは無い。

 それよりも、ここで距離を取られたほうが厄介に感じた。


「さっさと追いつくに限る」


 そう言って、俺は足に力を込めた。

 もう、その居場所は知っている。その気配は、その妖力は、兎にも角にも主張が激しかった。

 五歩走る。そうした目の前に、青年はいた。

 もう迎撃の準備を済ませて、結界の内にいる青年に、俺は笑顔を送る。

 その結界は何だ。どんな策を持ってきた、と。


 俺は右手を回す。ここは先手をいただこう。

 引く拳は真っ直ぐに。

 押し出す時は相手を穿つように。


「一撃『鬼殺し』」


 俺はそう唱える。

 それは、彼のいる幻想郷のルールに従って。

 妖力を込めて。放った。




 その拳は青年を戦慄させた。

 地面いや、大地を削り取り、周囲に張った迎撃用結界を容易く吹き飛ばし。

 そして、破壊の効かないはずの防御結界でさえ、震わせる。

 しかし、その戦慄は、それだけの力を引き出せたという喜びに代わる。


「五式『氷結界』」


 青年は笑顔で唱えた。彼を取り巻く結界から大きな氷が湧き出す。


「脆い」


 鬼は、それに腕を振るう。

 青年を守る一枚までに破壊された結界の向こうで、青年はそれを望んでいたのだと笑う。


「五式奥義『氷結龍陣』」


 砕けた氷の破片が形を変える。

 それは、小さな龍の群れとなり。鬼へと群がる。


「猪口才!」


 それも、鬼には一瞬の時間稼ぎにしかならない。

 もう一度、鬼が腕を振るう。龍の群れはあっけなく砕けた。

 だが、それでいいと青年は笑う。その一瞬で構わないと。


「六式奥義『閃光行脚』」


 その声とともに青年が消えた。

 同時に、青年の消えた位置から閃光が炸裂する。

 それは、鬼の視界を奪い。その動きを止める。

 青年の狙いは、その一瞬。


「封魔『次元牢獄』」


 青年の技が鬼を封じた。

 物理破壊を封じる『無限結界』それを、相手に向けて展開する。

 当然、それは相手を内側から閉じ込める牢獄となる。

 そして、表と裏を反転させたそれは、外からは攻撃し放題。


 青年は自分のありったけをつぎ込んで唱えた。


「世界『幻想の都』」


 それは、彼の救い出した幻想郷そこにある全ての形。

 そこに住む住人のその全てのスペル。

 全を一へと束ねるスペル。


 破壊が、柱が、災厄が、闇が、炎が、永遠が、人外の力が、氷が、風が、死が、剣が、魔法が、運命が、時間が、あらゆる幻想郷を構成する全ての人妖の力が、青年を包む。


 そのあらゆるものから束ねられた一撃を、青年は鬼へと向ける。


「砕け散れ」


 その目は自らのあこがれを、今、自分の手で越えようと、輝いていた。


 力が、放たれる。


 それは、容赦なく、結界を貫いて、鬼を襲う。

 その濁流の向こうで、青年は鬼の笑顔を見たきがした。





 強大なエネルギーによる奔流が収まったころ。

 俺は結界があった場所に立つその人物を見た。


 うねりながら伸びる大きな四本の角。

 そして、締まった細身についた筋肉。

 そして何よりも、その20ほどにしか見えない若々しさ。


 先ほどまでそこにいた男の姿はない。

 目前には目を輝かせる形の変わった鬼がいた。


 その口が開く。


「始点『鬼の祖』」


 その一言と、今まさに発せられた少しの神力にはっとひらめく。

 この感覚は、種族の変更。自分がかつて人間から妖怪へと移行したときの雰囲気と酷似している。


「まさか……」


 察した俺の顔を見て、鬼は頷く。


「ご名答。これは種族を変更する技だ」


「まさか、この神力は!」


 その言葉を首を振って鬼は否定する。

 その先の言葉は、自分の真横から、聞こえた。


「俺の種族は、今が『鬼』だ」


 その目前に迫った拳を、右胸にまともに受ける。

 先程、結界を吹き飛ばした一撃など可愛く思えるエネルギーがそこには乗せられていて、当たった場所から弾かれるように俺は吹き飛んだ。


「あっ……がっ……」


 地面を転がりながら俺は吹き飛ぶ。

 その先に、またしても、鬼の気配。


「貫通『岩叩き』」


「無限結界!」


 俺は反射的に結界を張っていた。

 それを、笑うように、鬼の掌底が結界に当たる。

 次の瞬間、波打つような衝撃が、俺を襲っていた。


 血を吐きながら、俺は結界の外に目を向ける。

 そこで、合点がいった。中の空間ごと揺らして、地震ならぬ空間震とも呼ぶべきそれを起こしたのか。

 出鱈目か、生身の物理的な技術で空間に鑑賞できるなど。


 だが、ソレは。俺にも可能だぞ!


「地獄『夢幻地獄めぐり列車』」


 結界の中から、血に濡れた空間を捻じ曲げて俺は唱える。

 捻じ曲げた空間から貨物列車が飛び出す。

 そこに積むは地底の地獄。七つの地獄めぐり列車。


 汽笛を鳴らして、列車が鬼へと突っ込む。

 それを真正面から、鬼は突き崩した。


「うそだろ」


「青年」


 その声は穏やかに『結界の中』から響いた。

 結界という壁を突き抜けて、そこには鬼がいる。

 その腕が、俺の首をつかんだ。


「お前さんはよく戦った。だが、今回は俺の勝ち。

 青年がどう成長したのか、俺は師匠を通じて知っている。

 お前さんの力を知っている。それが俺の勝因。

 お前さんが俺のことをよく知らなかったのが、お前さんの敗因」


 そしてこれが。と、鬼は続ける。


「お前さんに贈る選別だ。鬼神『天之極撃』」


 それは、静かな声だった。

 だが、それとともに集中する力ははた目からして空間を黒くゆがませるほどの力を持っていて、この一撃こそが、あらゆるものを打ち砕く『力』の権化であると実感する。

 これが、彼のたどり着いた一撃かと、俺は驚嘆する。

 これを手に入れるのが、あの背中に追いつく唯一の方法かと。


 なら、今、ここで、其れに匹敵する何かを生み出そう。

 それを打ち崩して、あの人物に届くのだという切符を今この絶命の瞬間に手にしよう。


 俺は鬼をにらむ。

 その目に彼は微笑んだ。


「それでいい。それでこその英雄だ」


 振り上げられた拳をその力を感じる。その一振りで世界を破壊しかねない力を。

 だが、同時に、それより先も予感する。まだセーブされている。これはまだ先が有る。

 負けられない。弾き返すだけの力がいる。何よりも強力な攻撃か防御が。


「じゃあ、なんとかしてみせろ、英雄」


 その力が己へと振り下ろされる。その直前、俺は叫んだ。


「無限結界!!」


 結界が拳の前に立ち上がる。だが、それは強力過ぎる拳に、成立そのものをねじ伏せられそうになる。

 成立したなら、砕けない。だが、このままではいずれ潰れる。

 まだだ。これで終わらせてはいけない。

 片手に持つ泉に意識を向ける。そして、俺はいままで不可能だったことに手を出した。

 無限結界を武器に纏わせる。できなかったそれに手を出す。どうなるかは、不明だ。そもそも成功するかすらわからない。

 でも、やらなければここから返すなんて出来やしない。

 俺は今やれるその式を発動した。


「八式奥義『無限一閃』」


 それは、奇跡だった。発動は一瞬で、放てたのは一度のみ。それでも、それは確かに、今まで不可能だったはずのこと。

 だが、たしかにそれは成立した。


 一閃が鬼の拳にぶつかる。それは全く同一の無限の一撃となって、鬼の拳を押し返す。

 鬼の拳を相殺すると同時に、鬼を吹き飛ばし、鬼の手が自分の首から離れる。

 体制を立て直し、立ち上がった鬼は笑った。


「出来たじゃないか。いいね」


 確信する。自分の立ち位置を。まだここは土俵に乗っただけだ。

 さあ、まだ戦おう。満足は遠い。英雄となり、見守る立場になって失った。強さへの渇望と、強くなることの達成感はあまりにも美味だ。

 自分はまだ見守られる側である事実が、己の底にある意地を呼び起こす。


「まだ、戦ろう」


「ああ、もちろんだ」


 俺の行った言葉に、鬼は快く頷いてくれた。

 俺は足を地面に打ち付ける。

 力を込めて、妖力を込めて。鬼へとその目を向ける。


 鬼の笑顔は崩れない。

 その俺を見守ってくれる目に向けて、俺は全力で、駆けた。


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