白谷磔~その二~
フィールドは夜。吸血鬼のエルンにとっては都合が良かった。これならば環境によっての妨害はないからだ。
初撃の鍔迫り合いは拮抗した。吸血鬼の怪力は、まだ普通の強化魔法しか掛けられていない磔を容易く受け止めた。
「いい感じ。ちゃんと鍛わってるわー」
紅のドレスを揺らしながら、エルンは楽しそうに笑う。
その余裕に磔は少し苦い顔をして、後ろへ跳躍する。
「ありがとう! そのうち、その余裕なくしてやるよ!」
跳躍とともにそう言って、磔は霊力弾を放射状に連射する。
エルンを囲むように放たれたそれは身動きを制限するための牽制で、磔はそのまま続けて本命を唱える。
「想符『フレアスパーク』」
それはオレンジ色の光り。マスタースパークを調整したそれは、火力を兼ね備えた高威力の砲撃。
避けるには横を飛び交う霊力弾が邪魔をする。だが、そちらのほうがダメージは薄い。
だが、エルンはその先を見抜いていた。
この場合、避けたほうが威力が強いのが待ってる。
だから、彼女は笑って、砲撃を真正面に向けて走る。
そして、能力を、発動させた。
パシュ
その音はあっけなかった。何かが潰れてしまうように、オレンジ色の砲撃は消え失せた。
「はっ!?」
一瞬で消え失せた砲撃に戸惑う磔に、エルンは槍を向ける。
槍の横一閃。それを磔は刀で弾き飛ばし、そのまま一歩踏み込んで上段から振り下ろす。
確実に捉えた正中線。しかし、その一撃は思い切りに逸れた。
磔の目が見開く。その驚愕が顔に残る内に、その腹部に一撃が入った。
吹き飛んでいく磔は、地面を転がって衝撃を殺し、エルンを見やる。
エルンは磔を弾き飛ばした片腕をフラフラと揺らしながら笑っていた。
「遅いわ。近接という選択は間違ってないけど、それだと全然余裕の速度」
それは、惜しんでないでもっと出せという、あまりにも安い挑発。
「殺す気で来ないと勝てないわよ?」
その目は磔の底を見透かすように真っ直ぐだった。
磔は大きく息を吐く。先程のスペルの消滅や、攻撃が逸れたこと。相手の能力と分かっていながら説明がついていないものはある。しかし、わからないから黙っていては敵わないことは。かれは先程の一時で理解していた。
だから、彼は出し惜しみをやめた。
「想符『アクセルモード4』」
唱えると共に、蒼い光が磔を包んでいた。
それは、潜在する力を引き出す。一つの強化。
今の彼の種族は『神』人の肉体を持った、信仰の対象として力を保つ者。
東風谷早苗と同じ『現人神』というあり方の同位体。
「へえ」
エルンは興味深そうに目を細めた。同じようなものを見たことがないわけではない。
楽しそうに、その口角は上がる。
「いらっしゃい」
その一言に釣られるように、磔は消えるかの如き速度で、接近した。
懐に入った磔、エルンの目は自分の懐に入った青年をしっかりと追いかけていた。
そして、彼の繰り出す攻撃を見据えて、ウィンク一つ。
次の瞬間、磔の足元から紅い鎖が出現する。
磔は反射的に体をそらし、それを躱し、そのまま追撃されないようにとスペルを唱える。
「霊符『夢想封印』」
七色の光弾が飛翔する。
これは彼のスペルではない。しかし、磔の能力である『想像した技や能力を現実に出来る程度の能力』により使用可能になったもの。
妨害で撃ったその弾幕が機能している内に磔は体勢を立て直そうと試みる。
その目に信じられないものが映った。エルンが光弾を素通りする、否、光弾がエルンを素通りする光景が。
慌てて刀を構え直す磔に、今度はこちらの番だという風に、エルンは仕掛けた。
超速の刺突が磔にめがけて、放たれる。
磔はそれを弾き飛ばす。
エルンは弾かれた槍をそのまま振り回して殴打へと切り替える。
そして、それすら防がれることを見越して、唱えた。
「五重『ファイブ・オブ・ア・カインド』」
分身。それは磔の目前に別れて、そのやりを防いでがら空きの体を、狙う。
磔は反射的に唱える。
「海符『オーシャンウォール』」
流れる水の壁が、分身を阻んだ。
吸血鬼の嫌う流れる水を利用して、磔は距離を取って、対策を思考しようとする。
が、それをやらせるわけがないと笑うように。
水の壁は破裂した。
「はぁ!?」
『おどろいちゃだめよー!』
四人のエルンは楽しそうに、磔を取り囲む。
その四人を相手に磔は唱えた。
「禁忌『フォーオブアカインド』」
四人に分裂した磔が、分裂したエルンと槍による攻防を広げる。
その中で、磔は気づいていた。一人足りないことに。
そして、水の壁のあった方へと一瞬だけ、目を向ける。そこに映ったのは。巨大な槍。
「魔槍『マザーズ・グングニル』」
その声が聞こえたときには、磔の目前にはもう、槍が迫っていた。
一人の磔が吹き飛ばされる。
そして、残った三人の磔に、五人のエルンが笑っていた。
それは一方的だった。当然ながら、五人相手に三人というのはどう見たって分が悪い。
ただ、それが敗北であるかはまた別の話。
エルンの視界の端で、光が渦巻く。
その突然の光に一人のエルンがそれに目を向けた。
「想符『ファイナルブラスター』」
そこには吹き飛んだ脇腹をそのままに、両手を広げる磔と宣言の声。
次の瞬間、エルンは他の磔もろとも豪炎に包まれた。
磔は、豪炎に吹き飛ばされ、何も残っていない空間を見ながら、荒い呼吸を繰り返していた。
先程の槍の投擲は分身した彼の本体を全くの戸惑いなく、狙い撃ちにしていた。
血の滴る傷口を魔法で治療しながら、磔は周囲を警戒し続けていた。
彼の頭にあるのは、先程から見続けてきたあの余裕の表情。あんな奴が今の一撃でくたばるとは、彼にはどうしても思えなかった。
そして、それを証明するように、周囲から、黒い生物の群れが飛来する。
磔は四方八方から現れたその群れに悔しそうに笑った。
その群れはコウモリ。吸血鬼の使い魔にして分身。
エルンはあの一撃を自分をコウモリへと変身させ、その場で適当に転移させることで躱していた。
集まるコウモリが人の形を作る。そして、そこに現れた紅の余裕の足取りは、その身の無傷を表していた。
「うーん。いい線いってたわ。さっきのがスペルじゃなくてただの霊力を乗せた一撃だったら右腕一本いってたわね」
それを聞いて磔は苦い顔をする。
「さっきの威力で右腕一本とか冗談だろ」
その顔を見て、エルンは指を振りながら甘いと言った。
「真実よ。さっきのが五発くらったって吸血鬼の再生能力で再生するわ」
意味がわからない。と、磔は呆然としていた。
先程のスペルは両手を塞がれ、しかも発動後に動けなくなるデメリットまで有る代物。それを五発でも再生するだって?
「反則かよ……」
それは思わず出た言葉。そして、思わず出たからこその真実の言葉だった。
聞いてエルンは微笑む。
「ありがとう最高の褒め言葉だわ。でも、私が反則だからこそ、貴方は強くなれるのよ」
それは自らへと挑戦する若人へ向けた挑発と、期待を込めた言葉。
「限界を越えなさい。私に一撃当てられないと大事なものを守れないわよ?」
磔はそこに込められた気持ちにしっかりと気づいていた。
だから、その足に力を込める。幾つもの逆境を乗り越えてきたその足で大地を踏みしめる。
そして、自らの持っていた刀を、改めて構えて、エルンへと視線を向ける。
そして、唱える。今の自分の限界を。
「合成『ソウルドライブモード2』」
合わせるように、白金の炎が額に灯り、その体を緑の力が包んだ。
それを、エルンは迎えるように両手を開いく。
「いつでもいらっしゃい。どこまでも相手してあげるわ」
その声に、導かれるように、磔は飛び出した。




