龍崎神斗~その1~
世界の外、俗にいう全能とかそういう奴らのいるところ。
ちょっかいをかけることが生業のような彼はきょうも皆にちょっかいをかけ終え、暇を持て余していた。
そんななか、気まぐれに彼は自分の管理する世界の一つを覗いてみた。
いつだったか、人に転生した元後輩のいる世界。此処では優姫と呼ばれていた存在のいる場所。
そこはいつもの様に呑気に殺伐とした箱庭。綺麗にバランスの取れた一種の理想郷。
幻想郷と呼ばれたそこで、料理教室を開いているいつかの優姫に、彼は覗いた時と同様気まぐれに、適当に、彼女に関連の有る世界から一人を送りつけた。
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週三日、寺子屋厨房で料理教室を初めて早一年。
お昼の十一時から、働いている旦那さん達にお昼を作るついでに、色々と学んじゃいましょう。そう呼びかけて始めた此の料理教室も、今では私が外に一時的に厨房を付け足さないといけないくらいには人が増え、大盛況となっていました。
快晴、天気もよく、風も心地よく、兄さんの視線もバッチリ感じて、今日はなんていい日なのだと私はウキウキしながら料理の最終工程を説明しようとしていた。
その時だった。
私の立っていた場所の天井によく見る空間の穴が空いた。
『やあ。どこぞの龍神、送るから、なにかやって』
そんな風に穴から響いた、懐かしいあの腐れ上司声に私は顔をしかめた。
とりあえず、落っこちてくるであろう誰かさんが兄さんへの大切な料理に突っ込まないよう、天井の穴にかぶせるように適当な場所にもう一度穴を開ける。
「ぅゎぁぁぁあああああ」
天井の穴から送られてきた誰かの声がする。出てきた彼は、到着したと安堵の表情を浮かべ、次の瞬間私の穴に吸い込まれていった。
「嘘だろおおおぉぉぉぉ」
吸い込まれていった穴を閉じ、出てきた穴も閉じたことも確認して、私は朗らかに言った。
「さ、続きを説明しますね!」
『はーい』
奥さん方はこんなハプニングは私の周りではいつものことだと、特に驚かずに返事をしてくれた。
あのバカ上司め……私はめったにつかない悪態を心のなかで呟いた。
「あばっ!!」
地面に激突した少年、龍崎神斗は苦しげに声を上げた。
自身の力で直接なダメージはないものの、その体制はあまりにも苦しかった。
少年は、土埃を払い、咳き込みながら体を上げた。
「どこだここ? そういえば、一瞬、誰かが見えたな」
龍崎は少々ふらつきながら立ち上がり、そう呟く。
先ほど堕ちる一瞬に見えた顔、この間戦った少女呼白と雰囲気のよく似た人だった。
「じゃあ、また霊斗の遊びか何かか?」
龍崎はそう考えながら周囲を見渡した。
彼がいたのは、先ほど呟いた霊斗という人物が作った闘技場によく似た場所だった。
そして、近くには何もない、生物もいない、ここは今彼以外の生命のいない星だった。
故に彼は遊び好きないつもの人物の仕業だと考えた。そしてそのまま何をすべきか結論を出した。
「いつものように、ここで誰かとバトって楽しませろってあたりかな」
準備運動を始めながら龍崎は一人つぶやいた。
さきほど見えた、あの少女が来ると予想して。
そう、思って一瞬。準備もできた彼に、一枚の紙がヒラヒラと舞い降りてきた。
『兄さんの料理が先ですので、そこで待っていて下さい』
丁寧な一文がそこにはあった。拍子抜けしながら、彼は文章をもう一度見直す。
そして、それが見間違いでないことを理解して、彼は短く、誰に言うでもなく返事がでた。
「あっはい」
後で気づいた。これって、兄への料理より優先順位低いですよってことじゃないのかと。
客人にあんまりの態度、だが、あの兄弟ならば仕方ないと、此の幻想郷の物達は言うだろう。
そう、彼がすることもなくボーッとしている間に、あ~んをしたり口移ししてみたり彼のことも忘れてイチャコラしているのも仕方がないことなのだ。
彼が流石に待つのに飽き、ムッスリした顔になって数分、やっとこさ彼女は帰ってきた。
「お待たせしました。はじめまして、龍崎さん」
「はじめまして……神姫さんかな?」
「はい」
二人は初対面でありながらお互いの名前を言い当てた。
それもそのはず、二人共自分の顔なじみから耳にタコができるほどお互いの話を聞いていたからだ。
「でさ、俺お客なんだけど?」
龍崎は遅れた神姫にムッスリした顔で少しばかり文句を言ってみる。
しかし、言われた神姫は涼しい顔。
「そうですね。でも、兄さんの方が大切ですから」
話に聞いた通りのやつだと、龍崎は呆れてため息を付いた。
そして、自分の中で一応の答えを出したこの状況の答え合わせを試みる。
「で、この状況なんだけど……霊斗かな?」
聞いて、少女は首を横に振る。
「今回は私の関係者です。やめておいても構いませんよ?」
龍崎はいつもの人物が起こすことに慣れすぎていて、別の人物にでもできることを忘れていたことに気がついた。
龍崎は一瞬、辞めることも一瞬考える。が、すこしばかり悩んだすえに、乗ることに決めた。
「一応やっていこう、そのほうが面白そうだし」
「じゃ、早速やっちゃいましょう」
まぁ、こういう人が来たならば乗るか乗らないかなんて明白だと、神姫は理解していた。
お互いに、一番最初の武器を取る。
龍崎は剣を、神姫は大鎚を。
「合図はどうしますか?」
準備のできたところで、神姫が言った。
龍崎はこれを使うと、コインを取り出した。
「術を込めてる。一定時間で音がなるんだ」
「なるほど、それが合図ですね」
お互いに頷き合って、距離を取る。
コインが投げられた。
破裂音。
それと同時に、地面が爆ぜた。
爆ぜた地面の上、打ち上げられた上空で、龍崎は今しがた地面を爆破した神姫を見た。
龍崎は唸った。あの一撃は喰らえば堪ったものではない。喰らえばだが。
牽制のために、十数発の霊力弾を放ち、その後に続いて距離を詰める。
神姫はその霊力弾を大鎚でかき消し、続いて出現した龍崎の横薙ぎを大鎚を軸にするように宙返りして避けた。
曲芸のような身のこなしを見ながら、龍崎は着地地点を狙って振り下ろした。
それを、身をかがめた神姫は軸にしていた大鎚の柄で受け止め、そのまま足を払う。
それをバックステップで躱しながら、竜崎は近づかれないように霊力弾で牽制し、スペルを宣言する。
「龍符『画竜点睛』」
龍崎の片手に、妖力が渦巻いた。
それは赤黒い妖力はそのまま槍となり周囲を破壊する威圧感を放つ。
「らぁ!!!」
龍崎は叫びとともにその破壊の槍を神姫へと投げた。
槍の軌跡が削られたように消えていく。そんな槍を前に、神姫は焦ることもなく唱えた。
「満塁『世界場外』」
唱えた彼女の大鎚が青く光る。迫る槍に向けて、彼女はバットでも持つように大鎚を構えた。
そして、迫る破壊の槍に、渾身の一撃を持ってお迎えした。
「でええええい!!!」
轟音。
それとともに、破壊の槍は打ち挙げられた。
信じられない芸当に龍崎は目を開く、打ち上げられた槍は遥か上空でその脅威の威力を爆発させていた。
「ありゃあ、打たれるとは思わなかった」
龍崎はしてやられたと頭を掻いた。
いい投球でしたよと、神姫は笑う。
「ストレートなので打ちやすかったのが惜しかったですね」
「まず、打ち返す輩が存在しないはずなんだけど……」
信じられないものでも見たかのように龍崎は首をふる。
「これくらいは出来ないと、兄さんのお嫁さん失格ですから」
「いいね、うわさに聞くその旦那に会ってみたい気分だよ」
好奇心に龍崎が目を光らせる。それに神姫は指を唇に当てながら返した。
「勝てたら、ということで」
「上等!!」
叫んだ龍崎が霊力弾を放つ。
その霊力弾を舞うように避けた神姫に向けて、龍崎は飛び出した。
調度避けるために体をずらしたその時に。
神姫が通り抜けるはずだった霊力弾の隙間、そこに剣を通す。
当たる。龍崎はそう確信する。しかし、たしかに当たりはしたが、それは神姫にではなかった。
大鎚、神姫が一千歳と少しの頃から愛用している超重量の武器。
それで神姫は龍崎の剣を受け止めていた。
「せいっ」
そのまま掛け声とともに大鎚を回し、剣を絡めとって上へと弾き飛ばした。
龍崎は反射的に飛んでいった剣へと視線を向けかけ、自分に突き出された大鎚に気づいて慌ててバックステップした。
少し離れながら、龍崎は飛んでいった武器を確認する。
剣は神姫の数メートル後ろに飛ばされていた。あれを回収するのは一筋縄ではいかないだろう。
龍崎は息を吐いて、思考する。どうやって進めるかどうやって、ここから覆すか。
思考を終え、龍崎は足に力を込める。
地面を割るほどの衝撃とともに龍崎が踏み込んだ。
速さによる移動。目前に瞬間移動したかのようにも見える脅威の速度。
「亀陣『北方七星陣』」
その速度を崩さないまま龍崎は唱える。
瞬間、彼の両腕には二枚の結界が現れていた。
龍崎両手に現れた結界に神姫は顔をしかめた。
今のこの大鎚ではあの結界を砕けない。そう確信したからだ。
彼女を殴打しようとする竜崎の拳に合わせるように大鎚を振る。
拳の衝撃を利用して、後ろへ飛び、そのまま竜崎の剣を取った。
「あっ!」
龍崎が声を上げる。
龍崎の剣をとった神姫が笑う。
そのまま、彼女は踏み込んだ。