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暗殺

 俺とギリーは、玉座の前で跪いていた。

 ムンジ=ハンリは、豪奢な玉座に座り、こちらの方を鋭い視線で睨み付けている。




 こちらを値踏みしているような視線を感じる。


 玉座の隣には、偉そうな文官らしきものが控えており、数段下がったところで俺達は頭を下げていた。


 俺達の両脇には全身に鎧を纏った兵士たちが微動だにせず立っている。


 厳かという言葉がぴったり来る空間で、俺達はムンジ=ハンリの言葉を待つ。




 「ギリー=ガン=ミラー殿。表を上げよ。」

 入室してから数分後、漸くムンジ=ハンリは、言葉を発した。




 「ウォークターと名乗る魔族の討伐大義であった。」


 ギリーは、少し顔を上げたが発言を許された訳ではない。じっとムンジ=ハンリの言葉を聞いていた。


 俺は頭をあげるどころか動くことを許されていない。

 ただムンジ=ハンリの視界に入らぬように小さく固まっていた。




 「ギリー=ガン=ミラー殿。

 此度のこと。そなたの言葉で聞きたい。


 かの魔族は死に際に何か言わなかったか?

 奴の最後はどのようだった?


 発言を許す。」




 「陛下。恐れながら、質問にお答えする前に一つ願い出たいことがございます。私と共に陛下に拝謁いただいているもののことです。」


 発言を許可され、ギリーが予定通りに俺の話を振る。もうすぐだ。


 ギリーの説得により、俺が顔をあげたのならば暗殺は実行される。






 その前に、その前に、奴等が来れば俺の勝ちだ。俺は心臓を高鳴らせながら、その時を待った。






 「その奴隷の事か?良い。申してみよ。」


 ムンジ=ハンリが鷹揚に頷いた。




 「はっ。この者は今の身分は確かに奴隷かもしれません。

 しかし、この者の魔力の素養、センスは歳にして甚だ高く、又物事の覚えも良い。

 ガン=ミラー家は優秀な人材を欲しております。

 その為、サヴァー独立国へ赴き、隷属の首輪の解除を行い、当主ラクト=ガン=ミラーの養子として迎え入れる事となっております。


 また先の戦いにおいてこの者の貢献ははかり知れぬほど大きく、陛下のお許しさえ頂ければ、この者もガン=ミラー家のものと同じように扱っていただきたく、何卒御願い申し上げます。」


 ギリーの言葉から明らかな緊張が伝わってきた。


 ライファル教国の大貴族の一員へ奴隷を招き入れること、またまだ奴隷でしかないものを貴族として扱うように願い出たこと、これらはやはり常軌を逸していたようで玉座の間が俄にざわついた。




 ここで王が断れば、残るのは強行手段しかなくなる。

 無理矢理に顔をあげてムンジ=ハンリを見て、魔法をかける。




 無理矢理に顔をあげる分、警戒され、拷問魔法の効き目が明らかに悪くなるだろう。

 俺はそれでも構わないといえば、構わないのだが、裏切るその瞬間までは俺は逆賊の徒だ。


 北條の作戦の成功を願わなければならない。

 まだ、隷属の首輪は外れておらず、首輪を騙す魔法も魔封じの腕輪により封じられているのだ。




 俺が裏切るのは、奴等がきたその瞬間だ。




 早く来い。


 このままでは本当にムンジ=ハンリを殺してしまう。


 早く、早く、早く……


 「あまりに異例ではあるが、良い。そなたの此度の功績に免じ、その申し出受けよう。そこのものも表をあげよ。」


 俺の焦りとは裏腹に、ムンジ=ハンリは寛容にもギリーの願いを聞き入れてしまった。




 俺の出番が近づく。ドクン、ドクンと心臓が激しく脈打った。

 奴らは来る気配がない。こうなれば、やるしかない。


 俺はそっと左手の腕輪と右手の腕輪を触れさせてからゆっくりと顔をあげてムンジ=ハンリを見た。




 ムンジ=ハンリは壮健な青年だった。

 青い瞳には若々しい力が漲っており、とても齢百を越えるようには見えない。


 自信と自負に満ちた力強さを感じるが、不安を隠しきれていない幼さも見え隠れしている。

 その顔を見た瞬間に北條の話がおおよそ正しかったのだろうと悟った。



 ムンジ=ハンリ

 彼は、無理をしているのだろう。


 眉間にシワを作り必死に威厳のある王を演じているように見えた。




 可愛そうだな。ふいに、純粋に同情する。


 ずっとムンジ=ハンリとなるために、生きてきたのだろう。

 そしてこれからもずっと魔力の続く限りムンジ=ハンリとして生きていくのだろう。


 毎日、毎日結界魔法に魔力を注ぐだけの日々。あとは、王の実務等々か……

 まったく、この若い王は、ただマントハンリという国を守るためだけの人生を送っているようだ。



 身の丈に合わぬ傑物を演じるというのは並みの努力ではないのだろうな。

 玉座の間にふんぞり返るムンジ=ハンリを見ながら、俺は憐憫の情を覚えた。




 だからと言ってすることは変わらない。奴等がなかなか来ないのだから仕方がない。

 こんなところでやめるわけにはいかないのだ。躊躇しそうになる自分に活を入れて、俺は用意していた魔法を発動させた。




 高層階からものを落としたような、やってしまったというような手の感覚と強烈な浮遊感が俺を襲う。


 「あっ……な」


 ムンジ=ハンリは泣いていた。拷問魔法を浴びて、その美しい瞳から一筋の涙を溢した。


 ムンジ=ハンリに見せたのは、悲しくも残酷な拷問だ。

 国が外敵に襲われて、自分の力が及ばずに国民が蹂躙される。

 一人一人残虐に殺されていく。

 その痛みを自分も擬似体験する。

 そして、守ってきた国民に捕らえられ、嘘つきと謗られて、磔にされ、愛しい国民達から酷い拷問を受ける。


 国民はまるで亡国が若き王 ムンジ=ハンリの責であるかのように彼を罵る。自らの家臣たちも同様に、ムンジ=ハンリを責め立てる。

 そんな映像と痛みだ。




 今のムンジ=ハンリには、辛いものだったのだろう。身に纏う気力が著しく弱るのが俺にもわかった。

 悪いな、ムンジ=ハンリの虚像よ。さよならだ。

 

 次の瞬間には首が飛んだ。ギリーの魔法だ。



 辺りに一瞬の静寂が訪れた。

 皆、何が起きたかわかっていないのだ。

 魔封じの魔道具を信じきっており、誰も彼もこんな事態を想定していなかったのだろう。




 「「お、おまえらぁ!」」「「おぉぉぉーう」」


 「「ムンジ様ぁ」」「「敵襲!!敵襲‼‼‼」」



 そして、一瞬遅れて怒号が鳴り響く。周りの兵士たちが俺たちを捕らえようと動き始めた。

 「さぁ、サック。逃げましょうか!」

 そんな状況のなか、ギリーは笑っていた。


 笑いながら、死んでいた。


 きた。きた。きた。

 ようやっときた。

 悪魔が城にやってきた。一匹や二匹ではない。大量に、悪魔がやってきた。

 悪魔達が上空でケタケタと笑っている。


 もう一つタイミングが早ければ尚良かったが、過ぎたことはもうどうでも良い。


 ここからが俺の反撃だ。

 逆賊の徒を、北條を、俺が潰す。



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