直前
ムンジ=ハンリの城はマハトリオの中央に悠然と建っていた。外観から内部まで全て石で作られており、冷たく暗い感じがする城だ。壁には絢爛豪華な装飾品が飾られてはいるが、カーペットの敷かれていない部分が石であるためにそういう印象を抱かせるのかもしれない。
俺達は、堅牢そうな城門を通り抜け、城内へ入った。城に入ると直ぐに応接室のような場所に通された。そこには体の半分は沈むのではないかというような立派なソファと瑕疵ひとつなく天板が異様なほどに光を反射する黒い机が置かれてあった。
壁には、これでもかと絵画が飾られ、部屋の隅には美術品らしき壺などが置かれている。
「ワクワクしますね。」
ギリーは、心底楽しそうに笑っている。今から人を殺そうというのに、本当に気持ちの悪いやつだ。
「そうだな。」
俺は適当に相槌を打つ。
「サック。作戦は大丈夫ですよね?」
昨日深夜に帰ってきたギリーからムンジ=ハンリ暗殺の作戦は聞いていた。
まず謁見の前に、俺達は必ず魔封じの魔道具を付けられる。魔封じ魔道具をつけてしまえば、魔法を一時的に使えなくなるらしい。手に武器を持たせて会う王はいない。当然と言えば、当然だ。
昨日ギリーから聞いた話が北條の声で再生される。
「魔封じの魔道具は、慣例的に左腕に付けられることが多い。
右腕で魔法を発動することが神聖であるという不可解な慣習がライファル教にあるからだ。
なんでも、反逆をしようとする者は神聖な右手を使わず、左手で魔法を放つとかって考えられているわけだ。それで左手を封じられる。
ちなみに、どっちの腕に魔道具を付けても効果は変わらない。
魔封じの魔道具を作っているのは、この世界で二番目にライファル教と縁遠いからくりの国 キタラクタだからな。」
北條の話はかなりの割合で脱線する。理路整然と話すつもりがないのだ。
それをギリーは、必死に真似て話していた。
その表情は、恍惚としていて非常に気持ち悪かった。
「俺と芽依子はキタラクタで生まれた。
だから、魔道具には、はっきり言って詳しいし、魔道具を自作することもできる。
今回用意したのが魔封じの魔道具を阻害する魔道具だ。
右腕にその魔道具を付けておけ、そして魔法が必要になればその魔道具と魔封じの魔道具を接触させろ。そうすることで一定時間普通に魔法を使うことができる。
神聖な右手とやらに、不浄な魔道具を着ける。皮肉が聞いていて楽しいじゃねぇか。
それからなぁ。リビィ。
足はともかくとして、腕は明日には再生しておけよ。
何、おまえみたいな奴隷の手足の有無何て誰も気にしちゃいないから気にするな。
断言してやろう。
お前の手足が再生されていたとしても誰も気にも留めないさ。」
手足の件は俺も同意する。すぐに手足は再生しよう。
だが、魔法を発動することが出来たって、ムンジ=ハンリは強くて倒せないんじゃないのか?
ギリーに尋ねると、ギリーは北條の真似をしながら答えてきた。
「いいか?リビィ。
不老なんてのが本当に存在すると思うか?
生物ってのは歳をとる。
それは世界が決めた絶対の法さ。
生物ってのは遺伝子に死ぬことが組み込まれている。
老いて死ぬようにできているんだ。
それはなぜか?
答えは簡単だ。種を繁栄させるためさ。
一個体が長生きしても、環境の変化についていけない。
変わりゆく環境に適応するために、生き物は世代を交代し、取り巻く環境に適応できるものだけが生き残っていく。それが自然の摂理だ。
適応できない者は死んでいき、環境に適した形へと種は変化していく。
リビィ。お前が生きていた世界の人間たちでさえそうさ。
世界の規範に合わないものたちは排除され、隅に追いやられていた。
結婚の可否が社会への適合の一つの目安にすらなっていた。
確かに、独身の自由が持て囃されて良いとされる風潮はあった。
結婚なんてのは、墓場だ。
まぁ、それも道理だろうよ。
日本において家事の負担なんてものは、昔に比べれば格段に減った。
娯楽に溢れ、性的な享楽も結婚しなくとも、獲られるようになった。
結婚して、自分の快楽に注ぐ金銭を他者に奉じることが馬鹿馬鹿しいと思っても無理はない。
だが、
種の繁栄という観点にたてば、
人間も動物の一種と省みれば、
そう思うものは排除されていくものたちだ。
本当に結婚したくないのか?
即物的な享楽で満足しているのか?本当に幸せか?
高いところにあるブドウを見つめ、あれは酸っぱいブドウをだからと諦める狐にはなっていないか?
結婚の相手を見つけることができるやつ、俗にいうモテるやつってのはどんなやつだ?
金がある。
容姿がいい。
器量がいい。
思いやりがある。
面白い。
博識である。等々。
全て社会へ適応するために必要な能力だ。
別に全部は必要ない。ひとつがずば抜けていればいい。
ずば抜けている必要はない。バランスがとれていればいい。
突出していなくても、均整が取れていなくてもいい。欠落しすぎていなければ、まぁいい。
それらを満たせないやつらが結婚できず、子孫を残せず、種を繁栄させる一助になることなく淘汰されていく。
これが現代の弱肉強食だ。
自然界では、力の強いものだけが異性と交尾できる。
人間の社会では、社会性のあるものだけが子を残せる。
尚且つ、金がある奴だけが多くの子孫を持つ権利を有する。
金がないやつは、いくら吠えようが結局は社会における弱者だからだ。多様性を残すための一つの要因としてキープされるだけだ。
こうして人間は、社会性のある者だけが子孫を残していく。
社会と適応できないもの、結婚する能力のないものは淘汰されていく。
人間は、人間の作った社会という環境に適応していくための生存競争を人間だけでやっているのだ。
結婚なんか墓場だ?
子供なんてほしくない?
それは、種の繁栄とは真逆の思想だ。排斥されるべき考えだ。
そして、その思考はうまい具合に次世代に引き継がれない。
何故ならば、そんなことをいうやつらは次世代を残せないからだ。
万が一に残せたとしても、子供は親の背中を見る。
そんな風に考えている親の子供は果たして結婚を望むのか?俺は否だと考えている。」
北條の真似をしながら、楽しそうに話すギリーを俺は白々とした気持ちで見つめていた。
気持ちが悪い。
それが話を聞いた時の率直な感想だった。
ギリーが北條をまねているのも気持ち悪かったが、一番はやはり北條の考え方だろう。
さらに、ギリーに言わせるために北條が前の世界のことを独自の解釈で、懇切丁寧に教えたのだと思うと、嫌悪が沸いてきた。
だが、俺は何も言わなかった。
とりあえず今の俺は、逆賊の徒の一員だ。
心酔している様子を見せないまでも、噛みつかない方がいい。
こんなことで、変な疑いを持たれたくはなかった。
この話をしているときには、俺は協力者と必要な交渉を終え、北條を倒す算段が付いていたのだ。
「さて、話が大きくそれたが、元の話に戻そう。
不老なんてのはありえるかって話だ。結論を言おう。
ありえない。
それが、俺の見解だ。
なぜならば、生物は結局は死ぬようにできているからだ。
いくら魔力が強くとも、肉体が強くとも、所詮それは個の力でしかない。
生物の生きる目的が種の繁栄なのだから、個がいくら強大でも意味がない。
種族全体がその力を得ることが進化であり、ただ一個体のみが強大であるのはただの変異種、イレギュラーに他ならない。
人は老いて、死ぬ。
それは決まったことだ。変えられない。
進化や適応をするためには、世代を重ねる必要がある。
世代を重ねて、生き延びる力を持つものを残し、それ以外を殺していく。
それにより生物は、環境に適応していく。
不老なんてのは、それを真っ向から否定するもんだ。ありえない。あり得るはずがない。
何度も言うが、生き物は、生き残っていくために死ぬんだ。
つまりは、大昔にマントハンリを建国したムンジ=ハンリはもう死んでいる。不老などあり得ない。
不老に仕立てあげられているだけだ。
それでは、今のムンジ=ハンリは何者か?
なぜ、建国当時からムンジ=ハンリは生きていると偽られているのか?
そんなのは簡単なことだ。
英雄王ムンジ=ハンリは絶大に強かった。
しかし、後継者がいなかったのだろうな。
そのために、ムンジ=ハンリは不老で、老いでは死なないと周りに印象付けた。
ムンジ=ハンリの名前を抑止力に使ったんだ。
では、今のムンジ=ハンリは誰か?強いのか?
おそらくは初代の子孫か何かなのだろう。
ムンジ=ハンリが張った結界魔法が現在も維持され続けているのがその証拠だ。
ああいう魔法は、一族で引き継がれることが多い。
結界魔法を維持できているという点では、哀れな現ムンジ=ハンリも弱くはないのだろうさ。しかし、結界魔法以外はどうだろうな?
いまだに、英雄王ムンジ=ハンリの威光を笠に着て、ここ何十年は戦いに出ず、マハトリオに籠り切っている今のムンジ=ハンリは戦えるのか?
結界魔法にほとんどの魔力を使い切って、戦う力を残してはいないのではないか?
さぁ、それを確かめに行こうじゃねぇか。リビィ。
お前の拷問魔法で動きを止め、ギリーの風魔法で首を斬る。作戦はそれだけだ。
自信を持て、リビィ。
お前の拷問魔法は誇ってもいいほどに強力だ。心に完璧な隙を生むことができる。奴の心に語り掛けてやれ。
もう偽物の人生は、送らなくともいいと。
もう過去の英雄に縋らなくともいいと。
もう嘘に嘘を重ねる必要はないと。
おまえが教えてやるんだ。
というのが、ホウジョウさんのお言葉です。
どうですか?サック。なかなか、迫真の演技だったでしょう。」
最後に表情や声色を戻して、ギリーは笑った。心底軽蔑しながらも「まるで、本人がいるようだったよ」と適当に話を合わせておいた。
そんな昨日の一幕を思い出しながらも、俺は吉報が届くのを待った。
遅い。
もうすぐ、ムンジ=ハンリに呼ばれてしまう。呼ばれる前に何とか片を付けておきたい。
「ギリー=ガン=ミラー様。大変お待たせいたしました。
謁見の間にご案内させていただきます。ですが、申し訳ございませんが、こちらをお付けいただいてもよろしいでしょうか?」
大仰に全身鎧を身に纏った兵士が俺たちを呼びに来た。
そして、緋色の腕輪を差し出され、予定通りに左腕に着けるように指示された。
俺の右腕は確認さえ、されなかった。
魔道具の効果を阻害する魔道具というのは、珍しいものなのか?
あまりにも杜撰だ。
左腕に魔道具を嵌める。カチッと留め具を着けた瞬間にどっと力が抜けるような感覚があった。
なるほどこれが魔封じか……
このままでは確かに魔法を発動させられる感じがしない。
隣でギリーも体を重くしたようで、小さく体を動かして調子を確かめていた。
「発動したようですね。そちらの腕輪は魔封じの魔道具です。
謁見中は、魔法を封じる決まりとなっておりますので、はずさないようにお願いいたします。
もし外そうとする行為が少しでもあれば、反逆と見なされ粛清の対象となりますのでお気をつけください。」
兵士は淡々と頭を下げた。
「心得ております。あぁ、緊張します。あの偉大な英雄王 ムンジ=ハンリ様に会えるなんて」
ギリーは、おどけて笑っていた。




