激闘 ②
「さて、次はジュキ=ル=ミーシャンテだ。異界の剣士。教皇の宝剣。なかなかに、強敵だ。」
強敵だと言いながら北條は笑っていた。俺もジュキとウォーターが戦っている方をみる。
ジュキと戦うウォーターはひたすらに切り刻まれていた。
ジュキは剣を抜いてはいない。剣は鞘に入ったまま、柄に手をかけているだけだ。それなのに、ウォーターの体は水飛沫をあげながら、細切れに切られ続けている。
なぜだ?
なぜ斬ってもいないのに斬れる?
目にも見えない斬撃だからか?
いや、いくら目を強化しても剣を鞘に直すところすらも見えないというのは明らかにおかしい。やはり、ジュキは斬っていない?
「ジュキの剣は斬るという行程が普通とは違う。奴は俺たちとは全く違う世界の法則で生きる。奴が意識を向けるだけで、斬るという行為は成立するのさ。対象は物理法則を改編され、斬られる。だから、異界の剣士なんて呼ばれてんだ。」
疑問に思っていると、アルフォードが解説してくれた。アルフォードの説明なのでどこまでが嘘かはわからない。少なくとも全て本当ではないのだろう。
珍しく北條は無言だった。
こういうときこそ、ジュキの欠点を上げ連ね、罵倒するのが北條のはずだ。
何かを企んでいるのか?
「不可思議。アテラス、負けるとわ。」
俺らの視線と話に気付いたのだろう。ちらりとジュキはこちらを見た。
その瞬間に袈裟懸けにものすごい痛みが襲った。
切られた?完全に両断された。
すぐに回復魔法で傷を癒す。
喜ぶべきか悲しむべきか、俺はこの程度の傷では死なないし、慌てることすらもなくなってきた。
完全に体を二つに割られたのにだ。
「悪いが、リビィ。お前は囮だ。ウォーター共々存分に斬られてくれ!」
北條はそう言って、俺をジュキとウォークターのほうに蹴りだした。俺は無様に自分の制御を失い、数メートルを転がる。
そして、再び鋭い痛みが全身に走った。今後は4つに刻まれる。
北條め。
いつか本当に殺してやる。
呪詛を心の中で吐きながら、傷をいやす。
「水の化け物。切れぬは通り。しかし、普通の小童が斬っても戻るは通りにあらず。」
ジュキの意識がウォークターから完全に俺へと移っている。また、斬られる。
今度は、6つだ。
このままでは、やばい。さすがにこれ以上ばらばらに斬られたら、死ぬかもしれない。
反撃しなければ。
このまま無様に殺されてたまるか!
血流魔法は無駄だろう。先程からウォーターは斬られながらも、ジュキに水で攻撃している。しかし、それはことごとく見えない斬撃によりかき消され続けていた。
ならば、拷問魔法だ。それしかない。 ジュキに向かい、拷問魔法を放つ。
対アテラス用の物とは違い、汎用的なものだが苦痛と嫌悪を強く感じさせる映像と痛覚の錯覚だ。
それをジュキの頭に叩き込もうとした。
しかし、その思念はジュキによって粉々に斬られた。思念が斬られるってのはどういうことか?
そんなのは俺にもわからない。
わからないが、確かに俺の拷問魔法は、振るってもいない剣によって跡形もなく斬られてしまった。
「奇怪な魔法、使う。」
ジュキは、ウォークターを視線だけで、斬り飛ばしながら俺をにらむ。冷汗が頬を伝う。
恐怖ではない。
異質すぎる力に恐怖すらも抱かない。死を強く、強く感じた。
「さて、ではここで我ら逆賊の徒のメンバーを紹介しようじゃないか!」
唐突に北條が大声を上げた。
その声に釣られ、声のする方を見る。そこには、北條はおろか他の逆賊の徒のメンバーは、一人もいなかった。さっきまでは、固まって立っていたのに、どこに行った?
姿は見えないが、北條の声だけは聞こえてくる。
「まずは、殺生偸盗のマキーラの魔法だ。
マキーラが得意とするのは、暗殺や盗み。
そのために相手の認識をズラす、相手の認識から消えるというのはお手のものだ。
自分だけを消すのではない。味方も見事に気配ごと消せる。
さて、認識したものを、認識しただけで斬る異界の剣士よ。認識できない相手は斬れるのか?」
「斬れぬ。さすらば、どうした?」
ジュキは余裕の態度を変えない。俺とウォーターは、さらに斬られる。
「じゃあ、これはどうだ?」
聞こえてくる北條の言葉はどこか楽しんでいるようだった。
「アテラスのソリドの雨?」
北條の言葉の後に、一瞬あたりが暗くなる。見上げれば、切っ先をジュキへ向ける剣が数えきれぬほど浮かんでいた。俺とウォークターを刻むジュキの剣撃が止まった。
「貪欲吝嗇のクーパーは、魔法の天才だ。
クーパーは、一度見た魔法は完璧に再現できる。
クーパーは、どんなことにも強欲で貪欲だ。
アテラスの魔法はもうクーパーの物。さぁて、食らいな。百万本の剣撃を!」
剣が空から群れをなして落ちてくる。俺は慌てて、ジュキの近くから逃げる。
足がもつれて転んでも、少しでも距離を取るために地を這った。
無数の剣を前に、ジュキはゆるりとした動作で剣を抜いた。
「我に剣、抜かせようとは」
ジュキが剣を抜いた瞬間だった。全ての剣が自ずから折れ、地に落ちる。
剣を抜いただけで、ソリドの雨は簡単に対処されてしまった。
「驚きだ。まさか、アテラスの魔法、使うなど。
しかし、アテラスと異なり、しみらには、使えまい。」
ジュキがそう言ったときには、すでに再び空は剣で埋め尽くされていた。
「残念だったな。異界の剣士。
一人の魔力で足りぬのならば、二人でやればいい。
紅一点の邪淫淫戒の芽依子は、男に対し、魔力増進と魔力譲渡ができる。芽依子の力を借りれば、クーパーでも元型魔法を2、3回は使える。さぁて、ジュキよ。お前はあと何度しのげる?」
「幾度でも」
今度はジュキは、剣を空に向けて振るった。今度は上空に浮かぶ剣が跡形もなく消え去る。
「おうおう!それは、それはまだまだやれるっていうアピールか?
いじらしいなぁ。
消耗してるんだろう?」
北條はあざけ笑う。
「我に消耗、なし」
「まぁ、せいぜい頑張れや。」
ジュキに向かって炎の弾丸が飛んだ。熱くそして、感情的な炎だ。
「瞋恚乃炎の孝之の魔法はその魂の性質によく似ている。
やつの炎は打ち消すことが困難な奴の怒りを反映する。
ひたすらに高温で、ひたすらに激しく、ひたすらにしつこい。
打ち出された炎を消すのは並大抵ではない。さぁ、たゆまなく襲う怒りと言う名の炎をお前は全て斬りふせらるか?」
これでもかと北條は煽る。
嗜虐的な笑みを浮かべているのだろう。物事が自分の思い通りに進んでいることを心より喜んでいるように思えた。
一方、ジュキは淡々としており、一見ただ、たっているだけに見える。
しかし、周囲を取り囲む炎は次々と消され続けていた。
「力を使うだろう?
磨耗するだろ?
異界の剣士なんてのは、まやかしさ。別にお前は違う法則で生きてなんていない。
ただ、そんな風な魔法を使うだけさ。故に、お前は俺らに負ける。
いくら無敵であろうが魔力が切れたらただの人だ。」
「あはれな妄言よ」
「本当に妄言かどうか?
それは直ぐに、証明されるだろうな。
次は俺だ。俺は逆賊の徒のリーダー。悪逆非道の北條最貴だ。
俺は闇を使う。」
北條の解説と共に、ジュキの周りを黒い靄が取り囲んだ。すぐさまに、ジュキは靄を斬ろうとしたのだろう。しかし、靄は形を変えない。
「闇というのは曖昧なものだ。物質があるわけではない。水と違って元素すらも存在しない。
言ってしまえば、ただ光源がないという状態でしかない。
つまりは、闇なんてのは概念みたいなもんさ。
故に、闇を斬ることは出来ない。
逆に、闇は全てを飲み込み、全てを曖昧にする。
魔法も物質も生物も悉くを取り込む。さぁ、闇に包まれたならお前はどうなると思う?」
「笑止、それこそまやかし。確かに闇に型がなく実態がないのは通り。
逆説的に、ならばお前が操るは、闇に有らず。故に、断ち斬れる。」
ジュキは剣を黒い靄に向けて鋭く振るった。靄が一瞬で晴れる。
「ちっ、魔力を斬ったのか?」
「しかり!ようやく掴めた。お主らの魔法を斬る方法を!」
ジュキがその切っ先を向けた先には、北條、アルフォード、クーパー、マキーラ、芽依子、木田孝之が立っていた。
「ふん。相変わらず最強どもは出鱈目だな。だが、俺たちには勝てねぇよ。」
ジュキは、その言葉を無視して北條の方を睨み付けながら剣を振った。
その瞬間に、北條の周りに半透明の幕が表れる。
「残念。言っただろ?クーパーは、元型魔法が使えるってな。」
「原初乃意識か?忌々しい。」
「いいねぇ!そうだよ。そういうコメントだよ。俺たちがほしいのは。
余裕綽々って感じで、俺は他のやつとは違うって感じで、いかにも平気ですって感じで、そういう感じなのは駄目だ。
だんだん鍍金が剥がれて、醜くなればいい。
余裕なんてかなぐり捨てて必死に勝利をつかもうとすればいい。
手段を選ばずに、足掻けばいい。
そんなのが似非正義にはお似合いだ。俺はそういうのが見たい。」
「至極不愉快」
北條が笑い、ジュキが顔を曇らせる。
完全に北條のペースになっている。俺は、汚れた衣服を水魔法で洗い落としながら、身支度を整えた。
ジュキは、ひたすらに宙に剣を振り続ける。
その度に北條の周りの膜はキーン、キーンと甲高い音を響かせているがビクともしていなかった。
もうジュキには、北條しか見えていないのだろう。
俺もウォークターもさっきから斬られていない。ウォークターのほうを見ると大きなあくびをしている最中だった。
俺も含めジュキ以外の誰もが、北條の勝ちを確信していた。
次で終わる。そう思った。
「さて、チェックメイトだ。」
そして、北條もそのつもりのようで、打ち取ったと宣言をした。
突如、ジュキが立つ地面が大きく割れ、ジュキが消えた。
それと同時に、その裂け目から風を纏ってギリーが出てくる。
落ちた?
裂け目に?
「さて最後に紹介しよう。風と土魔法に属性をもつライファル教国の貴族。
ギリー=ガン=ミラーだ。
ギリーは、転生者ではないにも関わらず俺達に賛同し、仲間になってくれた変わり者だ。
さぁて、認識外から急に、深く、深く落とされるのは初めてだろう?
斬ることで身を守れない攻撃には、お前はどうやって対応するんだ?
異界の剣士さんよー。
一人に夢中になりすぎだ。いくら俺の言語魔法が効いたからといって他を意識しなくなるのはあまりにも不注意さ。まぁ、地下からの攻撃なんてよっぽど意識していなけりゃ読めねぇだろうがな。
」
北條はそういいながらギリーにより作られた裂目を覗く。
そして、獰猛に、そして満足そうに笑った。
「まずは、二人だ。」
俺も痛む体に鞭を打って立ち上がり、裂目の方まで行き下を覗く。
裂け目は下の方でかなり広い円柱状の穴になっており、視力を強化してようやく霞んで見えるほどのそこの方でジュキがペチャンコに潰れていた。微かに、動いているようにも見えるが、虫の息だ。
いつのまにか、裂目の周りに逆賊の徒が全員集合しておりジュキの最後をニヤニヤしながら見下ろしていた。
「ギリー穴を閉じろ。」
北條が命じる。
魔法により生み出された土の塊が、裂け目から穴に雪崩れ込んでいく。
これで、終わりか……
落ちていく土を見ながら、強者の最後というのも嫌に呆気ないものに感じた。
ウォーターが、身なりを整えながら北條へと歩み寄る。
あれだけ切り刻まれたというのに平気そうだ。
「お見事でした。私は時間稼ぎしかできませんでしたが、あなた方は約束を果たしてくれた。いやぁ、頼もしい限りでございます。特に北條様、あなた様は本当に聡明で、そしてお強い。いずれ魔王様にもご紹介差し上げたい。」
「あぁ、マントハンリとライファル教国を落とした暁には是非お目通り願おう。」
二人は固い握手をした。
「では、また次の作戦の時に……」
その後ウォーターは、バシャンと水に変わり魔族領の方へ消えていった。




