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激闘  ①

二日後、俺達は教凰十字軍の二人と戦っていた。

北條から聞いた話によると、一人は元型魔法の使い手 アテラス=ロン=アポリ。


普通ならば、何百人が協力して使用する元型魔法を一人で用いることが出来る魔術師らしい。


もう一人は、ジュキ=ル=ミーシャンテ。教皇の宝剣と呼ばれる最強の剣士だ。


その二人と北條率いる逆賊の徒、計7名、それから魔王軍4大将軍の溺烈のウォークターが共に戦っている。俺だって、こんな状態になっているのは、信じ難い。だが、北條にとっては計画通りのようだ。


 マハトリオを出発し、他の逆賊の徒とウォークーターと合流した後に北條は俺たちに語った。

 「さて、野郎ども。

 今から正義の皮を被った偽善者を二匹屠る。

 心してかかるがいい。

 この二匹は、この世の寄る辺たらんとするライファル教とかいう嘘つきどもの権化だ。

 たった五人で正義の軍隊を名乗り、それに足るだけの暴力を持つ。

さて、それでは聞こうか?

 この正義の軍隊は、悪を屠るのか?

 否だ。奴らは決して、悪を屠るためには存在していない。

 強きを挫き、弱きを助けるのか?

 否だ。奴らは決して弱い者のために存在していない。

 世界を照らし、希望の灯をともすのか?

 否だ。奴らは決して、世界全土を灯すために存在していない。

 では、ならば、正義の軍隊は何のために存在しているのか?

 簡単だ。

 弱気を無視し、強きを守るためだ。

 悪から自分たちを守るためだ。

 世界ではなく、聖都ライトカノンのみを照らすためだ。


 さて、俺は悪だ。

俺は完全な悪役だ。悪らしく自分のことを棚上げして考える。

 この教凰十字軍のあり方は正しいのか?

正しく、正義を名乗る資格があるのか?正しく、悪と敵対する資格があるのか?

 

 はっきり言おう。

 論外だと!

 間違っている。やつらの正義は歪に歪み、そして愚に堕ちている。

 では、そんな間違った正義を正すのは誰の役目か?

 それは、断じて別の正義ではない。

 正義は確かに、矛盾をはらむだろう。

 絶対的な正義など存在せず、絶対的な正義を自称することは、すなわち正義をおのずから否定することに他ならない。それは、思考を停止させた、ただの暴力にもなり下がりかねない。

 だが、道を外れた正義をまた別の正義が正面から叩き潰すというのは美しくない。


 正義と正義の戦いなど陳腐極まりない。

 悪役だと思っていたら、実はいいやつだった?

 悪役にも事情があった?

 悪と正義の違いは立場だけ?

 つまらない。そんなのは本当につまらない。滑稽極まりない。

 悪とは悪だ。

 絶対的な悪だ。

 悪は、正義のように矛盾をはらまない。完璧な悪というのが存在する。

 話を戻そう。

 間違った正義は、誰が正すべきか?

 そう完全で、完璧な悪だ。

 間違った正義よりももっと、間違った悪が正義を嘲笑い、正当化し、そして駆逐するのだ。

 それこそが美しい。それこそが正しい姿だ。


 それは誰なのか?

 そう、俺たちだ。

 俺たちが正義の軍隊、教凰十字軍を正しく滅ぼさねばならない。

 完璧な悪たる俺たちが、正義を誅するのだ。

 俺はライファル教のことを、教凰十字軍のことを、聖都ライトカノンのことを知ってからずっと壊したくて、壊したくてたまらなかった。それが漸く叶う。

 さて、野郎ども。

 今から、間違った正義を駆逐する。それは、俺たちの使命のようなものだ。

 そして計画(おわり)の始まりでもある。さぁ、最初の滅びを始めようではないか‼‼‼」


 相変わらず正義とか悪とか抽象的なことにこだわる奴だが、この話から分かったことがある。

俺とギリーをマントハンリに派遣した時から北條はこの瞬間を思い描いていたのだろう。

 あの日、確かに北條はキキットと教凰十字軍を倒す相談をしていた。

 キキットが本来の力を発揮すれば、一人ずつならば倒すことができる。

 だったか?

 ならば、キキットの100%の力を基準にそれに足るように力をあわせれば、一人ならば倒すことができるということだ。そして、今俺たち逆賊の徒は、アテラス=ロン=アポリ 1人と対峙していた。

 もう一人のジュキ=ル=ミーシャンテは、ウォークターと対峙している。



 「異様な方々でございますね。某たちを教鳳十字軍とご存じで?」

 「殺した。はずだ。お前は。」

 アテラスは、俺たちに対して魔力を漲らせ、脅すように尋ねてきた。

 ジュキは、いつの間にかウォークターを切り刻んだ後に、つぶやくようにそう言った。

 ジュキに関しては、腰に携えている至って普通の鉄の剣を抜いたことにすら気づかなかった。しかし、ウォークターは、いくら斬ろうが水の集合の魔族だ。すぐに体が再生する。

こうして戦いは始まった。


 俺はウォーターとジュキから視線を外し、アテラスを注視する。まずはこいつからだ。


クーパーがいきなりアテラスへ向けて走り出す。クーパーの周りには、幾本もの剣が浮かんでいた。


速い!

気付いたときには、もうアテラスの懐に潜り込んでいる。そこからいつのまにか手に持っている豪華で、豪奢な剣を振るう。


キーン


甲高い音と共に、クーパーの剣がアテラスを覆う球状の半透明な膜に弾かれた。しかし、クーパーはそんなことでは止まらない。アテラスをクーパーの周りに浮いていた剣が襲った。


「なるほど、なるほど。魔法は、強身流に、魔剣流、それから鉄心流。技は、剣神流派ですか?

よくもそれだけの若さでそれほど身に付けられたものですね。」

アテラスは独り言のようにクーパーを褒める。しかし、そんな言葉を聞くクーパーではない。


物理的な攻撃ではアテラスの防御魔法は突破できないと悟ったのか、次は少し距離を取り炎を打ち出した。拳ぐらいの小さな炎だ。

小さいがバーストの炎と比べれば違いは一目瞭然だった。

 物凄い熱量だ。結構距離があるというのに、こちらまで熱い。

「次は、シンゲート流火炎術ですか?まるで魔法の見本市みたいな方ですね。」


アテラスは、余裕綽々といった表情で炎を前に動こうともしない。

 炎がアテラスを守るのです膜と激突する。

 凄まじい爆発がではない起こるが、アテラスが無傷なのがはっきりとわかった。


「あれが元型魔法 人形乃境(ひとかたのさかい) 原初乃意識(メル・ルド)。固いわね。」

隣に立つ芽依子が呟いた。


「おぉ!よくご存じですね。これはただの防御魔法ではありません。

人々が深層の無意識に眠らせている共通の神話。

 魂の記憶に紡がれし、逸話。

 それを形とする元型魔法。

 それが、この原初乃意識(メル・ルド)です。


 古来、人と世界には境がなかった。世界は闇に溶け込み、人もまた闇に溶けていた。

ある時、一つの意識メルが、自我であるルドを持つ。

 

 しかし、それを世界は闇に溶かそうとした。

 均一な無のみが支配する世界の均衡を保とうとした。

 それを意識(メル)は、はっきりと拒絶する。確固たる自我(ルド)を示し、世界と自らを分けた。

こうして、無の中に一つの存在が誕生する。

 世界すべてを隔てる程の強固な自我(ルド)

 その絶対の拒絶を再現するのが、この元型魔法です。

さぁ、このメル・ルドを貴殿方は子の魔法を破れるのでしょうか?」

 

アテラスは、自分の魔法をまるで自慢するかのように高らかに語った。

 確かに自慢したくなるのもわかる。炎のあともクーパーは、様々な攻撃をアテラスへ浴びせ続けている。

 

 だが、それは悉くアテラスのメル・ルドに完璧に防がれていた。

しかし、北條はそれを鼻で笑った。


「まるで、カール・グスタフ・ユングのような話だ。おめぇは、夢でも見ているのか?」


「カール?なんだ?お主は何の話をしている?

 訳の分からぬ話で、気を引こうとしても無駄だ。そろそろ我からも行こうか。」


突然飛び出した名前にアテラスは興味を示しながらも気を抜く様子はない。


「ソリドの雨」


アテラスが呟くと、一瞬にして空は剣に埋め尽くされた。


 そして、その剣先は俺たちの方を向いていた。あまりの剣の量に息を飲む。

いっそ荘厳ですらある光景に、恐怖よりも感動を覚えそうになる。


そんな中でも北條は余裕の態度を崩さず、語ることをやめない。


「ユングってのは、俺らの世界の精神科医だ。

 元型ってのは、一言でいえば集合的無意識の内容を指す。

 ユングは、いろんな宗教や言い伝えの中に同じようなイメージを見つけた。

 その中から、人は時代や文化を超えた普遍的なものを精神世界の中にあると考えた。


 それが、元型。おまえらの元型魔法は、まさに酷似している。



 しかし、おまえらの元型魔法の理論は、ユングの理論よりも明らかに劣る。

 一言でいえば薄い。

 無意識の中に眠る人々が共通にもつ神話の具現化だぁ?

人が悠久の時を経て経験し、蓄積されてきた魂に刻まれた記憶を使い、発動する神話の魔法?

馬鹿馬鹿しい。

そんなのはなぁ。まやかしさ。

ただ、ガキの頃から大人たちに物語として語られてただけじゃねぇか?

 この世界では、有名な神話以外元型魔法として使われねぇのが、その証拠だ。

 

だから、宗教観の強いライファル教国は、元型魔法が得意で、宗教観の弱いランス共和国では相手にもされてねぇ。ライファル教の信者の共通認識を利用した魔法。それが、元型魔法の正体さ。

 宗教観の強い奴には確かに元型魔法は、かなり効果的だ。

 信じて止まない神話が相手だからな。

 だが、しかし俺たちは転生者でな。もともとこの世界の住人じゃねぇんだわ。


 つまるところおまえが使う元型魔法はライファル教のやつから見れば、神聖で霊験あらたかなありがたい魔法かもしれねぇが、俺たちからすれば、ただの強力な魔法さ。」

 

 「言わせておけば、意味の分からぬことをべらべらと、よくしゃべるものだ。

 ならば、我の元型魔法の威力を味わってみるがよい。」

 アテラスは、あくまで淡々としている。まるで北條の言葉にあきれているようにも見えた。


 「残念ながら、させねぇよ。リビィ。やっちまいな。」

今にも剣が俺たちを襲いそうな中、北條が俺に命令を下した。

 

 俺は、慌てて、事前に指示されていた魔法を発動させる。拷問魔法だ。

 思念魔法で、アテラスの脳に映像を叩き込む。映像は、脳を騙し痛みを錯覚させる。


アテラスの動きが完全に止まった。空に浮いていた剣も一瞬にして消える。

アテラスは、苦悶の表情を浮かべ、涙を流し、あぁあぁと声にならぬ声を漏らしていた。


 拷問魔法の効果は覿面だった。


それは、そうだろう。

見せたイメージが、イメージなのだ。


動きを止めたアテラスに、クーパーが襲いかかった。火を纏う剣が、アテラスの防御魔法(メル・ルド)を突き破り、アテラスへと突き刺さる。


「き、貴様ら‼許さん。許さんぞぉ!」


 アテラスは怒りと共に大声をあげた。

 さっきまでの余裕は完全に消え去っている。血を流しながら、「ソリドの雨」と叫ぶ。空に再び、大量の剣が生成されるが、先ほどまでに斉一に並んでいない。

 

 「サヨナラだ。アテラス=ロン=アポリ」

 

北條がそうつぶやくのとほぼ同時に、いつのまにかアテラスの後ろに立っていたマキーラがナイフでアテラスの首を撥ね飛ばした。防御魔法は発動しなかった。いとも簡単にアテラスの首がとぶ。

呆気ない結末だ。


「さすがは、リビィの魔法だ。」

北條は高らかに笑った。


「いや北條の作戦勝ちだろう。」

実際にそうだ。俺が発動した拷問魔法は全て北條の指示通りのものだ。

 それは、アテラスには最低で、最悪の魔法だった。故に、アテラスは負けた。


俺が北條に命じられて放った拷問魔法はある映像が鮮明に脳裏に焼き付き、そこに出てくる人物が受けた痛みと、同じ痛みを自分も幻痛するというものだ。

簡潔に言えば、アテラスの妻と娘が拷問され、凌辱され、細切れにされ、殺される、そういう映像だ。

その映像を見せられながら、アテラスは二人と同じ痛みを受けるように錯覚させられた。


故にアテラスは心の平穏を大きく見出し、いとも容易く負けた。


映像はリアルだったはずだ。

何故ならば、北條は実際にアテラスの妻と娘に年が近く、背格好の似た女を二人捕まえ、事前に同じ苦しみを与えたのだ。アルフォードの虚言魔法で二人と同じ顔に偽装し、北條以下逆賊の徒の男たちで残虐の限りを尽くし殺した。


それを俺はただひたすらに観察させられた。

 アテラスに、よりリアルな映像と痛みを届けるために、俺は罪のない女が「殺してくれ」と縋るのを無視し続けた。

そうして完成したのが対アテラス用の拷問魔法だ。

 俺は、北條の指示通りに北條が作った地獄を再現し、アテラスに見せた。


つまりは、俺は悪くない。悪いのは北條で、アテラスに勝てたのは全て北條の力によるものだ。



本当に胸くそ悪い。

参考文献

心理学辞典(初版) 2002年2月10日発行 有斐閣 編集 中島義明 他 

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