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殲滅

 「リビィ。時間だ。起きろ」

 北條の声で、俺は目を覚ました。何か温かい夢を見ていた気がするが思い出すことはできない。

 「北條久しぶりだな。」

 「そんな定型句のご挨拶はいらないなぁ。リビィ。

早く転生者の楽園とやらに行こうじゃないか。

 そして思い知らせてやろう。悪党どもに楽園は似合わないとな。

楽園なんてのは、善人どもが至る極致のような場所だ。安寧とした停滞の中で安らかに、そして健やかに過ごす場所。それが、楽園だ。

悪党はそんなものを求めてはいけない。悪党は楽園なんてものを見つけたら最後、それを破壊することを至上の命題とし、破壊のみに心血を注がねばならない。


わかるか?リビィ。

楽園は、違うんだ。俺たちは、求めても、作ってもいけない。壊さねばならない。

だから、皆殺しだ。さぁ、我らが天敵たる楽園を潰しに行こうじゃないか?」


久しぶりに会ったというのに鬱陶しいほど意味のわからないことをべらべらと喋るやつだ。

「わかった。いこう。」

俺は北條の話に付き合わず、短く返事をしてベッドから起き上がった。ギリーは、北條の後ろに控えていて、北條を憧憬のこもった目で見つめていた。

北條のなにがいいのか?







「改めてようこそ!

転生者の楽園へ!皆様にお集まりいただき、私不肖ジグ。感謝の念に堪えません。」


倉庫の扉を開け、中にはいるとジグが机の上に立ち、取り囲む奴等に語りかけているところだった。

何人かが、俺たちが入って来たことに気付き、こちらを向いている。

「よう。我が同郷のものども。

残念ながら、てめぇらは全員漏れなく不合格だ。」


開口一番北條は、そう言って腰に下げていた剣を抜いた。


「なんだ?」「よう。なんだてめぇ?」「あぁ?なにが、不合……」

口々に怒号が、飛ぶのも待たずに、北條から黒い靄が発せられる。黒黒としているそれは瞬く間に、広がっていく。


次の瞬間に、壇上に立つジグの頭が飛んだ。俺も含め、どよめきの声が上がる。

スパッと見えない鋭利なもので斬られたようだ。見えないなにか?かぜ?

ギリーか……


隣を見ると、ギリーはすでに次の魔法の準備をしていた。



「皆殺しだ。」

そのつぶやきとともに、北條の黒い靄が転生者を襲った。転生者達からも色とりどりの魔法が飛んでくる。


向かってくる魔法は悉く北條の黒い靄に吸い込まれていき、消えていった。転生者たちは、目に見えない風に次々と切り飛ばされ、黒い靄に飲み込まれ数を減らしていく。


「リビィ!てめぇ!どういうつもりだぁ?」

ダッロが、大声をあげながら他の転生者達を掻き分けて、俺の方へと走ってきた。


「PKK。ただ、それだけだ。」

ダッロが飛ばす岩の弾丸を防御魔法で防ぎながら、血の弾丸を打ち出した。

水魔法よりも属性的に相性の良い血流魔法のほうが威力は高い。

 一発一発をダッロの体を撃ち抜くようにイメージして発射する。


しかし、俺の魔法も簡単にダッロの防御魔法に阻まれた。どんどんと距離が詰まってくる。

やばい。

このまま、距離を詰められたら殺される。

本能的に、そう感じた。



イメージしたのは、津波だ。

全てを洗い流すような巨大な津波だ。

ダッロを飲み込み、圧迫し、窒息し、溺死させる。

そういうイメージで魔法を発動させる。


溢れ出す血が大波となってダッロ含め、転生者達へ向かった。

 しかし、その魔法は大剣を持つ名も知らぬ転生者の一太刀により跡形もなく消し飛ばされてしまった。


「なっ……」

驚きと共に、一瞬硬直してしまう。

その隙をダッロは見逃してはくれない。

近くに迫るダッロが、一瞬で視界から消えた。


腹にものすごい衝撃と痛みを受けて、意識が点滅する。

なにかもらった?

なんだ、吹き飛ばされているのか?


腹が熱い、熱いほど痛い。

ドン!

と音がなってから壁に背中を打ち付けたことにも数瞬遅れて気づいた。

痛みに耐えながら顔をあげると、目の前に巨大な岩が迫っていた。


大きな岩だ。視界が全て覆われるほどの。

それが、ゆっくり、ゆっくり迫ってくる。


これに踏み潰されるのか?



すっと汗がひく。

回復を、回復をしなくては!



回復魔法で身体を癒し始めた途端に、世界が真っ暗になった。

痛い、痛い、痛い、痛い!

なにが?

なにがどうなった?

わからない、暗い、痛い。

今の俺の損傷は、どれくらいだ?


わからない。

わからないほどに全てがぐしゃぐしゃだ。

手足が機能しないほどに、つぶれているのはわかる。


身体も息が出来ないほどに潰れている。

耳は変な耳鳴りがして全く機能していない。

目は暗すぎて、見えているのかどうかわからない。

声は呻き声のようなものしかでない。


頭だってボーッとする。

あぁ、本当にぐしゃぐしゃだ。





だが辛うじて生きてはいる。



意識は今にも消えそうだ。

ここで、気を失えば間違いなく死ぬ。

死ぬ?

こんなところで?

死ぬ?


いやだ。だめだ。

死にたくない。死ねない。


ならば、どうする?


魔法だ。


魔法で癒せ。


いや、ずっと使ってる。

潰されてから、いや、潰される前から



使ってるが、使っている

端から潰れていくんだ。




痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

本当に痛い。



治しても、治しても潰される。

重い。重い、重い。


どれくらい経った?


もう1時間はこうしている気もする。



まだ、1分も経っていない気もする。


わからない。

思考が鈍っている。





頭がまた、ボーッとしてきた。



痛みも何だか遠ざかっていく。



やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。


こんな状態で、痛みを感じなくなったらそれはつまり死だ。



気合いをいれろ。

ひとまず回復だ。

まずは、頭からだ。

思考を絶やすな。


痛みや重みを受け入れるんだ。

受け入れて喜べ。


まだ、俺は痛感が残っていると確認しろ。



血を生み出して、頭を治し、そのあとで痛みを感じる部分から順に回復する。

潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、潰れても、回復だ。


蘇生だ。再生だ。治癒だ。


痛い。

しんどい。

だるい。


もう、いやだ。



でも、死ぬのは、もっともっといやだ。



俺は、暗闇の中でもがき続けた。

そんな俺に眩しい光が指す。急な光に驚き、瞬間的に目を瞑った。



「うわっ……こんな状態で生きているんですか?」

ギリーの驚く声が聞こえてきた。

「さすがだな。リビィ。

お前ほど気持ちの悪いやつはいない。醜悪で、不潔で、不浄だ。

だからこそ素晴らしい。

本当に素晴らしいぞ。リビィ。


こんなにもぐちゃぐちゃに踏み潰されて、ほとんど原型も留めていないのに生きている。お前の生命力は間違いなくゴキブリを上回る。」


ちっ、言いたい放題言いやがって!


てめぇの称賛は悪口にしか聞こえねぇよ

胸くそ悪い。

そんな北條への悪態を心のなかでつきながら、身体を再生する。どんなに死にかけでも、どんなに欠損しても、どんなにぐちゃぐちゃでも、俺の回復魔法は万能だ。


すぐに手足は生え、良くわからない臓器たちはもとに戻り、狂いそうなほどの痛みはすーっと消えていった。


「悪かったな。ゴキブリ以上の生命力で。」

「いや、悪くない。悪くないさ。

お前が他に与える根源的な嫌悪感は、お前の武器だ。

いいか?リビィ。

お前はそれを誇るべきだ。

お前はそれをもっと活用すべきだ。

昔、ブルーグルーブを追い払った時のような戦い方をおまえはするべきだ。魔物にするよりも人間にするほうが効果は高いんだ。

恐れるなよ。リビィ。

他者からどう見られているか?

どう思われているか?

嫌われている?好かれている?

そんなものは気にするな。

ただ、心に宿る衝動と欲望に突き動かされるようにすればいい。そうすれば、自ずからお前の行動は魂の穢れに沿う。それこそがおまえだ。

それを誇れ。胸を張れ。本来、頭を垂れて恥忍ばねばならぬ穢れを俺達は威風堂々見せつけるのさ。」


「んで、このあとはどうするんだ?」


俺は北條の言葉を聞かなかったことにして、無視することにした。

 話に付き合えば、また訳のわからないことをべらべらと喋られる。

これ以上は勘弁だ。


「連れないやつだ。

さて、そうだな。おまえに頼みたいことがある。」

「頼み?」


「簡単なことさ。こいつらの身体を再生しろ。外傷も被服類も直せるなら直せ。なるべく損傷は少なくしている。できるな?」


北條の何処までも黒い瞳が俺を睨み付ける。できないとは、とても言えなかった。

 

 あたりを見渡すと倉庫は転生者たちの死体で満たされていた。

 見事に皆殺しに成功したようだ。俺は全く何もできなかった。少しは強くなってきたと思っていたが、まだまだだ。俺は弱い。致命的に。

 あたりに転がる死体を眺めながら、俺はひどくみじめに思えた。



俺は北條に命じられるままに、転生者の死体を癒した。

 当然に身体を治したところで、そいつらは動き出さない。肉体が戻っても魂がなくなるのだ。きっと、その魂はあの自称神様のもとへと行っているのだろう。


全員の再生を終えると、北條はそれを一所に集め、黒い靄で覆い隠した。

 その後靄が晴れると、死体は跡形もなく消え去っていた。


どんな魔法かもわからないが不気味な魔法だ。北條と戦うときは、絶対に靄に触れないようにしなければな。



「さて、リビィ。少し、これからのことを少し話そうではないか。」

 北條は、俺のほうを見てニヤッと笑いながらそう語りかけてきた。



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