報告
少しして、マリーが二人の男を連れて戻ってきた。一人は大柄で筋肉質の男だ。
冒険者風で動きやすそうな格好をしている。
もう一人は、細身で長身。見るからに事務方といった感じだ。
細身の方から「義勇兵管理局のマハトリオ特別支店 管理局長 ラクトル=デ=キースと申します」と挨拶をしてきた。続いて筋肉質の男が「マハトリオ義勇兵斡旋所 所長のサルバ=ギルドルという。よろしく頼む」と続けてきた。
筋肉質のザルバは、細身のラクトルをチラチラ気にしている感じ力関係が何となく透けて見えている。
「あの僕はギリー=ガン=ミラー様の奴隷です。」
俺も自己紹介をした。
名前は名乗らない。奴隷の名前など名乗る価値はなく、名乗られたとて覚える意味もないというのがこの世界の常識だからだ。こういうときは、主人の名を言うのが普通だった。
二人もそれについて特に反応はない。
ただ、サルバの方はガン=ミラーの名を聞いて少し驚いたような顔をして「あのガン=ミラー家の」と呟いていた。
「さて、早速ですが報告を聞きましょう。
ウォークターを名乗る魔族を見たと聞いたのですが本当でしょうか?」
ラクトルが話を切り出してきた。それにたいして、マリーが答える。
「はい。本当でございます。先ほども申し上げましたが、私たちはミミリスの討伐直後、魔王四大将軍を名乗るウォークターという名の魔族に襲われました。」
「申し訳ございません。マリー様。私としては、ギリー様の奴隷に話を聞きたいのです。マリー様のお話はもうすでに聞きましたので。」
「そうですか。それは大変失礼いたしました。」
「いえこちらこそ。
では、改めまして、あなたがウォークターに遭遇した話を聞きましょうか?
そして、どうやって生きのびたのかも。」
ラクトルは、疑い深い目で俺を見ている。おそらくだが、疑われているのだろう。何をどのように疑われているのかはわからないが、用心した方がいい。
と言っても今回は全てを嘘で固める必要はない。
俺らはウォークターに襲われた。
そして、俺は近くにいたマリーを連れて逃げた。
バーストのことは助けられる場所にいなかった上に、二人を連れて逃げるのは無理だったので連れずに逃げた。
ウォークターは、遊んでいるのか最初は攻撃を当ててこなかった。
マハトリオに近付くにつれて攻撃は熾烈を極め、いくらか攻撃を受けながらも命からがら逃げ延びた。
俺は敢えて言語魔法を使わずにラクトルとサルバに説明した。
言語魔法は、なんとなく使わない方がいい気がしたのだ。
「なるほど。話を聞くとウォークターは、貴方を故意に逃したように聞こえましたが?」
「わ、わかりません。ぼ、ぼくは必死で。最後は本当に、しぬ、と思いました。」
「ラクトル様。率直に聞きます。何を疑われているのですか?」
疑いの目を止めぬラクトルに、マリーが質問する。
ラクトルは、マリーの方を見ながらため息をついた。
「別に私は、なにも疑ってなどいませんよ。ただ、現実的に旧グランリース領のほとんどの人間を殺した魔族から子供の奴隷がどうして生き延びれたのか?その謎が知りたいだけです。」
「それが疑いだと言わずして、何だと言うのですか?」
「いえ疑いではありません。普通の疑問です。はっきり言いましょう。
近くにそんな強い魔族が表れたとなればこの国にとって大きすぎる危機です。
その真偽をきちんと確認する。それは、至って自然なことではないですか?」
「あのラクトルさん。えっと、ですが、あの勇者の弟子とガン=ミラー家のものですよ?」
ここで始めて不安げにやり取りを見ていただけのサルバが口を挟んできた。
「だから何だと言うのですか?
確かに勇者は、英雄でしょう。しかし、その弟子は?別にただの子供です。なんの身分もない。この奴隷だってそうです。
ガン=ミラー家の奴隷だろうが、ライファル教国の教皇の奴隷だろうが奴隷は奴隷です。」
ラクトルは、ザルバを見もせずに吐き捨てるように言う。
それに対し、呟くような声で、ザルバも言い返した。
「グスタ=デ=バリランスの奴隷だとしてもですか?」
空気が凍る。ラクトルがザルバを睨み付け、ザルバはビクッとして縮こまる。
身体は随分大きいがかなりの小心者だ。
「ええ。もちろん。主人の身分は関係ありません。
例え帝王陛下の奴隷だとしても私は同じ姿勢を取りましょう。」
ギリーが言っていたな。
グスタ=デ=バリランス。
デ・バリランス帝国の王で、国で最も強い男。世界でも最強の3人に数えられるか……
なぜ、今その名が出てくるのだろうか?
険悪な空気が流れるなかに、コンコンとノックの音が響いた。
「ラクトルさん。見つけましたよ。二人を連れてきた義勇兵。」
そのあとに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「どうぞ、入ってください。」
入ってきたのは、義勇兵管理局で受付をしていた女、カンカと3人の義勇兵だった。
「失礼します。」
「それでは、この奴隷を狙った攻撃は魔族の全力だったと?」
「はい。少なくとも自分にはそう見えたっす。あれが、示し合わせているようにはとても見えないっすよ。」
「その子は魔族の魔法に当たって物凄い吹き飛んでた。正直死んだと思った。それなのに連れをくわえて必死の形相でまた走りだした。腕も足も千切れてるのに。もし貴方が疑うように魔族と仲間だったら狂気の沙汰。普通にあり得ない。」
「あの姿は泣けたぜ。女の子を守ろうとする姿は小さくても男だったな。うん。」
義勇兵に対し、ラクトルは淡々と質問する。
義勇兵たちは、三者三様思い思いに感想を言うように質問に答えていた。
少なくとも3人は、俺の思惑通りのことを話してくれている。ラクトルは、それを思案顔で聞きながら、羊皮紙のようなものになにかを書き込んでいた。
「なるほど、わかりました。ありがとうございました。
カンカさん。彼らと局に戻り情報提供料をお支払してください。」
冷たく3人とカンカにそれだけをいって、ラクトルは4人に退席を求めた。
義勇兵の3人は、なにか釈然としない顔をしながらもまた思い思いに挨拶をして帰っていった。
「これでわかっていただけましたか?サックは、私を守ってくれた英雄です。」
「それは、貴女にとってのというだけです。」
マリーが胸を張るが、ラクトルはあくまでも態度を変えない。それにマリーが苛立っていく。
「貴方は何がそんなに疑わしいのですか?貴方がいうように、私達とあの魔族が仲間なのだとして何が目的だと?」
「そうですね。私は、マリー様。貴女を疑っているわけではありません。
ただねぇ。その子どもは非常に胡散臭い。嘘つきの匂いがします。」
ラクトルの事務的な声にドキッとしてしまう。嘘つきか……その通りだ。
「あり得ません。サックは、こんなに可愛いじゃないですか?」
そうマリーが叫んだ次の瞬間には抱きかかえられていた。
人形のように後ろから持ち上げられている。ふんわりと薔薇の匂いが香る。
悪くはない。
「ほらこんなにぷにぷにしていて、柔らかくて!
小さいのに頑張っていて、意思が強くて。でも、自信なさげで。
アンバランスな様子がとても、とても愛くるしいではありませんか!」
俺とラクトル、ザルバが固まる。
ラクトルの表現が始めて変わり、ひきつったようなものになっていた。
「えっと、あの申し訳ございません。取り乱してしまいました。」
マリーは二人の様子に気付き謝罪はするが、俺を離してはくれない。ぎゅっ、ぎゅっと俺を抱く手に力をこめてくる。決して不快ではない。マリーの温かく柔らかい腕のなかで安らぎすら感じる。
「そ、そうですね。あの、ですね。とにかく私としては、そちらの奴隷を簡単に信じる気がしないのです。」
「ならば、どうするのですか?」
「どうもしません。私は、今聞いた話をそのまま上に報告します。いくらか私の意見も付け加えますが、概ね客観的な報告にするつもりです。それを受けて上が判断するでしょう。
少なくともウォークターが生きていたというのは、疑いようもない事実なようですし、管理局としても、何らかの動きはあるでしょう。それでは、私はこれで失礼いたします。」
ラクトルは、そう言って退出していった。勝手なやつだ。
聞くだけ聞いてそれで、さよならかよ。最後まで俺に対して疑いの目をやめなかったところも不快だった。
「えっと、マリー様すみませんねぇ。
斡旋所としては、一度国王様に報告し、判断を仰ごうと思います。」
対してザルバの腰はその体格によらず低い。ペコペコと頭を下げて去っていった。
残された俺とマリーはしばらく身を寄せたまま無言だった。
俺自身背中に感じるマリーが心地よく離れたくないと思ってしまっていた。
「あのサック。もしよければ、これから一緒に貴方のご主人様のところにいきませんか?」
しばらくして口を開いたのはマリーからだった。
「えっと、あの……」
「キタラクタヘ行く許可を頂かないといけませんので。」
俺がつっかえて答えに窮するふりをすると、マリーは俺を抱く腕に力を入れて掌で体をさすってくる。
「一回、ご主人様に聞いてみます。マリー様と一緒に、あの行っても、いいか、聞いてみます。」
「そうですね。なんの約束もせず訪ねるのは礼に反しますね。私としたことが失念してました。」
報告が面倒だ。
ギリーになんと言われるだろうか?
まぁ、どうでもいいか。俺は言われたことはやりきった。
少しぐらいのイレギュラーは仕方がないだろう。
「あのウォークターって魔族は、そんなに有名なのですか?」
少しの沈黙の後、俺は気になったことを聞いてみた。
「はい。有名です。
今から十数年前になるのですが、ライファル教国には、魔族領と接するグランリース家という名門貴族が治めるグランリース領という場所がありました。そこが、二人の魔族が率いる魔族と魔物の混成軍に教われました。グランリース領は壊滅し、領民もほとんどが殺されました。当時、ライファル教国にとって、グランリース領は魔族と戦う上で守りの要の場所。一領地としては、考えられないほどの力を有していたと言われています。
しかし、グランリースの兵は見事に壊滅させられた。
事態を重く見た教皇は、聖都の守りの要である教凰十字軍の派兵を決定しました。
教凰十字軍により、一人の魔族は討伐され、一人は魔族領へ逃げていきました。
その討伐された魔族というのがウォークターです。おそらくですが、あの体を水に変える魔法で死んだふりをして生き延びたのでしょう。」
「そ、そんなこ、怖い奴だったんですね。」
なるほど、なんとなく北條の作戦が見えてきた。
それにしてもグランリース領か……
確かリクリエットの名前が、リクリエット=リ=グランリースだったか?
おそらくだが、関係があるのだろう。
「あの、それでグランリース領というところは、どうなったのでしょうか?」
「そうですね。グランリース領の土地は教凰十字軍の活躍で、魔族達から取り返されました。
しかし、グランリース家は事実上取り壊し、領主の妻は領民を守らず逃げ出した罪を被り処刑されました。領主は、聖都で生きてはいましたが、最後の末娘が魔物に殺されたと聞き自害しました。」
マリーの口調はすこし暗いものに変わった。
そう言えば前に北條が言っていたな……
リクリエットは、「グランリース家復興のために、世界のために粉骨砕身戦っていた偉大な義勇兵だ」だったか?
そうか、グランリース家の末娘と言うのが、リクリエットのことだったのか。
ならば、グランリース領の仇は、俺が代わりにとらなきゃな……
あのウォークターを俺の手で殺さなければなるまい。
勝てるのか?
マリーでさえ歯が立たなかった相手に俺は勝てるのだろうか?
いや、やめよう。今はマイナス思考になっている場合ではない。
勝てるのかではない。勝たねばならぬのだ。俺は、あとには引けないんだ。
「そして、今グランリース領はミラー領と名を変え、ガン=ミラー家が治めています。
貴方のご主人様の家ですね。」
「えっ?」
「ガン=ミラー家は、教凰十字軍の一人五穀豊穣デール=メーテを輩出したのです。
グランリース領奪還の功績が認められ、ガン=ミラー家に旧グランリース家の領地のほとんどが与えられました。」
ここで出てくるのか、ガン=ミラー家……
「ご主人様の家ですか……」
「はい。そういえば、貴方は旅の途中で拾われたのですね。そのうち行く機会もあるでしょう。
あの広大な麦畑は見事なものですよ。」
「行ってみたいですね。」「えぇ。きっと驚きますよ。」
マリーとバーストには俺の嘘の生い立ちは話してある。
マリーは俺の嘘をきちんと信じてくれているようだ。
さて、聞きたいことはまだまだあるがこのくらいが潮時だろうか?
あまりグイグイ聞きすぎるのも奴隷っぽくない。この辺りで切り上げるか……
「えっと、僕、そろそろご主人様の所に行こうと思います。」
抱き締められる感触は非常に名残惜しいが、俺は弱々しくそういった。
マリーは再び俺の体を巻く腕に少し力を込めて、ギュッと結んだあとにゆっくり俺を離してくれた。
「かしこまりました。また、明日、今日と同じ場所でお待ちしておりますね。」
足と手はとりあえず、水魔法で簡易的に作った。
俺の回復魔法を使えば、元に戻すことは造作もなかったが、ここではやらないほうがいいことぐらいわかる。
幸いに水で足と手を作り、長めのローブをかぶり、靴を履かせればぱっと見ではわからなくなった。
歩行だって問題ない。
水でできた左手で細かい物をつかむのは苦労するが、右手は無事であるからそこまで影響はないだろう。
「すごい、器用ですね。」
マリーはそれを見て驚いていた。
この世界の魔法は戦闘に傾きすぎていて、あまり物の形を作ったり、何かの代わりに使ったりということはしないようだ。
俺は、適当に「生きるために、み、身に着けたんです」と悲しそうな顔を作りながらごまかしておいた。
「色々とあったのですね」
マリーは勝手に何かを察してくれてそれ以上は聞いてこなかった。
俺たちは、二人連れだって斡旋所を出た。
「おぉ!サック。」
前方から斧を持った大男がどしどしと走って俺のほうに近づいてきた。リグだ。
「おまえのご主人様すげぇな。」
開口一番、リグは俺の肩をポンと叩いた。配慮のあるたたき方で無配慮だったバーストを思い出す。
「ご主人様ですか?」
「あぁ、知らねぇのか?お前のご主人様、魔族に支配されていた村を解放したってそこら中でえれー騒ぎになってるぞ。」
「知りませんでした。」
俺は、リグの顔を見ずしたを向いて気のない返事を返す。
演技ももちろんある。
しかし、罪悪感から顔を上げられないのが大きな理由だった。
「なんだ?なんだ?偉い暗い顔をしてなんかあったのか?」
それを感じ取ったリグが、心配そうに尋ねてきた。
「えっと、あの、その……」
バーストのことを言わねばならないと思うが、言いよどんでしまう。リグも義勇兵だ。
皆と同じで仕方ないと淡白な反応を見せると思っているが、なんだか伝えにくいものがあった。
「サック、この方は、バーストさんの?」
隣にいたマリーが小声で聞いてきた。答えられない僕の代わりにバーストがマリーに返事をした。
「あぁ、俺はバーストの友達だが?
そういえば、なんかバーストの奴、サックと勇者の弟子と一緒にパーティー組むとかって言ってたな。っていうと、あんたが?」
リグはポリポリと頭を掻いていた。
僕とマリーの様子に既になにか不吉なものを感じ取っているのかもしれない。なぜかそう思った。
「はい。お初にお目にかかります。わたくしの名は、マリー=シェルエ。勇者 ユウラ=マイルの一番弟子であり、聖剣士でございます。ここにいるサックと、バーストさんとパーティを組ませていただいておりました。」
「おう。俺はリグってんだ。バーストの仲間なら俺とも仲間みてぇなもんさ。よろしくな。」
リグが出す右手をマリーはすぐには握り返さず、少しためらった後にうつむいた。
「あ、あの、その、リグさん。」
俺は決めた。
俺が言うべきだ。俺が殺したのだ。殺したことを言わないにしても、バーストが死んだことは俺が言うべきだ。そんな謎の使命感に突き動かされるように、俺は慎重に言葉を選んだ。
「バーストさんは、ま、魔族に……」
ここでリグの顔を見た。リグは、既に目にいっぱいの涙をためていた。
俺とマリーの反応でようやく感じ取ったのだろう。
「殺されました。」
そう言い切った瞬間だった。
爆発したかのような音があたりに響いた。
耳が痛い。
咄嗟に目をつぶり、すぐに開く。
何が起こったのか?
混乱しながらも、何が起きたのかはすぐにわかった。
泣いたのだ。
大の大人が、惜しげもなく、何の恥ずかしげもなく、大声を出して泣いたのだ。
目の前の大男は、空を向きながら吠えるように泣いていた。
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、リグは泣いていた。
なんでだよ。
義勇兵だろ?
自己責任だろ?
混乱する。
なんだよ、この反応は?
今まで誰もそんな反応しなかったじゃないか。
「バースト!バースト!なんでだ。バースト!なんでだよ。」
ウオーン、ウオーンと泣くリグに俺もマリーも声をかけることができなかった。
周りを歩く他の義勇兵たちも不審な顔でこちらを見て気はするが、声はかけてこない。
ただバカでかい声で、リグはバーストの死を悼み泣き続けた。
義勇兵は自己責任で、日常茶飯事で、マリーだって、他のやつだってそういってた。
義勇兵は他人の死には淡白だって、
命かけてるから当然だって、そうじゃないのかよ。
「バースト。また、酒、飲みたかったよ。お前の皮肉聞きたかったよ。また、俺、お前に、笑われたかったよ。しょうがない奴だって、いわれたかった。なぁ、バースト、また怒ってくれよ。ファイライのこと馬鹿にする俺に本気でむきになってくれよ。なぁ、なぁ、なぁ」
リグは、空に向かい吠えながら泣く。
その言葉一つ一つがとげのように鋭く俺の心に突き刺さる。
痛かった。
胸がずきずきと痛かった。
悲嘆を隠そうともせず泣き続けるリグを、途方に暮れているマリーを、
見ながら俺は、一人、ただ一人、世界に一人
取り残されているそんな感覚に陥っていた。
一人だ。
俺を残して世界がぐるぐる回っている錯覚にとらわれる。
最初から外れていた道とはいえ、さらに道を踏み外していく。
取り返しがつかないほどに、道を違えていく。ただ一人、たった一人正道から外れていく。
何かに胸を縛られ、息ができなくなりそうになる。
そんな俺の手をなにか温かいものが包んだ。
「サック、あなたのせいではありません。」
マリーのあたたかな声が俺の脳にしみる。いつの間にか俺は涙を流していた。
しかし、その言葉も俺の胸を締め付ける鎖へと変わる。
違うのだ。
俺のせいなのだ。バーストが死んだのは、まず間違いなく俺のせいだ。
俺が殺したのだから当然だ。
胃の奥のほうからすっぱいものが上がってきた。それを何とか食い止める。
口の中に気持ち悪い味が広がった。
「なぁ、頼む。聞かせてくれないか?
バーストはどんなやつに殺された?あいつの最後を教えてくれないか?」
リグは顔をくちゃくちゃにゆがませながら、なんとか絞り出すように俺たちに尋ねてきた。
俺は、声が出なかった。
そんな俺の代わりにマリーが溺烈のウォークターのことを説明してくれた。俺はそれをどこか他人事のように聞いていた。現実感が薄れ、ただ痛みだけが俺を責めていた。
「サックは、私だけを何とか連れマハトリオまで逃げてきました。その代償に、左腕と右足をなくしたのです。」
マリーがそう説明した時、リグの目線がはっきりとわかるように失われた左腕と右足へ向くのが分かった。ローブと長めのズボン、それから靴で隠してはいるが注視すればそれが肉のないものだということは容易にわかる。
リグは、小さく唾を飲み込んだ。
そして、眼にもとまらぬスピードで動いた。
消えた?
そう思った時には、全身が圧迫されていた。
抱きしめられたのだ。
リグに。力強く。とても、とても力強く。
「サック、つらかったな。ごめんな。俺、最初にそれに気付いてやれなくて。
ごめんな。ホント、つらかったよな。」
涙ながらに頭を撫でられた。ごつごつとしているが、優しい手だった。
あぁ、俺はなんて馬鹿なんだろう。
なんて最低なんだろう。
なんて外道なんだろう。
「ぐぅ……」
喉から息が漏れるように短い悲鳴を上げてから、刺すような痛みに耐えた。
そして、俺はやめた。
苦しむことをやめた。偽ることにしたのだ。嘘が全くの本当であると、自分自身を騙した。
俺は、奴隷のサックで今回の件の被害者だ。
バーストを殺したのは、 溺烈のウォークターとかいう魔族で、俺はマリーを連れて命からがら逃げ延びた。そして手と足を一本ずつ失ってしまった。
哀れで健気な奴隷だ。
そう思い込むことにした。
開き直ってしまえば、胸の痛みは少しマシになった。
抱きしめられている温かさも素直に受け入れられる。頭をなでるこの手の優しさも好ましいと思えた。
魂がまた一つ穢れていくのを感じながら俺は自発的に涙を流した。
「ぼ、僕、バーストさんを……」
「言うな。サック。お前は悪くない。
俺が必ず仇はとる。その溺烈のウォークターとかいう魔族は俺が必ず殺す。
殺してやる。」
そういった瞬間のリグの手は今までとは比較にならないほどに力が込められていた。
「あの、ありがとう、ございます。で、でもむ、無理だけは、しないでください。」
「大丈夫だ。俺は、こう見えてもここじゃ名の知れた義勇兵だ。名が知れているってことは、それだけ長く戦い続けてきたってことさ。無茶はしない。」
「はい。」
そのまま俺はしばらくリグと一緒にバーストを悼み涙を流した。
その後は、特にマリーと再会を約束するわけでもなく、リグと言葉を交わすわけでもなくばらばらに分かれてそれぞれの帰路についた。
俺は、ギリーが待つであろう宿屋へ帰った。
さて、一番つらい報告は終わった。
残るは、一番胸糞悪い報告を残すのみだ。




