誘い
起きる。そこには、斡旋所の治療所だった。右手から微かに温かい感覚が伝わってくる。頭がぼーっとする。なぜ、ここで寝ているんだっけ?
「サック!」
マリーだ。マリーの声が聞こえる。あぁ、そうか俺はバーストを殺して……それからマリーをつれて逃げたんだったな。
「申し訳ございません。わ、わたくしの為に……て、手足を……」
マリーは泣いていた。俺の右手を強く強く握りしめながらポロポロと涙をこぼしていた。
「あの、す、すみません。ぼ、僕、マリー様しか助けられませんでした。」
俺はバーストを殺した。その事実が、俺の胸を重くする。マリーと目を合わすことは出来なかった。
「いえ、あの状況で私を助けだし、逃げのびただけでも奇跡です。確かにバースト様のことは残念ですが、あなたが気にやむことはございません。」
マリーは大きく首を振り、握るその手にさらに力を込めた。手からマリーの温かさが伝わってきて心地がいい。
義勇兵とは、つねに死と隣合わせの仕事で、死ぬのは誰か他人の責ではなく、自分の責であると、そのようなことをマリーは続けた。
俺は少し身体を起こしマリーを見た。マリーの目は俺の失われた左足と右腕を見ていた。すぐに、俺の目線に気付き、一瞬目をそらした後で目線を戻し、微笑んでくれた。
マリーは逃げる最中に俺が負傷したのを気に病んでいるのだろう。俺としてはこれくらいの負傷はどうにでもなるが、それは俺に限った話で、マリーからは強い自責の念が伝わってくる。
その優しさに甘えたくなる。心配そうに俺に手をさしのべる少女に身を委ね、すべてを忘れてしまいたくなる。しかし、それを俺のなかにいるリクリエットが許さない。
「でしたら、ぼ、僕が怪我を負ったのもマリー様の責任ではないです。ぼ、僕が弱かったから……」
同情と自責が強くなるように言語魔法を使いながらたどたどしく言ってみる。
「サックは優しいですね。」
マリーはゆっくりと笑った。
おかしい。魔法が効いている感じがしない。そう言えば、ミミリスとビッラビットに言語魔法を使ったときもマリーには届いていなかった。
マリーには言語魔法は効かないのだろうか?
「……サック?一緒にキタラクタへ行きませんか?」
俺がマリーに言語魔法が効かない理由を考えていると少しの逡巡の後、マリーは俺の顔を再び覗きこんできた。
「キタラクタですか?」
「はい。キタラクタはからくりの国と言われておりまして。キタラクタならば本物の手足と変わらない義手、義足が手にはいるはずです。魔道具の製作では、他国とは一線を画す国ですので。」
「義手?義足?」
「はい。治癒魔法では傷を治すことはできても失ったものを再生させることはできません。なので、あの、私と魔道具の腕と足を作りに行きませんか?」
からくりの国キタラクタか……
なんて心を引かれる提案なのだろう。率直に言えば、是非とも行きたい。
だが、俺は行けない。リクリエットが、いや北條がそれを許さぬだろう。
「あ、ありがたいです。で、でも僕は奴隷で。なので、えっとご主人様の元からは離れられません。す、すみません。」
「貴方のお気持ちはどうなのでしょうか?貴方はこのまま手足を失ったまま生きていたいのですか?」
俺が奴隷らしく意思のない発言をするとマリーは握る手にグッと力を込めて迫ってきた。力強く俺に問いかけてくる。その後で、急に勢いを落とし、「私と旅をするのは、えっと、あの嫌、ですか?」としおらしく聞いてきた。
可愛いな。不覚にもそう思ってしまい、心が揺れた。
「あの、その、そんなことはなくて……えっと、でも、あの」
「では、貴方の主人が許可を出せば私と旅に出ていただけるのですね?」
曖昧な返事にマリーはさらに詰め寄ってくる。俺は勢いに負けて頷いてしまった。
「やりました!言質頂きましたからね。」
マリーは無邪気な声をあげて喜ぶ。俺はその姿に心が洗われるような感じがした。胸のうちにあるゴロゴロとしたどす黒い感情が晴れていくそんな感じがしたのだ。
マリーの嬉しそうな顔を見ていると俺もなぜか嬉しくなってくる。
このまますべてを忘れマリーと旅立てればどれ程幸せだろうか?
「さて、実はこのあと、斡旋所の所長と管理局の局長に報告しなければなりません。サック出来ますか?」
急に話は変わる。現実に戻される。そうか、それが北條の指令だったな。
「はい。」
「では、旅の話は報告が終わってからにしましょう。サックは、そこで待っていてください。所長と局長を呼んで来ます。」
そう言って、マリーは部屋の外に出ていってしまった。報告か……上手く嘘を突き通さねばならないな。




