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襲来

次の日、俺はマリーとバーストと3人で狩りに来ていた。昨日帰宅後にギリーに詳細を報告すると、ギリーは「二日後に、ホウジョウさんの到着を待ち、ジズやダッロ達の集会を襲撃し、全員殺します」と説明された。

 ギリーはそのための準備をすると言い、今日は俺一人で行動すること、マリーとバーストとビッラビットの森で狩りをすることを命じてきた。




「動きを止めます!」

胸につかえるモヤモヤを払拭するように、ビッラビットに拷問魔法を放つ。ビッラビットは、ピクピクと痙攣して動かなくなった。それをバーストの魔法が焼き尽くす。

 俺たちはギリーの指示通りにビッラビットの森に来ていた。基本的に俺が動きを止めて、バーストがとどめを刺す。マリーは遊撃として自由に動く。そういうフォーメーションで次々とビッラビットを狩っていった。 

 もう何体目のビッラビットだろうか?


 「順調だな。」

 「そうですね。サックの魔法で簡単にビッラビットが動きを止めるので、非常に楽です。」

 正面から飛んでくるビッラビットを簡単に真っ二つに切り裂きながら、マリーはバーストのつぶやきに返事を返す。正直、マリーに関しては、俺が動きを止める必要を感じさせない。

 「あの、ミミリスってどんな魔物なんでしょうか?」

 今回の俺たちの目的はビッラビットではなかった。俺がビッラビットの森に行くことを提案すると、じゃあミミリスを狩りに行こうとなったのだ。

 「ミミリスは、一言でいえば耳のでっかいリスだな。」

 「耳の大きなリス?」

 「ええ。わたくしも実際にみたことはありませんが、なんでもその耳からビッラビットを産み出すビッラビットの元締めみたいな魔物だそうです。」


リスの耳からうさぎが生まれる?

なんだその不気味な生態系は?


「気持ちはわかるが、まぁ魔物なんてもんはなんでもありさ。深く考えるだけ無駄だろう。気にするな。」

よっぽど俺が釈然としない顔をしていたのだろう。バーストが補足の説明を入れたあと、がしがしと無遠慮に俺の頭を撫でた。いてぇな。おい。

 「気にするなと言われても、少し気になります。」

 「サック、世の中には様々な魔物が存在しますが、生態がはっきりしている魔物はいません。すべてが不気味で、不可解です。だからこそ魔物なのでしょう。」

 俺がバーストの手からやっと解放されると、マリーが微笑みながら諭してくる。


暗い森の中を、木を切り分けて3人で進んでいく。ビッラビットが襲ってくるが、俺たちの敵ではなかった。1時間ほど進んだところで、バーストが楽しげな声をあげる。


「さぁ、さぁ。おでになすった!」

バキバキ、ガサガサと前の方から木が折れる音が聞こえる。

「まずは、姿を見せていただきましょう。」

マリーが、剣を鋭く振るい目映く光る衝撃波のようなものを飛ばした。それは、眼前の木々に吸い込まれるように入り、辺りの木を一斉に伐採した。


敵の姿が鮮明になる。

そいつは、確かに一言でいってしまえば、耳のでかいリスだ。魔物特有のむごい皮膚なのを除けば、額に角が小さく生えていること以外は前世にいたリスとそう変わりはない。身体も普通に思い浮かぶリスに比べればでかいことはでかい。しかし、それが気にならないほどに耳の大きさが尋常ではない。



問題の耳だが、身体の三倍以上はある。

本来頭の上から生え、上に向かって付いている耳が、大きすぎて身体の両側面から映えている羽のようにも見える。

その耳には、直径1メートルほど、リスの身体がすっぽり入りそうな穴が空いている。穴の先は真っ黒でどうなっているのかは見ることはできない。


その耳から次々にビッラビットがにじりでてくる。飛び手てくれれば、まだそこまで気色の悪くない光景だっただろう。


「な、なんですか?あれは?」

俺は驚愕の声をあげた。リスの耳から、ぬちゃっと兎が出てくる。細い穴から這い出るように、べたべたに奇妙な粘液に包まれながら耳の穴から異臭を放つ魔物が出てくる。異様で、異常な光景だ。気持ちが悪い。


「まぁ、落ち着け!言っただろ?ミミリスは、ビッラビットの元締めだって。ミミリスがビッラビットを産み出すんだ。」


バーストは、俺にそう言いながら炎の魔法をミミリスに向けて放った。

 ビッラビットの一匹がそれに自分から突撃した。

ビッラビットを燃やし、炎は消滅する。バーストは、舌打ちした。


「放っておけば、ビッラビットが増える一方です。私がミミリスに斬りかかります。お二人は、ビッラビットをお願いしてもいいですか?」

マリーは、俺たちの返事を待たずにそれだけ言って駆け出した。とりあえずは、目の前に集中だ。相手は異世界の魔物。深く考えるだけ無駄だ。自分に言い聞かせる。

「大きな声を出します!耳を塞いでください!」

あれだけ大きな耳だ。言語魔法は抜群に効くだろう。

「止まれ‼」


俺は、魔法で声帯を強化し、声量を増幅させた声に言語魔法を乗せた。俺の声が辺りをビリビリと揺らす。

言語魔法は別に大声である必要はない。だが、声を増幅させた理由は2つ。1つは、声の大きさで相手を驚かすと魔法の効きがいい為。2つ目は、この魔法をバーストとマリーに大声で相手の動きを止める魔法だと勘違いさせる為だ。

周辺を俺の大声が蹂躙し、ビッラビットが見事に全て地に伏した。ミミリスも震えて固まっている。マリーは俺の声など聞こえていないかのように、ミミリスに突っ込み、そして見事に真っ二つに切り裂いた。


よし!今回は楽勝だった。あとは落ちたビッラビットを適当に処理するだけだ。俺は、勝利の確認をするために、バーストの方を見た。


バーストも俺を見ていた。

驚愕と恐怖を滲ました顔で俺を見ていた。

そのあとでバーストの口が緩やかに、そして僅かに動くのを、見た。

 バカな俺は、そこで初めて自分が取り返しのできないミスをしたことに気付く。


身体がかっと熱くなり、冷や汗が吹き出てきた。心臓がドク、ドクと脈打ち警鐘を鳴らす。

ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。


冷静に考えればわかることだ。

言語魔法は、俺の言葉が聞こえる範囲が効果範囲だ。当然に、バーストもマリーにも効果をもたらす。俺の恐怖を与える言語魔法がバーストにも炸裂したのだ。ばれたかもしれない。俺が、闇属性の魔法を使う闇子だと気付かれたかもしれない。

構える。突然に二人から攻撃されることを警戒する。ばれたのだとしたら二人はどういう行動をとる?



「バーストさん、サック。ビッラビットの処理をしてしまいましょう。」

俺とバーストがにらみ合う中、いつもと変わらないマリーの声が聞こえてきた。

「は、はい。」

マリーには、魔法が届いていないのか?

俺は混乱しながらも返事をして、バーストから少し視線を外した。当然に警戒は解いていない。視界にはしっかりバーストとマリーが入る位置に陣取り、地に落ちたビッラビットを殺していく。バーストも一瞬にして真剣な表情に戻り、ビッラビットへ攻撃を開始した。


ビッラビットを全て倒すのは、なにも難しいことではない。3人でやれば、時間にして数秒だった。

その数秒を使い頭をフルに動かす。

バーストに対する対応。バーストは、確実に俺が闇子だと気付いている。どういう態度に出る?

マリーは?マリーにもバレたのか?マリーは気付いた上であの態度なのか?

俺は二人とも敵対し、殺し合わねばならないのか?



考えなど纏まるはずもなく、ただ時間が経過し周辺のビッラビットは殲滅された。


「おぅ、サック!てめぇには、聞きてぇことがある。」

バーストが俺をにらむ。

きた。明らかにバーストは俺に敵愾心を抱いている。それが口調から伝わってくる。


「なにか、なにか来ます。」

切迫した俺とバーストに、もっと切迫した声でマリーが叫んだ。

俺たちは咄嗟にマリーが指差す斜め上空を見上げた。


その瞬間、水が降ってきた。

水と言っても雨ではない。巨大な水柱がゴォォーっと遥か上空から堕ちてきた。

「な、なんだ?」「……」

バーストは、驚愕の声と共に辺りをキョロキョロと見渡す。マリーはじっと水柱を睨み付けながら、手で剣の柄を握り、感触を確かめていた。


水は数秒で止まりはしたが、辺りはあっという間に水浸しになった。地面に落ちて広範囲に広がった水が、今度は逆再生のように1ヶ所に集まり始める。

その瞬間に、マリーはその水の塊に向けて走り始めていた。


「神聖剣舞 (はなふさ)

その技は、異様に美しかった。

 マリーの剣が振るわれる度にその軌跡が光の線となる。それが数太刀交わることで綺麗な花弁が完成する。踊るように、マリーは花弁を重ねていき、それが大きな花を形成する。次々に完成していく花が剣の速さと正確さそして、攻撃の激しさを物語る。

しかし、いくら斬ろうとも相手は水だ。マリーの剣はただ水を巻き散らかすだけでいっこうに意味をなさない。

俺とバーストはただその光景を見ていた。俺に関して言えば、マリーの剣技に見とれていたのだ。


マリーの攻撃は一向に意味をなさず、徐々に水が人の形を取っていく。

焦るかのように、マリーの剣がさらに速くなる。刀身はほぼ見えない。ただ光の花だけが輝く。

「バーストさん、サック!早く二人も攻撃を!」

叫ぶマリーの声には一切の余裕がなかった。

「やれやれ。自己紹介もまだですのに、なんと無粋なお方でしょうか?」

水の塊からそんな声が聞こえてきた。その次の瞬間に、マリーが吹き飛んだ。水の塊が完全に人へと変わる。


「お初にお目にかかります。私は、魔王軍四大将軍の一人 溺烈のウォークターと申します。以後お見知りおきを。」

その人、いやその魔族は優雅に自己紹介を行い、丁寧にお辞儀をした。そこに、バーストが放った炎の魔法が襲いかかる。


凄まじい水蒸気を上げて、ウォークターと名乗る魔族に炎がぶつかった。


「まさか、溺烈のウォークターって、あのグランリース領民虐殺の?」

水蒸気に隠れる魔族を睨みながら、バーストは呟く。

「恐らく。あの尋常ではない魔力間違いないかと……」


いつの間にか復帰したマリーがバーストの呟きに返事をしていた。真っ赤なドレスが大きく切り裂かれており、そこから血が滴る皮膚が露出していた。グーデルスネック戦でいくら攻撃をうけても汚れすらしなかったマリーが今は泥にまみれている。


「ご存知でしたか!そうです。グランリース領の皆様のお命を頂戴いたしましたそのウォークターでございます。」

魔族は嬉しそうに微笑む。ウォークターという魔族はスーツを着ており、人間とかわらないように見える。唯一多少の相違をあげるとするならば、皮膚が少し浅黒いくらいだろうか?


「サック。相手は化け物です。とても勝てる相手ではありません。隙を見て逃げます。」

マリーから震えた声が思念魔法で送られてきた。

一方で俺は何故か落ち着いていた。それどころか、もしかしたらバーストに自分が闇子だとバレたかもしれないことを無かったことにするチャンスかも知れないとすら感じていた。


「さてさて。人と魔族が出会ってしまえば殺し合うのが世の理。我々も御多分にもれず、殺し合いましょうか?」


ウォークターがそう言い終わるのが早いか、マリーはウォークターに向けて走り出していた。


「光剣 ライト!」

マリーの叫び声と共に、視界が真っ白に染まる。「炎よ。怒り猛る炎よ。その怒りは龍を体現し、空を、地を、海を焼く業火となる。」

次にバーストが真っ白に染まる空間のなかでもはっきりとわかるほどの温度と光を放つ炎の龍をウォークターに向けて放った。


ぼんやりと眺める俺にマリーの思念魔法が届く。「走って!逃げて!」だが、俺は動かなかった。

「なっていませんね。勇者の弟子と言ってもまだまだ子供。弱いですね。」


真っ白に光輝く空間に、ウォークターの呟きが聞こえたあと数度の悲鳴と大きな激突音、それから水の音が響いた。俺はそれを佇んだまま聞いていた。


しばらくして光が収まり、視覚が回復する。

 目の前に、健全なウォークターと地に伏すマリーとバーストが現れる。


意外でも何でもない光景だ。

あれだけ相手に恐怖していたのだ。二人が勝てる道理がない。

不思議なのは、俺だけ攻撃されなかったことだが、まぁ予想はつく。


「さて、改めまして貴方はサック様でお間違いございませんか?」

ウォークターは、たたずまいを正し、お辞儀をした。俺の予想は確信に変わる。

「そうだ。」

「なるほど、なるほど。流石は悪魔の子と呼ばれる程はありますね。もうすでに、察してらっしゃるご様子。敬服いたします。」

ウォークターは、嫌に丁寧で嫌味たらしい言葉を使う。

「それで?北條はこのあと俺にどうさせたいんだ?」

俺はギリーの命令でこの森にやって来た。そこで、強い魔族と出会った。そして、その魔族が俺だけを攻撃しない。これが、偶然ではないことくらい少し考えればわかる。


「簡単な指令でございます。

この勇者の弟子であるマリー様を連れて逃げ、義勇兵斡旋所を通じて国王に報告するのです。かの悪逆な溺烈のウォークターがいたと。」


それにどんな意味があるのか?

聞いても答えてはもらえないのだろうな。


「この赤い男は?」

「確かバーストとか言う義勇兵ですね。正直に申し上げまして、どちらでもよろしいかと。」

「どちらでもってのは?」

「そのままの意味です。ここで殺しても、生かして返してもどちらでも、と。サック様にお任せいたします。」

 魔族はさらっとなんでもないことのように言った。それを聞いた瞬間に、ドクンっと、心臓が脈打つのを感じる。殺してもいい。バーストを?俺の一存で、決めれる。

 生かすも、殺すも俺次第?俺が決める?バーストの生殺与奪を。

 

ドクッ、ドクッ……心臓の音が痛いほどに、うるさい。

 

 どうする?どうすればいい?

 また、俺は人を殺すのか?それでいいのか?いいわけがない。また過ちを繰り返すのか?

だが、バーストには正体がバレたかもしれない。

 こんなところで止まってもいいのか?バレたらどうなる?俺は北條に見捨てられるのか?

正体がバレた俺は北條にとってまだ利用価値はあるのか?


頭でごちゃごちゃと、考えてみるが結論は自分の中ですでに決まっていた。故に、心臓が脈打つのだ。浮かんでくる感情を必死に消す。





















殺そう。バーストを殺そう。

「殺してくれ。そいつは、いらない。」

意を決して言った。とても重い言葉だった。俺にとって重たい決断だった。

「お断りします。」

しかし、魔族は飄々としていた。

「私、無駄な殺生はいたしません。殺すと言うのであれば、ご自分でどうぞ。

私の残る仕事はマリー様を担いで逃げる貴方様を追いかけ、人目につくように攻撃し、最後には取り逃がすことだけでございます。」


くっそ。魔族が!

殺すと決めたのに、ぐっと体が重たくなる。頭のなかに、リンスさんが浮かぶ。

 人は殺してはいけません。

 そんな言葉があの優しい声で再生される。心臓が抉られるように痛い。

 あぁ、俺はどれほどに穢れていくのだろう。確かにもともと穢れていたさ。だが、ここまでじゃなかっただろ?俺はどこまで落ちて行けばいいんだ。

 いや、違う。そんなことは考えるな。俺はもう引けない。俺は世界を救わねばならないんだ。今、目的と違うところにいたとしても最後には俺が世界を救うんだ。

 

 心臓は激しく、脈打ちそして握りつぶされるように痛い。

俺は、バーストに近付く。

使うのは、水魔法だ。もし仮に誰かにバーストの死体が発見されたとしてもウォークターが殺したようにしなければならない。


「わかった。俺がやる。だが、1つ聞かせろ。お前がこいつを殺すとしたらどうやって殺す?」

「溺死ですね。溺れ殺す。それが私のやり方でございます。」

溺死か……

「わかった。」


「水よ。」

俺は呟くように魔法を唱えた。イメージしたのは、海だ。深海だ。深海の底でバーストが溺れ死ぬ様を想像した。


俺の水が激流となり、倒れたバーストを洗い流す。轟音と共にそのまま木々をなぎ倒し、数十メートル進んだところで巨大な水の塊となる。その途中聞こえるはずのないバーストのゴホッという溺れるような声が聞こえてきた気がしてさらに胸が痛む。しかし、もう何も考えない。

念のためにもっと魔法を使う。

次に俺はその塊を操作し、圧縮するようにイメージをして魔法を発動した。十数メートルはあった水の塊が圧縮され、ぐんと小さくなりバーストを小さく覆う程度までになった。

水圧で潰れたのか明らかにバーストの体がぺしゃんこになっていた。なるべく見ないようにしていたが、見てしまった。バーストの表情は苦悶にゆがみながら、平らにつぶれていた。生きていた時の面影はなかった。真紫に変色し、首とつながっていなければ顔であると認識することも難しいそんなありさまだった。

吐き気が込み上げてくる。涙が流れ出そうになるが、こんなとこでそんなものを見せるわけにはいかない。

 俺はまた、人を殺してしまったと後悔が俺を責め立てるが、そんな感傷に構っている暇はない。

「容赦がないですね。さすが、転生者でございます。さて、それではサック様、マリー様を連れてお逃げください。私が追いかけます。適度に攻撃しますが、くれぐれも当たって死なぬようにご注意くださいませ。」


次は、この化け物から逃げねばならないのだ。

 逃げて斡旋所に報告する。それが北條からの命令。もし、違えれば命はない。


俺はマリーを背負う。ずっしりと肉の重みと温かさが俺に寄りかかる。そうだ。マリーはまだ生きているんだ。俺が守らなければならないのだ。足力を込め、そして魔法を発動し、走り出す。



すぐさま後ろから水魔法が襲ってきた。当たりそうになっても十全に防御魔法が発動し、攻撃を防ぐ。ウォークターは、相当に手加減して攻撃しているようだ。


来た道を帰っているにも関わらず、既に木はもとに戻っており非常に鬱陶しい。逐一魔法で目の前の木を処理しながら前に進む。


魔法を使っているお陰でマリーの重さはほとんど感じずに動けた。


半分ほど進んだだろうか?

ウォークターの攻撃は激しくなる。けたたましい音をあげながら激流が俺の近くを通りすぎたり、数百の水の槍が降り注いだり、空から形容しがたいほどの量の水が降り注いだり、攻撃は多岐にわたった。

だが、見事にコントロールしているのか俺には一撃も当たっていない。

かなりスリリングだが、これならば無事逃げきれるだろう。後ろをちらっと振り返るとウォークターは、邪魔な木を消滅させながら、空を飛び、こちらを追いかけてきていた。


ふと、思う。

このまま逃げてもいいのだろうか?

マリーを倒し、バーストを殺した魔族から俺が無傷で逃げきるのは不自然ではないか?

俺はまだまだ子供だ。いくら魔法があるからといって大人に大きく劣るのは明らかだ。

 このまま無傷では不自然だ。命からがら逃げのびたというのを演出する必要があるだろう。

 仕方がないか……


降り注ぐ水の槍の一本に左腕を差し出す。俺の左腕はいとも簡単に弾けとんだ。まずは、腕を一本犠牲にした。

次はもう少しあとだ。

焼けるような痛みが俺を襲うが、今更痛みなどどうでもいい。

いたくても足は止めない。死なない程度に魔法で止血して走る。息がきれそうになるが、無視して走った。大丈夫だ。大丈夫な姿をイメージして魔法を使えば、魔法が何とかしてくれる。俺は魔力だけは豊富だ。まだまだ走り続けることができる。


しばらくして、前方に森が開けているのが見えた。それと同時くらいだろうか?

上空で爆発音や破裂音が聞こえてきた。少し後ろを振り返ってみると、何処からか誰かがウォークターを攻撃しているようだった。

一ヶ所からではないな。

パッと見ただけだが最低でも3ヶ所くらいからウォークターは、攻撃を受けていた。まぁ、当然のようにダメージなど受けてはいなかったが……


見ず知らずの援護を受けて、俺はようやく森の外に飛び出した。そしてすぐに意を決して、マリーを前方にぶん投げる。

流石に魔法で強化させているだけあって、片手でもマリーは10メートルは飛んでいった。

次にウォークターの魔法を全身に浴びる。当然ある程度防御魔法を用いて威力は減らしている。しかし、魔法を受けた瞬間物凄い衝撃と痛みを感じ、視界が真っ白に点滅しながらグルグルと回った。


吹き飛ばされているのだ。気付いたのは数秒後かそれとも数瞬後か?

 それすらわからないほどに吹き飛んだ。同時に治癒魔法を使うが、いまどこを怪我しているのかもわからないほどに全てが痛かった。


ようやく止まり、自分の体を確認する。見事に、両腕が潰れ、そして身体もボロボロに切り伏せられているのがわかった。まずは、死なないように内臓を含め体を癒す。

次に、ちぎれた右腕を折れたように不完全な形で作り、右足は完全に再生させる。その後、魔法で水に形と質量を与え左足を形作った。大丈夫。うまくいった。


即席の義足だが思った以上に高性能で、意思の通りに足が動いた。流石は魔法だ。

その足で遥か後方に追い越してしまったマリーのもとへと駆け寄る。両腕は使えない。ならば、まだ口があると、マリーの背の部分のドレスを噛みそのまま顎と首の力で持ち上げた。


魔法で身体を強化しているとはいえ、これはなかなかにきつい。しかし、何とか持ち上がったし、まだ体は動く。

マリーを加咥えがらまた少し走る。

「お、おい。大丈夫か?」

前から何人か義勇兵が駆け寄ってくるのが見えた。少し前からウォークターの攻撃は止んでいる。もう追ってきてはいないのだろう。

ならば、もう大丈夫だな。

俺は痛みに身を委ね、意識を手放した。

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