出会い
ギリーはマハトリオに帰ると、俺に義勇兵登録証を渡して、今日もどこかに行ってしまった。しかし、今回は銀貨二枚はくれなかった。代わりに適当に点数を引き出して使ってくださいと言い残していった。
本当に勝手な奴だ。登録証の使い方なんて習っていない。たしか点数を金に換える機械が管理局や斡旋所、宿屋とかにあるんだったか?
まぁ。その辺は一度やってみてわからなければ、カンカかバーストに聞けばいいか。
俺はとりあえず義勇兵管理局へ向かうことにした。
義勇兵管理局は相変わらず斡旋所と違い閑散としていた。受付のほうを見ると今日はカンカではない別の女が座っていた。
女は俺が入ってくるのを確認するとやる気なさげに「いらっしゃいませ」とつぶやきすぐに視線を外した。おそらく俺がつけている隷属の首輪を見てまともに相手をしなくても大丈夫だと判断したのだろう。
こういう反応にもいい加減慣れてきた。
俺は入り口すぐ横にあるATMのような機械を前に少し観察してみた。機械にはカードを入れる用だと思われる薄く小さいくぼみとディスプレイのような板が設置されていた。
とりあえず小さなくぼみに登録証を入れてみる。するとディスプレイが若干淡く光そこには小さく253Pと表示されていた。その下には透明な四角で囲まれた空欄がある。ざっと見たところ数字を入力するテンキーのようなボタンもディスプレイの横に設置されていた。基礎的な知識のない俺ではあるが数字ぐらいなら何とか読める。俺はとりあえず100と空欄に入力し、完了らしきボタンを押した。すると機械の足元のあたりからジャラジャラと何やらコインが落ちる音が聞こえてきた。
そちらに眼を向けると、機械の足下付近には大きく切り抜かれた穴があり、そこに銀貨が10枚出てきていた。まるで自動販売機のおつりのようだ。
銀貨を受け取り、袋にしまう。10Pで銀貨1枚というわけか……多いのか少ないのかいまいち判然としない。まぁ、無事に変換できたのだからよしとするか……
義勇兵管理局でポイントを金に変換したその足で俺は、一昨日、昨日に引き続き食堂へ向かった。バーストと依頼を受ける約束をしていたからだ。さすがに、3日連続ともなれば迷うことはない。というよりも義勇兵管理局、斡旋所、宿屋、食堂がすべて門から歩いて3分以内にあるのだから迷いようがない。義勇兵用の入口には必要な施設が固まって存在しているのだ。
そろそろ約束の中天だ。今日は半日動き続けたからか、腹もかなり減っている。俺は速足で食堂へ向かった。
「あの、あなたも冒険者ですか?」
道中、不意に呼び止められた。自分のことを呼ばれていると自覚したわけではなかったが、何気なく声のする方に視線を向けてみると8歳くらいの女の子が俺のほうを向いていた。
冒険者?
この世界では聞きなじみのない言葉だ。
俺が不思議そうな顔をしたのを鋭く感じ取ったのだろう。女の子は、「あぁ、この国では義勇兵というんでしたか?すみません」と訂正し、折り目正しく頭を下げた。
育ちがよさそうだ。
そんなどうでも良いことを思ってしまうくらいには、女の子の身なりは整っていた。綺麗な赤いドレスに身を包み、足元も動きにくそうな女性ものの靴を履いている。あいにく靴の種類に詳しくないために、なんて靴かはわからないが、とにかく運動をするのには適してなさそうだ。しかし、そのくせ大層な剣を腰に下げていた。剣はきらびやかな装飾の施された剣という感じではなく、素朴などこでもありそうな革のさやにちんと収まっている何処にでもありそうな剣だ。
それだけが異質ではあるが、気品高く、ただしくお嬢様という言葉が似合いそうな女の子だった。
あきらかに住む世界が違いそうではあるが、俺に一体なんの用だというのだろう。
「あの。で、あなたも義勇兵なんですか?」
同じ質問だ。俺がぼんやりと観察なんぞして質問に答えないからだろう。どこか期待している感じの顔で俺の返答を待っている。
いったいなんなんだ?
「あの僕、みたいな、奴隷に、なんの、ようなのですか?」
とりあえず探ってみる。質問に質問で返して悪いとは思わなくもないが、こっちは質問に答えてやる義理もないのだ。
「えっと、用ってほどではないのです。ただ、わたくしと同じくらいの子が義勇兵をしているのが珍しかったので、声をかけてみたくなったのです。あわよくば、お友達になれればと思いまして」
「あの、えっと、僕は、ど、奴隷なので……」
「奴隷だからどうされたというのでしょう。わたくしがあなたとお友達になってはいけない理由にはなりませんし、義勇兵を十全になされている希少性に変わりはないと思うのですが?」
これはめんどくさいのに絡まれてしまったかもしれない。正直腹は減ったし、約束もあるのだから話を早々に打ち切りたい。
俺はこんな見るからにキラキラしていて、自分に自信しかもっていないような女は好かない。なぜ俺がこんなやつと友達にならなければならないのだとすら思う。
「あの僕、ご主人様からの命令があるのでもういいですか?」
「あらあら、せっかくお知り合いになれたのですが……仕方ないですね。ここはお互いに自己紹介だけして別れることにしましょう。」
「はぁ、あの、すみません。」
「いえいえ。奴隷という身は大変だとは思いますが、それも運命。仕方のないことなのでしょう。月並みではございますが、諦めず、腐らず、頑張って下さい。さて、では改めて」
その女はそう言って居住まいをただし、ひらひらのスカートのすそをちょこんとつかんで軽く膝を曲げた。
「わたくしの名は、マリー=シェルエ。勇者 ユウラ=マイルの一番弟子であり、聖剣士でございます。どうぞ以後お見知りおきを。」
勇者の弟子?
聖剣士?
突然に出てきたビックネームだ。
世界最強の一人の弟子か?この女が?こんな女がか?
前言撤回だ。
こ縁を結んでおいて損はない。いやむしろ積極的に知己を得なければならないだろう。
「あの、僕は、ギリー=ガン=ミラー様にお仕えさせていただいている奴隷で、サックと申します。まさか、勇者様のお弟子様とは知らず失礼な態度を申し訳ございませんでした。」
俺はすぐに姿勢を整え、深々と頭を下げた。俺の中でバーストとの約束よりもマリーのほうが優先度が高くなった。もういっそバーストとの約束なんてすっ飛ばしてもいい。
会いたい。みたい。
最強にあってみたい。あってどれほどの力なのかを見てみたい。そう思った。
「わたくしにはどこの誰の奴隷というのはとても興味のない話ですし、わたくしがユウラ様の弟子であるというのも気にしないでほしい話なんですけどね。まぁ、いいでしょう。
サック。よろしくお願いします。」
だったら、なぜわざわざ勇者の弟子と名乗ったのかと疑問ではあるが、まぁ俺の気を引くためなのだろう。その作戦が大成功する程度には勇者の名前は大きく、気にしないなんて土台無理な話である。
さて、それよりもだ。この後どうする?
できれば、勇者とつながりを持つために、もっとマリーと話をして仲を詰めていきたいとは思う。しかし、先ほどご主人様からの命令があると言ってしまったのだ。俺は基本的に嘘つきだが、それを初対面で晒すのも好ましくないと思う。あくまでも、可愛そうで無害な奴隷の少年を演じるべきだ。
「あの僕、マリー様……」
「様なんていりません。マリーで良いのですよ。年も変わらないでしょう?」
「いえ、そんな僕みたいな卑しい奴隷がマリー様を敬称もつけずにお呼びすることなどできるはずがありません。どうぞご容赦ください。」
「そうですか。友達になるというのもままならない話ですね。わかりました。呼び名や言葉遣いはこの際気にしないことにします。」
俺としては、別に様をつけようがつけまいが、敬語だろうがそうでなかろうがどうでもいい話だった。だが、サックというひ弱な奴隷を演じる上で、そういうディテールは拘って然るべきだろうと思ったのだ。
奴隷が勇者の弟子にため口で話すなど世間的に見て、不敬が過ぎるだろう。別に敬語に、労力も感じないのだから使っていて損はない。
と、話が脱線してしまったな。話を戻そう。
「あの、マリー様。ぼ、ぼくはマリー様ともう少し話したいです。もし迷惑ではなかったら、ご主人様の用事が終わったあとに、少し時間をいただけませんか?お話したいです。」
バーストとの約束を片付ける意味でも一度解散して、また会うというのが一番いいだろう。それで上手く誤魔化せば、嘘つきにならずにすむ。
「むしろよろしいのですか?こちらは願ってもないのですが?」
俺の提案にマリーは身を乗り出して、同意してくれた。
「ありがとうございます。」
そう言いながら心のなかでガッツポーズする。これで、マリーと繋がりが持てた。そのまま勇者と面識を得ることも難しくはないはずだ。
「それで、用事というのはどれくらいで終わるのでしょうか?」
「えっと、一刻ほどお時間をいただければ……」
バーストと会って、適当に嘘をついて、飯を食うだけだ。それくらいあれば終わるだろう。
ちなみに、一刻は体感で30分くらいで、半時が1時間、一時が2時間くらいだ。ということはおそらくだがこの世界は1日を12分割で考えており、おおむね24時間で1日であろうと推測できる。推測というのは、俺が正確に誰かに教えてもらったわけではないからだ。逆賊の徒のアジトには確かに日時計があった。しかし、それの読み方を俺は教えてもらったわけではない。あの時計は北條が手を加えていて、影がこの位に着たら朝飯の時間だとか、昼食の時間だとか時間のメモリがあるはずのところにそういう言葉が書かれてあったのだ。
「おお、存外早いのですね。では、せっかくです。交流を深める意味を込めて、一緒に何かの依頼をうけませんか?待つ間に、わたくし、手持ち無沙汰になりますので、適当に依頼を見繕っておきましょう。」
これは願ってもない申し出である。
まずは弟子と名乗るマリーの実力をしっかり見極めよう。そのあとで、ユウラの魔法を見る機会も訪れるはずだ。
「ぼ、僕なんかと一緒に依頼を受けても、よ、よろしいのでしょうか?」
「いい、悪いではありません。わたくしがそうしたいのです。」
「でしたら、是非お願いいたします。」
こうして、とんとん拍子で依頼を一緒に受けることが決まった。その過程で、マリーは「もし別の義勇兵仲間がいるならば誘っていただいて構いませんよ。子供が二人で依頼を受けるというのも心配されかねない話なので」と言ってくれた。これで約束を反故にすることもなくなった。まぁ、バーストとの約束など正直どうでもよかったのだが……
マリーと別れ、バーストと待ち合わせの食堂に入る。バーストはその真っ赤な服装から入口からでもすぐに見つけることができた。その向かいにはダッロが座っていた。俺もダッロに警戒しながらもその席に着いた。
簡単な挨拶を済ませてから、バーストにマリーのことを説明した。バーストは、勇者の弟子ということに非常に興味を持ったようで、一緒に依頼を受けることを快く承諾してくれた。
「あのダッロさんも一緒に行きませんか?」
一応ダッロにも声をかけてみる。その時に、ダッロのことを探れるならば、探っておきたいと考えたからだ。
「いや、やめとくわ。お子様のお守りに興味はないからな。」
「そうですか。残念です。」
「その代わりといっては何だがな。その依頼の後少しおまえに魔法を教えてやるから付き合えよ。昨日の授業料分だ。」
提案をすげなく断られて、俺が落ち込んだ態度を見せたからというわけではないだろうが、ダッロはそうやって俺を誘ってきた。おそらく、俺を転生者だと確信したうえで、話がしたいということなのだろう。口調からどことなく気安さを漂わせて来ていた。
「是非お願いしたいです。」
昨日の今日で早速声をかけてきたか……後でギリーに思念魔法で報告しておこう。
「んじゃあ、依頼が終わるくらいに斡旋所で待つことにするよ。」
そう言ってダッロは、食堂から出て行った。
バーストは、ダッロにお子様のお守りと言われて抗議の声をあげていたが、ダッロはそんな声は無視して足早に食堂を出ていった。
「全くあいつは口が悪すぎる。」
そう小さくこぼしたあと、俺の方に旨そうな肉の塊と真っ白なパン。そして、透き通るようなスープを差し出して来た。
「さて、坊主。飯まだだっただろ?さぁ、食えよ。おまえの分も頼んでおいたんだ。」
腹がグーとなる。俺は急いで席に着いて、飯にがっつき始めた。肉にかぶりつく。中からじゅわっと肉汁が溢れだし、ガツンとした肉の旨味が口のなかいっぱいに広がった。
あぁ、今日も飯がうまい……俺は一心不乱に飯を食った。
飯を終え、俺とバーストは連れだって義勇兵斡旋所に来た。そこにはすでに依頼の受付を終えたマリーが待っていた。
「はじめまして。俺は紅蓮魔術師のバーストって言うもんだ。この坊主とは今日一緒に依頼を受ける約束をしてたもんで、こうして付いてきた。よろしく頼むわ」
「わたくしは、聖剣士マリー=シェルエと申します。以後お見知りおきを」
二人の簡単な自己紹介を終えてから、マリーは依頼について説明を始めた。
「今回の依頼はグースネックの討伐にしようと思います。」
「まぁ、即席の一団ならば、それくらいが妥当か……」
「そうですね。もし余裕があればグデールスネックまで狩っても良いと思います。最近目撃情報があるらしいので」
「グデールか?そいつは中々に大物だ。腕がなる。」
「わたくしもはじめての魔物ですので、些か緊張します。」
「あのユウラの弟子の力か?しっかり見せてもらおうか。」
「わたくしの力など、そんな大したものではないですよ。」
「謙遜か?殊勝だね。
さて、行くのはドル湿地でいいか?」
「もちろんです。」
当然と言えば、当然だが二人が依頼の話を始めると俺は途端に蚊帳の外になった。とりあえず、そのへんは二人に任せておけばいいか……ということで俺はのんびりと二人の話に耳を傾けていた。
幸いに二人は簡単な情報の確認のみを行って、「さて、行きましょうか」、「坊主行くぞ」と声をかけてくれた。
さて、ギリー以外のものとはじめての魔物討伐だ。
聖剣士と名乗るマリーの魔法は一体どういったものなのか、バーストの魔法はどこまで魔物に効果を発揮するのか、グースネックとはどんな魔物なのか?
ドル湿地とは、どんなところなのか?
非常に楽しみだ。
俺はマリーとバーストの後ろを歩きながら、密かに胸を膨らませていた。




