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討伐

 次の日の朝俺は、ギリーと再びビッラビットの森に来ていた。

 翌日同様俺は盛大にばてていたが、心が逸ってもいた。昨日は一撃で何もわからないままにやられてしまったが、今日は違う。俺には防御魔法がある。今日はあの兎野郎に目に物みせてやる。


 そう意気揚々とギリーを引き連れ森に入る。

 昨日教わったように、まだ誰も踏み入れていない鬱蒼と木々が生える暗い森を切り開きながら進んでいった。歩きながら自分を守る殻を強く意識する。俺は絶対に不可侵のバリアに守られていて、何人もそれを犯すことができない。そういうイメージをし続ける。


 ガサガサ


 森に踏み入れて2分と経たぬうちにそんな不穏な音が聞こえてきた。

 来た。

 そう思った瞬間だった。俺の頭の後ろで防御魔法が発動したのを感じた。

 慌てて後ろを振り返る。振り返ると、二本足で立てるのではないかと思うほどに、後ろ脚だけが発達した気持ちの悪い兎が空中から地面に着地しているところだった。おそらくこの兎は俺の後頭部を狙って蹴りを放ち、見事に防御魔法に攻撃を防がれ、距離を取って着地したのだろう。

 

 「ほぉ」

 と短くギリーが感嘆の声を上げるのが聞こえてきたが今は無視だ。すぐさま、ビッラビットに向けて、魔法を放った。水を三日月状に飛ばす水魔法だ。しかし、イメージする間にビッラビットは膨張した足で地面を蹴り上げ、樹上に逃げて行った。


 ビッラビットを追って目線を上にあげるが、黒々とした木々の枝葉が幾層にも折り重なっておりすぐに見失ってしまった。速すぎる。

 

 カサカサ


 頭上で何か生き物が移動する音は聞こえているのだが、どこにいるのかわからない。確かにビッラビットはまだ近くにいて、俺を虎視眈々と狙っているということはわかる。わかるが対処のしようがない。


 俺はさっき一瞬見たビッラビットの姿を思い返した。

 あれは、兎と呼ぶには異形すぎる。退化した前足と異常に膨張し、巨大化した後ろ脚。毛がむしり取られたかのようになくなって、真皮までが痛々しく露出した皮膚。そして、腐っている肉。吐き気を催しそうな強烈な腐敗臭。すべてが不気味で、痛々しく、そして醜かった。


 グルーウルフの時もそうであったが、魔物というものは基本的に醜いものなのだろう。

 そんな風にビッラビットの様を思い出していると、今度は目の前に太い足が迫った。驚きに体が硬直したが、問題なく防御魔法は発動し、ビッラビットの蹴りを拒絶した。ビッラビットの蹴りを水の盾が弾く。


 バッシャンと、水があたりに飛び散った。


 ビッラビットは俺の盾の僅かな張力を足場にして空中に大きく跳ねとんだ。

 それを見てすぐに、俺は追撃の魔法を放った。今度は俺の目の前の広範囲を水の塊で覆うようにイメージした。水のカッターでは、ビッラビットのスピードを捉えられる気がしなかったからだ。

 俺から距離を取るように吹き飛ぶビッラビットだが、俺の攻撃を見て今度は空中で姿勢を変え、何もない空を足場に上に飛んだ。それから少し遅れて、俺の作った水の檻がさっきまでビッラビットが居た周囲、十メートルほどを囲う。

 そのころにはすでにビッラビットの姿は目視下になく、樹上に逃げて行ってしまっていた。

 速い。攻撃を防ぐことは造作もなさそうだが、逆にこっちの攻撃があたらない。


 しかし、俺はこの状況を打破する手段を思いついていた。気がひたすらに逸る。

 こい。

 こい。こい。

 早くこい。

 次にお前が仕掛けてきた時が最後だ。

 猛る心を抑え、俺は自分を包む殻を改めて強く意識しなおして、ビッラビットが再度仕掛けてくるのを待った。


 カサカサ、カサカサ

 奴が出す音が速くなってきた。木と木の間を器用に跳躍しながら、目にもとまらぬ速度で移動しているのがなんとなくだがわかる。黒々とした葉っぱがパラパラ、パラパラと落ちてくる。おそらくは助走をつけて、スピードを上げて威力を増そうと考えているのだろう。

 

 大丈夫だ。

 あのくらいの蹴り、いくら威力を上げようと俺の防御魔法を破ることなどできない。根拠もなくそう思い込む。昨日思いっきり蹴り飛ばされ、殺されそうになった嫌な光景が目に浮かびそうになるが、それを抑えつけ、俺は自信満々にただ待った。


 風をきる鋭い音が聞こえたかと思ったその瞬間、またも後ろで水のはじける音が聞こえた。

 わかる。奴の攻撃よりも俺の防御魔法が上回ったのだ。

 「逃がすか‼」

 その瞬間大声で叫ぶ。当然だが、ただ叫んだだけではない。言語魔法を使って、言葉に恐怖を付与した。俺が動くよりもうんと音のほうが速い。ならば言葉で攻撃すればいい。

 叫んだあとすぐに、俺は後ろを振り返る。

 すると、ビッラビットは地面にいた。「くぅー」と力なく泣きながら体を硬直させていた。


 一瞬の隙だ。俺は急いで、思念魔法を応用した拷問魔法を届けてやる。

 「くっぅう」

 ビッラビットは、短い悲鳴とともに身体を大きく震わせて、泡を吹き、こてりと倒れた。それを見て、すぐさま、先ほども使った巨大な水の檻でビッラビットを拘束する。そして、その水の檻を徐々に小さく圧縮していき、水圧と窒息でビッラビットの息の根を止めた。


 勝った。やった。勝った。

 昨日は手も足も出なかった魔物に難なく勝つことができた。俺は強くなっている。確実に成長している。そう感じられることがこの上なく嬉しかった。


 「いやぁ。さすがです。まさか本当に一日でビッラビットを倒せるようになってしまうとは思ってもみませんでした。おめでとうございます。」

 

 「あぁ、ありがとうな。」

 「せっかくの実践です。どんどん魔法を試していきましょう。」

 「あぁ。早く狩ろう。」


 俺はその後も同様の戦法でビッラビットを狩り続けた。

ビッラビットは少し森を歩くと次々と襲ってきた。

 最初のうちは一匹ずつ襲ってきたが、討伐が十を超えたくらいで、5~10匹ほどの群れでかかってきた。群れになったところで、やることは変わらない。防御魔法で敵の攻撃を防ぎ、言語魔法で動きを止め、拷問魔法で意識を奪い、水魔法で命を狩る。それだけだ。

 言語魔法や拷問魔法は、一度の発動で多くの敵に情報を送れる。特に言語魔法は、音に魔法を乗せて放つので、音が届いた相手には無条件で効果を発揮した。だから、敵の数が増えてもそれほど労力は増えなかった。

 俺はこの無双の感覚が気持ちよくなり、我を忘れて狩り続けた。

 

  一匹、二匹、三匹、四匹、五匹…………五十一、五十二…………百‼…………二百……


  昨日までかなわなかった相手を次々に殺していく。魔法を発動させるたびにうまく効果を発揮する。成功体験が積み重なる。成果が如実に目に見える。そして、積み重ねた成功体験が俺の魔法をさらに強くする。


 ビッラビットの蹴りにもはや何の脅威も感じない。

 ビッラビットの速さに何の恐怖も抱かない。

 ビッラビットの偉業に何の畏怖も持ちえない。

 魔法が進化する。それが、実感できる。

 反応が加速する。

 目でビッラビットを追える。無意識に魔法が反応を加速させているのだろう。

 単純な攻撃魔法が、意識を奪う前の飛び回るビッラビットを捉える。


 なんだ、今まで当たらないと思っていたが、大したことはない。当たると確信を持てば、簡単にあたる。

 拷問魔法を使うまでもなく、言語魔法のみでビッラビットの意識を奪える。

 ただの一言で、ビッラビットが泡を吹く。


 「落ちろ。」


 言語魔法を使い、大声で叫んだ。すると、樹上から雨のようにビッラビットがばらばらと落ちてきた。俺はそいつらを水魔法で作った波できれいに一つに集めて、固めて殺した。

 虐殺だ。

 今日お前らをすべからく滅してやる。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


 歩きながら、俺は叫び続ける。


 「落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ‼」

 

 俺の声に反応し、とめどなく汚らしい肉が落ちてくる。

 汚い雨だ。気持ちわるいことこの上ない。

 俺は、それらを丁寧に処理していった。

 ビッラビットは、もう俺の周りを鬱陶しく跳び回らない。俺の声が届けば、勝手に気を失い、落ちてくる。それをいっぺんも疑わない。脆弱だ。雑魚すぎる敵だ。

 水魔法で、周りの木々を切り開き、闊歩する。俺の敵などここにはいない。ここにいるのはただの雑魚ども、ただの兎だ。

 

 ギリーは何も言わない。ただ無言で俺の後ろを歩いていた。それも気持ちがよかった。まるでギリーを付き従えているような感じがしたのだ。これはいい。こんなに気分がいいのは久しぶりだ。


 どれくらいの兎を刈っただろう。いくら狩っても狩っても兎は樹上から落ちてくる。狩った数はおそらく1000や2000ではきかないだろう。

 

 「サックは、魔力が尽きないのですか?」

 今まで無言でついてきたギリーが突然そう口を開いた。

 

 魔力が尽きるか……

 そういえば昔は、PMPがどうだとか小難しく考えていた。俺にとっては、魔力の元となるPMPが切れることが魔力がきれることだった。

 しかし、今俺は一日魔法を使い続けてもPMPが切れることなんてなくなっていた。だから、今はそんなことを考えなくなった。ただ無限に近い内なるエネルギーを燃やして、魔力を作るだけだ。切れることなんてない。切れる前に体力のほうがなくなるのが常だ。

 「まだまだ余裕はある。」

 「素直にすごいですね。一回の討伐でこんなにもビッラビットを虐殺したのはおそらくあなたが初めてでしょう。普通こんなに魔法を使ったら魔力が持ちませんよ。」

 

 俺は魔力量には絶対の自信と自負がある。


 なぜなら、俺は自分でも常軌を逸したと思うトレーニングを積んできたからだ。

 逆賊の徒に拾われてから俺は、毎日のように魔力判別石を大量に喰った。魔力判別石は、体内で魔力を吸い取り、魔力と結合し、水に変わる奇妙な石だ。

 その反応に消費する魔力が尋常ではない。ピンポン玉一つほどの大きさで、並みの魔導士ならば魔力切れを起こす。熟達した魔導士でもこぶし一つ分も食えば、魔力不足で激痛が襲い、一日は動けないといわれている。

 それを俺は毎日毎日、集めれるだけ食った。

 PMPは魔力を使えば使うほどに増えると知ってからだ。だから俺はそれを増やす鍛錬として、尋常ではない魔力消費が必要だったのだ。

 幸い魔力判別石はどこにでもあり、すぐに見つかる。俺はノルマとして、バスケットボール一つ分以上は食うことに決めていた。最初のうちはいくらPMを燃やしても、魔力が足りず地獄の苦しみを味わった。

 体内に入った魔力判別石は、決して消化されない、排泄されない。魔力と反応するまで魔力を求め、飲んだものに地獄の苦痛を与え続けるのだ。自分の生み出せる魔力以上の石を食えば、石は生み出された魔力を端から吸っていく。完全に石が反応しきるまで苦しみが続くのだ。それゆえこの石は別名拷問石とも呼ばれていた。

 最初は俺も拷問石に苦しめられたが、だんだん平気になっていき、俺は一切魔力切れを起こさなくなった。昔の効率の悪い魔法の使い方でそうだったのだ。今なら何日戦い続けても魔力を切らさない自信がある。

 

 「鍛錬の賜物だよ。」

 「たしかサックってあの拷問石食べてましたもんね。いやぁ、根性が違いますね。」

 ギリーは俺の奇行を思い出し、苦笑いを見せた。

 俺の行動はよく逆賊の徒のやつらに笑われた。いくら魔力の量を増やしても一度に消費できる量に限られているのだから、意味がないと。そして、いくら総量を増やしたところでクールタイムがあるのだから意味がない。そういわれ続けた。

 だが意味はあった。俺は強くなった。そう実感できる。俺は正しい魔法を、強い魔法を知らなかっただけだ。これから俺はもっと、もっと強くなる。そう確信していた。


 「まぁ今日はこの辺にして帰りましょう。もうすぐ昼ですし、このままじゃビッラビットの森を抜けてしまいそうです。僕が先導しますのでついてきてください。」


 ギリーの指示に素直に従い、俺はギリーの後に続いた。

 木を切り倒して進んだはずではあるが、少し進むと俺たちが作った道はもう道ではなくなっていた。すでに木が鬱蒼と生い茂っていた。

 「なんていう生命力だよ」

 「黒木と言います。木ですけど、魔物の一種に数えられる木です。切り倒してもすぐに生えてきます。それに、斬った木は魔物と同様溶けて消えてしまうんです。」

 「木の魔物か?」

 「ですが、動かないですし、人間を襲ったりもしません。微妙なところですね。」

 よくゲームとかであるトレントとかいう魔物とはまた違うようだ。ただ鬱蒼とし続ける木か……

 これで材料として使えれば言うことはないだろうが、消えるのならばそれもできないのか。


 「しかし、さすがにビッラビットはほとんど襲ってきませんね。」

 樹上を見上げながら、ギリーはあきれたように「あれだけ殺したのですから、当然ですが」と笑った。確かにギリーの言う通りビッラビットは一切襲ってこない。この森中のやつらを殺しつくしたのだろうか?


 「どうでしょう。仮にそうだったとしても不思議ではない狩りっぷりでしたね。本当に森中のビッラビットをしらみつぶしって感じでした。いぁ、圧巻ですね。僕、本当に驚きましたよ。」

 ギリーはそう言ってくるくると大きく手を広げて回る。

 「異世界の人の戦い方って感じでした。ビッラビットがばらばらと落ちてくるのなんか、僕感動しちゃいましたよ。さすが、ウサギの魔物だけあって、精神攻撃に弱いんでしょうかね。」

 ギリーは、急にテンションが上がってきたのか、饒舌になった。

 「落ちろ。良いですね、すごい魔法です。落ちろ。バサバサバサ、落ちろ、バサバサバサ。いやぁ、爽快でした。」

 そして俺の魔法をまねて、「落ちろ」といっては兎が落ちてくる様を体で表現し始めた。騒がしい奴だ。

 この旅で、俺はとことんまでこいつが嫌いになった。

 一見爽やかだが、厭味ったらしく、俺よりも上位にいる。口を開けば北條、北條で、うさん臭い。

 素直そうに見えて、腹黒い。

 

 だが、こういうところは子供っぽくて好感がもてなくもないか……本当になんでこんな奴が、北條なんかの下についているのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はギリーの後についていきマハトリオまで戻った。





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