防御魔法 ②
「さて、気を取り直して説明を続けるぞ。」「あ、えっとお願いします。」
バーストの言葉で、俺の思考は一度、防御魔法に戻る。
まずは魔法だ。言葉のことは後でギリーに聞いてみればいい。
もしかしたら、ダッロも前の世界からの転生者かもしれないが、それは今は関係のない話だ。
「自分の輪郭をしっかり意識するってところからだったな。とにかく自分と自分以外を明確に分けるんだ。そして、次はその輪郭が自分を守っていることを想像する。常に世界はお前を侵食しようとしている。それをお前の輪郭が殻となって、お前を守っている。そういう意識をもって、それを強く想像する。できるか?」
できるか?と言われても、想像するだけなのだから出来ているかどうかなんてわかるはずもない。しかし、自分と世界を境界を作るという感覚は得意な気がした。
自分を守るバリアのような輪郭を意識し、それが自分を守っているのをイメージする。うまくいっているような気がする。
「次はその殻が敵の攻撃からも自分を守り、拒絶するのを想像する。例えばさっき俺が放った攻撃でも良い。攻撃から自動で身を守ってくれるところを想像するんだ。」
言われた通りに、先ほどのバーストの攻撃から、俺と世界を隔てている輪郭が攻撃を拒絶する様子をイメージした。
「できたな?では、軽い攻撃からいくぞ。自分で防ごうとはするなよ。あくまで今の想像を持続させるよう意識しろ。そうすると殻のイメージが適切な形となって攻撃を防いでくれる。行くぞ。」
そう言ってバーストは、小さな炎を俺に放ってきた。その際に、「矮小たる身を写すかのような火よ。決して猛らず、決して消えぬ火よ。若人の力の礎となれ」などというよくわからない呪文を唱えていたが、それはまぁいい。
マッチの火ほどの大きさの火が俺に近づいてくる。それを俺は拒絶する。すると突然体から魔力が消費され、なにも意識していないのに魔法が発動した。
水が俺を覆い、火を消した。
すごいな。なんだこれ?
本当にオートで発動したぞ。しかも一瞬でバリアみたいになった。いや、正確には俺を守る殻がそのまま水のバリアに変わったようだった。
これは良い。これは使える。
俺は傷は治せる。死ぬような傷を受けても一瞬で回復できる。しかし、不意の打撃には弱い。意識を手放してしまえば、回復はできない。一撃で意識を奪われたらそこで終了だ。
その点、この防御魔法は不意の攻撃をオートで守ってくれる。今の俺にとってこれ以上の魔法はない。
「はじめてにしてはすごいぞ。サック。今の感覚を忘れないようにどんどんいくぞ。今の想像を常に行えるように訓練するんだ。意識せずとも感覚として持っている。常に自分は世界から身を守ってくれる殻に包まれているそういう感覚を持ち続けるようになれ。そうなれば、いついかなるときも自分を守ってくれる魔法になる。」
「わかりました。」
その後もバーストは俺に魔法を放ち、俺はそれを教えてもらった防御魔法でどんどんと防いだ。まぁ、防いだといっても俺はなにもやっていない。ただ突っ立っていて、イメージし続けただけだ。
バーストは少しずつ魔法の威力を上げていった。しかし、俺の拒絶の方が強いようでもう100回はバーストの攻撃を防ぎ続けている。だが、それも危うくなってきた。
最初は破れる気配の全くなかった俺のバリアだが、今ではバーストの攻撃を受ける度に破け、俺まで熱さが伝わるようになってきた。
「炎よ。怒り猛る炎よ。その怒りは龍を体現し、空を、地を、海を焼く業火となる。」
今までよりもひときわ大きな魔法がバーストから放たれる。魔法は龍の形に変わり俺へと迫る。
まず尋常じゃない熱さが襲ってくる。それがどんどんと増していき、ちりちりと皮膚が焼ける。
防御魔法も発動はしているが、熱をすべて防ぐには至っていない。このままでは、だめだ。焼かれる。
俺は慌てて水魔法を発動させ、全身を防御魔法の上から水で覆った。
しかし、水は一瞬ですべて蒸発する。
やばい。死ぬ。
どう考えてもあの龍にぶつかられれば、回復魔法を使うまでもなく一瞬で焼き尽くされる。チリも残らない。
焦る俺の耳に小さくバーストの「あっ、やばい」という言葉が聞こえてきた。
おい。ふざけるなよ。ただの訓練で俺を殺す気かよ。
とにかく今は攻撃を防がねば死ぬ。幸い龍が迫ってくる速度はそこまで速くない。といってもあと3秒もないだろうが……
くっそ。やばすぎるだろ。
なんで俺は毎回こう死にかけるんだ。って、まぁ、時間もないのに、悪態をついても仕方ない。
できることをやる。
まずは強く自分と世界を守る殻を意識する。そのあと、水魔法で体を覆う。二つの防御を併用するしかない。水魔法はリグに教わった方法で発動させる。想像したのは海だ。目の前一面に広がる海底の奥底にいるイメージで魔法を発動させた。
体の中からごっそりと魔力が消えるのを感じる。今まででは考えられないほどの密度の水が俺の周りに発生し、俺を守った。
よし、まずはうまくいった。そう思った瞬間だった。バーストの攻撃魔法が、俺の水と激突した。
感じたのはただひたすらの熱気だ。
熱い。皮膚が焼ける。骨まで焼ける。視界は水蒸気で真っ白になり、何も見えないが、ただひたすらに熱い。眼球が溶け出し始めるのが分かる。
バーストから習った防御魔法も発動しているのはわかるが、攻撃の威力が高すぎてまったくあてにならない。ほとんど熱気を防ぐのに意味をなさない。これは本当に死ぬ。こんなところで、こんなことで……
ならばできる手立ては一つしかない。俺は回復魔法にすべてをかけることにした。
焼けたところからすべて再生させる。それしかない。そう思った瞬間。突然に熱さが引いた。
た、助かったのか?
いや、この傷は放置すればやばすぎる。皮膚の感覚がもうない。肺が焼き付いて呼吸もまともにできない。早く治さなければ……
俺は安堵して気を緩めそうになる自分を奮い立たせ、なんとかやけどを再生させる。それと同時に意識が遠のくのを他人事のように感じた。体がだるい。でもいい。もうどうでもいい。もう助かったのならどうでもいい。そう感じた。
リンスさんがいる。俺のことを温かい目で見つめてくれている。温かい手で頭を撫でてくれている。
よく頑張ったって?えらいって?
ありがとう。俺、頑張ってるよな。俺いつも死にかけながらもなんとか生きてるってすごいよな。
リクリエット?リクリエットなのか?
お前も来てくれたんだな。ありがとう。
あぁ、リクリエット。
お前も俺を褒めてくれるのか?
ありがとうって?自分の意思を継いでくれて?
いいよ。悪かった。
本当に悪かった。
俺がお前を殺していなければ、お前は世界を救っていたかもしれないんだよな。
お前すごいやつだったんだな。北條から聞いたよ。ごめんな。
でもせめて、お前の意志は俺が継ぐからな。どんなにつらくても、どんなに過酷でも、俺は世界を救って見せる。だから、ごめんな。許してくれとはいわないけど、見といてくれよ。俺が、世界を救う姿を。
あぁ、リンスさん、リクリエット。もう行くのかよ。
もう少しだけいいんじゃないか?もう少しだけ一緒に居たいよ。
俺ぁ、いけ好かないやつらと一緒なんだ。本当は一緒にいたくないけど、いないといけないんだ。だからさ。せめていまだけは、二人といて甘えさせてくれよ。
頼むよ。行かないでくれよ。
笑顔で手を振られたってうれしくないって。
待ってくれ。待ってくれよ。
お願いだ。おねがいだから、おれのもとから、はなれないで。
いかないで。
またなでてくれよ。
ほめてくれよ。
おれのことをみとめてくれよ。
あぁ、なんで、なんでおれはいつもこうさみしいんだよ……
目が覚める。ベッドの上だ。今ギリーと泊っている宿のではない。
「すまなかった。」
目を覚ました瞬間に、大きな声で謝られた。正直どうでもいい。俺はさっきの夢に浸っていたい。謝罪なんてどうでもいい。ただあの空しくも幸せな夢について耽り、まどろんでいたい。
「本当にすまん。大丈夫か?」
俺がぼーっとしていると目の前におっさんの顔が現れる。今見たい顔ではない。俺が見たいのはリンスさんとリクリエットの顔だけだ。でも、もう二人はいない。
はぁ、浸るのもいい加減にせねばならないだろう。ぼんやりと気を失う前のことを思い出した。
「大丈夫です。ここは?」
「ここは、斡旋所が経営する治療所だ。」
「そうですか……ご迷惑をおかけいたしました。」
「迷惑ではない。謝るのは俺のほうだ。お前に最強の魔法を使ってしまった。」
「そういえば、すごい魔法でした。あの魔法ってなんですか?」
「えっと、実はな。お前があまりに見事に防御魔法を使うものだから、ついムキになってだな。あれは、伝説の炎術士 ファイライ様の魔法をまねて作った炎龍という魔法なんだ。本来は対魔族用の魔法だ。」
俺の質問に、非常に申し訳なさそうに答えた。ふざけるなと怒りたいところだが、ぐっとこらえる。ここは怒るよりも罪悪感を煽ったほうがいい。怒りに身を任せるよりも、あくまでも理性的に、この状況も利用するようにする。バーストを手駒として動かせるようになるのが理想だが、最低でもお願いを聞いてもらえるようにするんだ。
「すごい魔法ですね。僕、焼け死んでしまうかと思いました。」
言語魔法で罪悪感をあおるように誘導した。効果があったのか、なかったのか、
「いや、なんだ。本当にすまん。あの、えっと、言いにくいんだが、このことはできればお前の主人には言わないでくれるとありがたいんだが……」そうバーストは言いにくそうに俺の顔を覗き込む。
「わかりました。有名な貴族なんですよね。僕のご主人様。そんな人の所有物をってなったら大変ですもんね。」
わざと卑下した言い方をしたが、それに関してはバーストは何も言わず力なく「助かる」とだけ言った。この世界では、奴隷は主人の所有物であるという感覚が根強いようで、俺の発言にも特に違和感はなかったようだ。
「ところで、あの魔法って防げるものなんでしょうか?」
「あぁ、悔しいことに簡単に防げる奴もいるな。」
「あの、どうやればいいのでしょうか?」
とりあえずさっきの事故のことはこれくらいでいい。それよりもだ。あんな魔法今の俺では発動されただけで死んでしまう。もっと、良い防ぎ方、対処法があればそれにこしたことはない。それを聞いておくことでもっと強い相手と対峙した時の参考くらいにはなるはずだ。
「そうだな。一番代表的なのは今日教えた防御魔法だな。」
「それなら使いましたが、一瞬で燃やされてしまいました。」
そう俺の防御魔法は魔法の余波だけで、消滅してしまった。見事に何事もなかったかのように、一瞬で殻が破壊されたのだ。
「そうか。防御魔法の発動の仕方だが、実はもう一つ大事なことがある。それは自信を持つことだ。さっきダッロの言葉を借りるならどんと構えるという部分になる。つまり、俺が世界を拒絶する力はなにものにも侵されるものではない。こんな攻撃は屁でもない。そう自分の殻を信じ、自信をもつ。
一瞬でも疑ってしまえば、もう駄目だ。
例えば今日の俺の炎龍も、大した火じゃない。自分の防御魔法で熱さまで勝手に防御できる。と信じきればいい。その意志の力が強ければ強いほど、防御魔法は強力になる。まぁ、その分魔力は消費してしまうがな。」
なるほど意思の強さと自信か……ようは自己効力感を持つということなのだろう。
心理学者アルバート・バンデューラは、自分が行動の主体であり、行動をコントロールし効果的に遂行できるという確信を自己効力感といった。つまり自己効力感とは、ある課題に対する効力期待や自信である。
この自己効力は課題に対して、成功を予測する媒介変数として用いられる。自己効力感は、その課題に対して対処する行動を実際に始めるかどうか、どのくらい努力を継続するか、そして困難に直面したときにどのくらい耐えられるか、ということを決定づける。自分にはできるはずだと思うものは、より努力をするし、課題に取り組み続けるのである。
その自己効力感が、この世界ではそのまま魔法の強度となるのだろう。俺は漠然と考える。
自己効力感を高く持つ方法ならばいくつか知っている。昔からやっている小さな成功体験を積み重ねるというのもそれの一つだ。
あとは、自分の心を魔法で騙してみるというのもいい手かもしれない。いろいろできそうだ。俺はまだまだ強くなれる。
さて、今日は非常にいい話が聞けた。もうそろそろ帰らないとまずいだろうな。
「ありがとうございました。あの、また、魔法を教えてくれますか?」
「あぁ、もちろんだ。むしろこっちからお願いする。今日のようなことはもうしない。だから、この埋め合わせをさせてくれ。もしお前がよければ、明日一緒にビッラビットを狩りに行こう。狩り方を教えてやるよ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
俺はバーストと約束をし、回復魔法をかけてくれたという斡旋所職員にもお礼を言い、斡旋所を後にした。建物を見ると辺りはすっかり暗くなっていた。ヤバイかな?ギリーが怒っていないといいが……
俺はギリーの待つであろう宿屋に急いだ。




